第2話
訓練が思いのほか早く終わり──といってもいつもより少し早いというだけだが──竜騎士たちはなんとか夜の酒場が開く頃には仕事を終えていた。
第二部隊はハウスゲンの竜騎士団の中でも対魔物に特化した部隊だ。そのため、普段の仕事に巡回などが滅多にない。有り体に言えば、仕事らしい仕事がない。身体を鍛え、竜と心を通わせ、有事にはすぐ動けるように自身を律する。それ以外では他の部隊の訓練相手になったり、巡回の手助けとして空を飛んだりと縁の下の力持ち的な立ち位置だ。
ノラは訓練後に騎士寮に戻り、私服に着替えてから町へ出た。
夕飯の支度の買い物のために市場に向かうが、そこには人が溢れかえっていた。その中を長身な体をすいすいと動かして人混みを渡っていく。
ノラは明日の昼まで半休だ。たまにもらえる休みの前日には酒を飲むと決めていた。
酒場まで向かう途中、ノラに突き刺さる好意的とは言えない視線や、ヒソヒソとささやかれるありもしない噂話。いつもそうだ。ノラが史上初の女性竜騎士として剣を抱いてから、人々はノラをおもしろおかしく噂する。
「──おい見ろよ」
ザワザワと、ノラを見た人達の喧騒の中、いつもは気にもとめないのにその声は耳に届いた。
「あれが竜を無理やり従えて竜騎士になったっていう罰当たりの竜騎士サマらしいぜ」
「女のくせに男にまじって騎士の真似事なんてやめてくれねえかな。有事にアイツが手間取って俺らになんかしわ寄せがきたら最悪だ」
「あーあ、女なんて男たちを喜ばせることをしていればいいんだよ」
慣れたものだ。竜騎士になりたての頃はその侮辱のひとつひとつに気を揉んで、ストレスで髪が抜けたりした。けれど竜騎士になって数年経てば、それらはもう騒音とかBGMにしかならない。ふん、と鼻を鳴らしてノラは急ぐ。酒場で同期たちと約束しているからだ。
ノラの見た目は女性的ではない。ピンクブロンドの髪はショートに切ってあるし、目元もツリ目気味でいささかキツい印象を与えてしまう。青い瞳は濃すぎて合う色を探すのが難しく、服装も選ぶのが大変だ。肩幅は男に比べたら狭いが、女と並ぶとノラはがっしりとしている。筋肉質の体は、女性的なくびれも膨らみもない。
けれどそれが悲しいとか思う心はない。むしろ、この男のような細身で筋肉質な身体は誇るべきものだと思っている。それらは全てノラの努力の結果だ。誰にそしられようとも、ノラの尊厳を穢すことはできない。
そう思ってはいるが、守るべき町の人々から歓迎されていないというのは、少し堪える。助けてもノラだとわかると怯える者もいれば、舌打ちをする人もいる。殴られはしないが、睨まれて罵られることもある。その度ノラは、心がきしむのだ。
なんのためにこの人たちを守るのだろう。なぜ私が彼らのために命をはらなければいけないのだろう。
それは頭の片隅に常にある呪詛だ。
そんな苦い感情を噛み締めながらノラは町を歩いた。
酒場のドアを開いて中へ入る。
途端に熱気とアルコール、料理の匂いがぶわりと身体をつつんだ。ざわざわと騒がしい店内は、先程のように嫌な気配は全くない。誰もが仲間と酒を飲みにきているから、誰かを誹ることに気が向かないからだ。ノラはこの雰囲気が好きだった。
キョロキョロと辺りを見回すとノラに気がついた男たちが手を振ってノラを呼ぶ。
「おい!ノラ!」
「こっちこっち」
「ああ、久しぶりだな。ルーカス、パウル」
そのテーブルに着いていたのは、4人。ノラの同期のルーカスとパウル。昼間隊長に質問をしていたのが、栗毛のルーカス。少し気が弱くそばかすがあるのがパウル。二人はもう酔っているらしく、顔を赤らめてノラの背中を叩く。
「おいおい、お姫さんにそんな乱暴でいいのかよ」
「お姫さんという柄ではありませんよ、私は」
早速同期に絡まれだしたノラに声をかけたのは、第二部隊隊長。そしてその左どなりに座って黙々と酒を飲んでいるのが副隊長だ。
「お疲れ様です、隊長、副隊長」
「ノラも大変だなぁ、騎士団では竜と男共から熱烈に愛されてて」
「隊長……」
睨みつけると、隊長はげたげた笑って隣の副隊長の肩に手を回した。それを嫌そうに顔をしかめて副隊長は手を振り払う。いつもの光景に口元がゆるんだ。
「ノラは何食う?」
「うーんオススメは?パウル」
「今日は鹿肉のパイがあるらしいよ」
「そうか。じゃあそれにしよう」
席に着いて店員に声をかける。料理が来るまでは先にいた4人の頼んだものをつまみつつ、先に届いたビールジョッキを空けていた。
第二部隊は、結束が強い。竜と騎士もそうだが、騎士と騎士同士の繋がりも強いのだ。阿吽の呼吸をできなければ、簡単に命を失うから。魔物というものは、竜騎士だとしても楽に倒せる相手ではない。
魔物の相手が主な仕事の第二部隊では、協調性の無いやつが真っ先に落とされる。竜との相性や、戦い方、戦法の上手さも必要だが、まず入隊して学ぶのがチームワークを基本にした戦い方。皆が一枚岩になって戦わないと、被害が出るどころか、守るべきハウゲスンが滅びてしまうから。だから、女の身で竜騎士になったノラに対しても彼らは友好的だ。腹の中に何を思って抱えていようと、表面上はノラに優しい。ノラを蔑むこともなければ、暴力もない。まあ、居心地が良いのだ。
「そういえば、隊長と副隊長はなぜここに?」
「ん?居ちゃ悪いか?」
「ああ、いえ。そういうことでは」
「大丈夫だ、分かってるよ。お前はそういうことを考えるやつじゃねえ」
「隊長。彼女は私たちがいるから心が休まらないと言いたいんですよ」
「おい、お前何言ってんだよ」
「隊長が空気も読まずに同期同士で飲む機会を潰したんでしょう。気の置けない仲間なのに、上司の私たちがいるせいで酔えない」
副隊長がメガネの奥から隊長を睨んだ。険悪そうだが、副隊長は誰に対してもこうだ。卑屈なのだ、彼は。そして隊長がその分まっすぐ前向きで、鉄砲玉みたいだからバランスが取れているのだろう。隊長の手綱を握れるのは副隊長しかいない。
「はいよーおまたせぇ!鹿肉のパイだ」
「ありがとう。……美味しそうだ」
「美味しいよ、このパイは!いつもご贔屓にしてくださってありがとうねぇ。お嬢ちゃんも沢山食べて竜騎士のお仕事頑張ってね!」
店の店員はにかっと笑ってノラの前に大きなパイの皿を置いた。珍しい。ノラのことを知っていて、ノラに優しい町の人なんて、なかなかいないから。ぎこちなく笑い返してふうと息を吐く。人からの嫌悪には慣れているが、好意には慣れそうにない。そんな姿を見ていたルーカスが良かったな、と優しい声で言う。
自分は、仲間に恵まれている。
改めてそう思ったノラだ。パイを切り取るとパウルが物欲しそうに見ていたのに気づいて、彼に渡してあげるとルーカスも隊長も、パイに手を伸ばした。
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