第三話 捨てる神あれば拾う神あり

 モンスターを倒してくれた女の子が俺に駆け寄ってくる。


 命の恩人とは言え、今の俺は全裸だ。こんな姿を見られる訳にはいかない。


 恩知らずな行動であることは百も承知であったが、すぐに茂みの中に飛び込み、小動物のように顔だけを出す。


「そこのあなた、何をしているのですか?」


 モンスターを倒してくれた女の子が駆け寄り、見下ろしてくる。


「こんな場所からすみません。助けてくれてありがとうございます。実は、身包みを剥がされて今全裸なのですよ。だから顔だけしか見せることができません」


 本当のことを告げると、彼女は察してくれたようだ。茂みの中を覗こうとはせずに数歩下がってくれる。


「それはお気の毒ですね。さすがに男性の衣服は持っていないですが、良ければ予備のローブをあげましょうか?」


「それは本当ですか! ありがとうございます」


 女の子の言葉に、思わず歓喜の声を上げる。


 まさかこんなに可愛い女の子に、ローブをもらえるとは思わなかった。まさに捨てる神あれば拾う神ありだな。


 彼女は肩にかけてあるショルダーバッグからローブを取り出す。


 ショルダーバッグの中からローブが出てきた……と言うことは、もしかしてあのバッグはアイテムボックスなのだろうか。さすがにローブだけを入れてはパンパンになってしまう。


「すみません。つかぬことをお聞きしますが、そのバッグはアイテムボックスでしょうか?」


 女の子からローブを受け取りつつ、彼女にショルダーバッグについて訊ねる。


「ええ、そうです。良く分かりましたね」


「一応知識としては知っていますので」


 アイテムボックスは一般人が持つことはほぼない。種類にもよるが、基本的には貴族や王族の所有物であることが多い。


 この子はいったい何者なんだ? 貴族なのか? それとも貴族や王族に認められた大物の冒険者なのか?


 いや、変に詮索するのはやめておこう。ローブを恵んでくれた女神様のような人に対してすることではない。


 ローブを着込み、ようやく茂みの中から出ることができた。


「ありがとうございます。もし、お金が入ればローブ代はお返しします」


「いえ、お金は返さないで良いです。困ったときはお互い様ですよ」


 彼女の言葉に、胸を打たれる。


 まさかこんなに優しい人がこの世にいるとは、まるで聖女だ。


「もしかして聖女様ですか?」


 聖女のような人だなと思い、思わず口に出してしまう。


「そ、そんな! 私は聖女様のような立派な人間ではないですよ!」


 聖女なのかと訊ねた瞬間、女の子は顔を朱に染めて両手を前に突き出し、左右に振る。


「そうですか。ですが俺にとっては、あなたは聖女様や女神様のようなお方です。本当にありがとうございます」


 もう一度礼を言うと、女の子は恥ずかしがっているのか、頬を掻いて視線を逸らした。


「あはは……そ、そうだ! まだ自己紹介をしていませんでしたね。私の名前はルナ・グレイって言います。あなたは?」


「申し遅れました。俺の名はテオ・ローゼと言います」


「ふむふむ、テオ君ね。テオ・ローゼ……テ、テオ・ローゼ!」


 俺の名を聞いた瞬間、突如ルナさんは声を上げる。


 いったいどうしたのだろうか? 俺の名前ってそんなに変なのか?


「テオ・ローゼって、イルムガルドが率いる貴族チームのメンバーだよね! どうしてそんなに有名な人が、こんな森に全裸でいるの!」


「俺ってそんなに有名だったのか?」


「有名だよ! だってイルムガルドが周囲の貴族の反対を押し切って、育てた拾い子なのでしょう」


 彼女の言葉に、ようやく納得する。


 そっちの方面で有名って訳か。


「世界に平和を齎すことができる英雄の可能性を秘めている英雄の卵に出会えるなんて、私ってラッキーかも」


 ルナさんが満面の笑みを浮かべ、俺は少々恥ずかしくなる。


 持てはやされて悪い気はしないが、俺は彼女が思っているほどの凄い人間ではない。イルムガルドたちと一緒にいたときも荷物持ち役で、少し助言をするだけのポーター的ポジョンだった。


 どちらかと言うと、戦闘に関しては陰の存在だ。


「きっと触れてほしくないかもしれないけれど、どうしてそんな凄い人がこの森に全裸でいるの? あー、言いたくなければ別に言わなくてもいいよ。人間、触れて欲しくないことの1つや2つはあるものだもの」


 ムリして言わなくて良いとルナさんは言うが、なぜか俺は彼女に話したい気分になる。


 人に話すことで、少しは気持ちの吐口になるかもしれない。


「実は――」


 俺はイルムガルドからパーティーの追放と、親子の縁を切られたことを彼女に話す。


「何それ! 信じられない! 身勝手にもほどがある! 自分勝手に育てて周りを巻き込んで、思った通りにならないから捨てるってあり得ないよ! イルムガルドって凄い貴族だって聞いていたけど、幻滅だわ」


 全て真実を語ると、ルナさんは語気を強めて怒りを露わにする。


「信じてくれるのですか?」


「だって、テオ君からは嘘を言っているようには見えないもん。話し方とか表情を見ている限り、嘘は言っていない。私は君が言っていることを信じるよ」


 俺のことを信じてくれる人がいる。そう実感した途端、心の中から温かいものが込み上げてきた。


「あ…れ?……どうして……涙が?」


 気が付くと、目からは涙が流れていた。


 イルムガルドから追放されたときも、悲しくはあった。それでも涙を流すことはなかったのに。


 どうして涙が流れるの分からないでいると、ルナさんが優しく抱きしめてくる。


「今まで頑張ったね。偉いよ」


彼女の抱擁に安心感を抱いていると、いつの間にか涙は止まっていた。


 そして冷静になると、今度は恥ずかしさが込み上がってくる。


「ルナさん。もう、大丈夫ですから離してもらっても良いですか」


「あ、ごめんね。なんだか弟をあやしている感じになって、つい」


 抱擁をやめてもらうようにお願いすると、彼女は腕を離して一歩下がる。


「それで、テオ君はこれからどうするの?」


「とりあえずはお金を稼ぐために、ギルドのある町に行こうかと思います」


「そうなんだ。私もその町に行く予定だったんだ。ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に行かない?」


 ルナさんが笑みを浮かべて一緒に行こうと提案してきた。


 それは願ってもないことだ。何せ俺はローブしか身に付けていない。だから何かが起きた場合、彼女が一緒だと色々と助かる。


「それは寧ろ、俺からお願いしたいくらいです」


「そうなんだ。それじゃ、しばらくの間よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします」


 ルナさんが手を差し出してきたので、彼女の手を握り、互いに握手を交わす。


 そんな時、茂みが再び動き出した。


 何かが飛び出そうとしているのか。

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