竜に捧ぐ御伽噺

猫杜 ゆうき

プロローグ

プロローグ


灰色の雲から吐き出された息のような風は凍えてしまうほど冷たい。鉛のような雲は強い冷風を生み、コートの裾がバタバタとはためき音を立てる絶えず天から降りしきりあたりを染めていくのは、真白な雪。視界を染めて、見通しを悪くしていた。

本当にこんな場所に目当ての人物がいるのだろうか。キュッキュッと雪を踏み締めて歩く。するとわずかな音が耳に届いた。竜の鳴き声と、ハスキーな少し低い柔らかな声。

目を細めて、遠くを見る。そこにいるだろう女性と、この世の生き物とは思えないほど美しい、けれど決して人に慣れることのない高貴な竜を視界にとらえるため。


「リーヴ。雪で遊ぶのはそれくらいに」


キュオオン、と竜の甘えた時に発する鳴き声が耳に届く。


その鳴き声は、親に甘える際に竜が発するものだ。まさか、本当に人間相手に鳴いているなんて。

あらためてそちらに視線を向ける。しっかりと見据えた。

竜騎士と、騎竜。何らおかしいところはない、ただの騎士の訓練風景。


ただひとつ、おかしな点があるとすれば──



白く大きな竜が、女に信頼と愛情のあかしとして頭を垂れていたところだ。



はっ、と息を飲む。探していたものだ。その光景は、何年も探していた景色だった。



「──」


口腔内が乾く。唇が寒さからではない震えでうまく動かない。喋らなければ、と思うのに口からはひゅっという息の音しかでなくて、ただ見つめることしかできずに立ち尽くす。あれほど鬱陶しかった雪すら、もう意識の外だ。豪雪の中やってきた来訪者の視線は女と1匹の竜にだけ向けられていた。


「……あれ?お客さん?」


女が来訪者に気づく。それと同じく白い竜も首ごとそちらへ向けた。


「はじめまして、お客人。私はここの竜騎士、ノラだ。

──まずは、握手から。どう?」


来訪者がその言葉を聞いた途端、瞳が揺れた。頬を伝ってぽたりとしずくが雪のうえに落ちる。


──嗚呼、ようやく。


ようやく、逢えた。


来訪者はゆっくりとまたたき、深い蒼の瞳を細める。

慈愛のこもった視線で女を見下ろすと、片足を半歩引いてうやうやしく頭を垂れた。



▷▷



おとぎ話を聞かせてあげよう。どこにでもいるような女性と竜たちの、だれにも語り継がれない物語。優しく愛おしいおとぎ話を。

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