第1話
大陸の北に位置する王国、リンドルム。
一年を通して雪に覆われているため、作物は育ちにくく牧畜などもできる地域が限られている。そんな小国なのだが、この国が他国に踏みにじられない理由があった。
午後一時を回り、お昼時を終えた人々は各々仕事に戻ったり、子供は遊んだりといつもと変わらぬ日常を過ごす。
ここはリンドルム王国の最北に位置する、ハウゲスン。辺境ではあるが、ハウゲスンを少し出れば魔物の出る深い森があるために、ここは国にとって重要な役割を持っていた。
しかしこの地に暮らす人達は、怯えるでもなく朗らかだ。一年中大雪のハウスゲンは、雪に負けないほど活気に満ち溢れていた。
「あっ!騎士様だ!!」
子供が天を指さしてはしゃぐ。指していた先には、大きな影。
子供はその影に手を振り、大人はそんな子供を微笑ましく見守る。
影が形を変えぎょろりとした大きな瞳が下を見た。キュオオォォン…と楽器から奏でられたかのような美しい音が、町に響いて、影は飛び去った。
▷▷
その王国には特殊な騎士職があった。
「整列、敬礼!!」
空は灰色。相変わらず今日も寒い。ハウゲスンは晴れている日の方が珍しいと言われるほどに日々の生活は雪と切り離せない。
上官の掛け声にハッと我に返り、空から周囲へ視線を戻す。辺りには簡素な騎士服を身をまとった青年たちが慌てて列を作っている。
ひとつの列の中に彼女──ノラ──が身を滑り込ませると、周囲の同僚たちは彼女に声をかけた。
「なんだ?また空を見ていたのか?」
「まあ、そんなところだよ」
「おいバカ今話してると隊長にドヤされる……!」
「おいそこ!なにをくっちゃべっているんだ!!」
雷のような怒声が落ちた。騎士たちは身をすくませて敬礼をする。ノラももちろん、綺麗な姿勢で手をかかげた。
「今日の訓練は実地訓練だ!いいか、手を抜くんじゃないぞ!」
「はーい隊長!!何がでてきた想定での実地訓練ですか?!」
鬼のように恐ろしいハウゲスン第二竜騎士部隊の隊長にあれこれと聞いているのはノラの同期の栗色の髪の毛の 青年。
「竜に騎乗して魔物──最上位のエンヘグラ──がでてきた時を想定した訓練だ」
竜。ノラ達は竜に騎乗して人々や土地を守る騎士だ。彼らのことを人々は竜騎士と呼ぶ。
この大陸には竜が住む。竜が産まれる国があるからだ。大陸一の帝国には竜の巣がある。そこから竜は産まれ、自分にとって居心地のよい土地へ竜たちは移動し永住する。そんな竜を敬い、善き隣人として竜を守るリンドルムには、大陸中でもここにしかない職がある。それが竜騎士だ。
リンドルムの北にあるハウゲスン。そこの竜騎士は、王都の竜騎士よりも世界に有名だ。
竜は人に懐かない。竜の力は人間よりも遥かに強く、人間などいなくても竜は生きられるからだ。けれどリンドルムの人々は昔から竜を愛し、竜を守り、竜の力を借りて国を繁栄させてきた。その中でも一際竜と共存しているのが、ここハウゲスン。ハウゲスンの竜騎士といえば、この大陸に住む人ならばすぐにわかるほど、有名なモノになっている。
竜騎士には一人一人に相棒となる竜がいて、竜騎士になる試験の最後でその相棒を見つけるのだ。ノラにももちろん相棒はいる。メスの白い竜のリーヴという、他の竜より一回り大きい子だ。
訓練についての隊長の話が終わり、それぞれが身支度を整える。ノラがリーヴに近づくと、彼女は頭を下げてノラの頬に口先を触れた。
「リーヴ、今日もよろしく」
竜は喋らない。喋れないのか、人間を喋るべき対等な相手として見ていないかは、わからない。
「ちょっと大変な訓練になると思う。でも、リーヴと私ならできるさ」
爬虫類のようにぎょろりとした目がノラを映す。瞳孔がギュッと引き絞られてキュとリーヴが鳴いた。
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