閑話
大陸の中央部に広がる巨大な帝国。それがドラッヘフェルスだった。
思えば、生まれた時から人以下の扱いを受けてきた。自らの瞳の色のせいで、不貞の子だと母は謗られ自分は虐待を受けた。
庇ってくれる人もいなかった母はあっという間に壊れてしまって。息子に貴方はすごい子なのよ、と言った口でお前なんか産まなければよかったと怒鳴る。殴られ引っかかれるのは当たり前。だんだんとエスコートしていき、最後のあたりはそこらに捨てられていた泥塗れの木の棒で叩かれた。
限界だった。
壊れた母を見ているのがか、自分の身体に増えていく消えない傷を見ているのがかはわからない。今となってはそれもどうでもいい。
男が生きていることが母を苦しめる。それなのに男は母の誇りだった。
ならば、解放してあげよう。その考えを思いついた自分に、男は胃の中がぎゅうっと締め付けられ、吐き気のする酷い嫌悪感に苛まれた。男はまだ子供だった。視野も世界も狭い子供。だから、母親から逃げることも誰かを頼ることも選択肢にはなくて。
「ひッ……な、なんで……」
赤い月の夜。男は母の寝室に潜り込んだ。母は男を睨みつけながらも、部屋に入れてくれた。その時、少しでも彼女が男に子供に対する愛情を示していれば、なにか変わったかもしれない。もうそれも考えても意味の無いものなのだけど。
赤い月の光が部屋に差し込む。カーテンはバタバタと耳障りに音を立てはためき、夏を迎える草花の青い香りが鉄錆の匂いに混じる。不快感に顔をゆがめ、ぴしゃりと剣に着いた血を、剣を振ってはらう。
血溜まりを見下ろす。その中にくずおれている塊を見ても、なんの感傷も抱かなかった。
返り血に濡れた男を赤い月光が照らす。
母親殺しという罪を背負った男の顔には、何ひとつ感情というものがなかった。
「──」
瞳が染まる。なんとなく、わかった。納刀して、鏡台をちらりと見る。ああ、やはり。
「わたしは、もう──」
血よりも濃い紅。白目は黒く染まって、引き絞られた細い虹彩。ぎょろりと動く瞳。
男は全てをなくした。静かな夜だった。
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