第5話


「ほんとうにその男、死んでないの?」


東の森で拾った男を見てルーカスが言う。 息はしてるし死んでないはず、とノラが返すと疑わしげに見られた。


────あの後、リーヴが連れてきた副隊長に報告をすると生きている以上見捨てるわけにはいかない、と男がどれだけ不審でも騎士団が様子を見ることになったのだ。ノラには世話を押し付けられ、見つけたんだからそれくらいやれということだろう。


しかし世話をするといっても、ノラは女性。何処の馬の骨とも知らない男と一緒の部屋に入れるのはさすがにダメだと上は良識ある判断をしてくれたようで。騎士団寮の救護室の隣を男の部屋とした。ちなみに救護室に寝かせないのは、ベッドを占領されたくないから、らしい。白状な気もするがまあそれがここの掟ならば従う以外にない。


男の体をルーカスに手伝ってもらいつつ寝返りをうたせる。ずっと同じ体勢で寝ているのは体に良くないからだ。拾ったときに男の騎士に頼んで彼の身は綺麗にしてもらっている。改めて寝顔を見ると、この男──


「顔がやけに整っている……」

「そうだな、ノラ。お前めんどうくさいモノ拾ったよ」

「……」

「いつもそうだ、野良犬やら野良猫やら野良ウサギやらひょいひょい拾ってきて。ノラがまた野良を拾った、ってみんな笑ってたよ」

「悪い」

「大丈夫、ノラのこと責める奴はここにはいないから。ね?でもその手癖の悪さどうにかしないと」


ルーカスの言うことは正論だ。手癖が悪いと言われるとムッと顔をしかめてしまうが、事実ノラはハウゲスンの騎士団に入った時から野良の弱った動物を拾ってくる癖があった。その度に上官はあきれた顔をしていたが、決してノラを責めたりすることはなくて。説教はされるが、ノラのしたことは騎士道精神に則っていると言われるのだ。そのせいもあり、手癖は治る気配がない。


「それにしてもどこのお貴族様だろうね」

「……あまり爵位が高くなければ良いんだが」

「まあ、どうだろうねえ」


身につけていた服も、ボロボロだったが上等な生地を使っていることは着替えさせた時点でわかった。もう、この男が尊い身分のお方ではない、と言えない証拠がつつけばつつくほど出てくる。目が覚めて、まず罵られないだろうか、とノラは珍しく不安になりながら茶を淹れた。


「ルーカス、飲むか?」

「お?なに?」

「花茶だ。新しく買ってきたもので」

「そういうところは可愛いんだけどな、お前」

「……」


にらみつけると、ルーカスは誤魔化すようにティーカップに手を伸ばした。こくりと一口飲むとふわりと顔がほころぶ。


「ノラの淹れる茶はうまい」

「ありがとう」

「これで料理ができればいいのにな」

「死にたいか?」

「いや怖」


ルーカスは茶を楽しむことに決めたようで、椅子に腰かけ窓の外を見ている。天気は快晴。空には訓練中の竜が飛ぶ。

対して、ノラは男を見ていた。額にかかった髪をはらい、その顔立ちをまじまじと見つめる。こうして瞳を閉じていれば中性的な雰囲気をまとうが、体躯は鍛え上げられた男のもので。きっと武人なのだろう。ここまで綺麗に戦うのに必要なだけの筋肉を適度につけるのは、なかなか出来ない。顔立ちこそ綺麗という印象だが、きっとこの男は目を覚ましたら鋭い雰囲気になるのだろう。顔立ちで舐められることも多いため、身に纏う雰囲気が鋭くなるのは、仕方ないことだ。

ノラも同じく黙っていれば綺麗という評価を得るが、ノラを少し知るとみな一様におっかない、と百八十度変える。


「死なないでくれよ」


呟いた言葉。ルーカスは聞かなかったように視線は外だ。ノラは男の頭を撫でると、自分も花茶に手を伸ばす。少し冷えていたが、喉をするりと通った香りは爽やかだった。



▷▷



男の世話をしはじめて、数日。いつ起きるだろうが、死なないでくれ、に変わった日の夜だった。──男が目を覚ましたのだ。


遅めの夕飯をとろうと、食事の乗ったトレイを持ち男の寝ている部屋へ入ったら、目が合った。


「……」

「……」


綺麗な紅だ。


男の瞳は、血よりも濃い、深い深い紅色をしていた。


「えっ、と……」

「うわッ……!言葉、通じるのか!?」


トレイを落とさなかったのだけは褒めてほしいと思う。男はリンドルムの公用語で話しかけてきた。ということはリンドルムに住んでいる貴族か?いや、リンドルムには黒髪の貴族なんて居なかった。だとすると彼は──


「あの、失礼ながら貴女は?」

「え、あ、あぁ」


男がふわふわとした雰囲気でノラを見ている。口から出た声音は低く、艶があった。武人なのだろう、と思ったが今のこの雰囲気ではひと一人すら殺せないような。


「はじめまして、名無しの御方。私はここハウゲスンの竜騎士、ノラだ。

──まずは、握手から。どう?」


手を差し出す。男はぽかんとしてノラを見ていた。その視線が顔から腕へと移り、差し出した手を観察して、そのままおずおずと手が触れ合う。

きゅ、と握れば男も握り返してくれた。男の手は大きく、皮膚は固かった。やはり、剣を握る者の手をしている。それが嬉しくて、ノラはにっこりと笑いかけた。


「ところで、貴方は?」

「……」

「お名前と、どこ出身か──教えていただけるだろうか」

「……」


男の顔がかげる。不安そうにキョロキョロと視線がさまよい、うつむいた。どうしたのだろう、と見ていれば男は申し訳なさそうに笑った。

苦い笑みで、自嘲するような顔。


「わたしは、誰なんでしょう」


とりあえず隊長と副隊長を呼んでこよう。

ノラはそう思い、部屋を転がり出た。

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