第5話 美羽
あれからおよそ半年が経った。その間に世界大会が開かれ、俺はかじりついて大会を観戦した。アジアだけで5000を超えるチームが予選に挑み、最後の世界大会ではRagnarokが3位に食い込む健闘を見せた。
18歳以上が参加要件ということで泣く泣く大会出場が叶わなかったけど、最寄りのe-Sportsカフェでたくさんの人と一緒に観戦して大声を上げた。世界の名だたるプレイヤーが潰し合う激戦に次ぐ激戦で、来年の世界大会では絶対に俺もこの中に加わるという決意がさらに揺るがぬものになった。
あの興奮をしばらく思い返していたところで、ふと見るとタンブラーに入れたコーヒーがなくなっているのに気づく。仕方がないと立ち上がり、部屋を出てリビングへと向かった。
キッチンに立ってコーヒーメーカーに水を注ぐ。やがてコポコポと音を立てて沸騰し、コーヒーが次第に溜まっていった。
冷凍庫から氷を取り出してタンブラーに入れ、出来上がったコーヒーを注ぐとパキパキと氷がひび割れる音をたてながらみるみる小さくなっていく。慣れた手つきでアイスコーヒーを作って、部屋に戻ろうとすると、
「あ、お兄ちゃん休憩?」
ちょうどリビングに入ってきた妹が嬉しそうに声を掛けてきた。
橘
小さいころから仲は良く、TBもたまに一緒にプレイしている。妹はPCではなくコンシューマー版のプレイヤーで、腕前はダイヤⅡまでなったことがあるからかなり上手い。最近は俺に気を遣ってあんまり誘わないようにしてくれてるけど、いつも俺のことを心配してくれるいい妹だ。
「うん、休憩ついでにコーヒー飲もうと思って」
「あ、あたしも飲みたい!」
「はいよ」
戻ろうとしてた体をくるりとキッチンに返して美羽の分をマグカップに注ぐ。美羽も俺と同じアイス派だけど、ブラックは飲めないのでミルクと砂糖を加え、好みの味に調整した。
「ほら、できたよ」
「ありがと…うん、バッチリだね! さすがお兄ちゃん」
「そりゃしょっちゅう作ってるからな」
美羽が腰かけたソファの隣をぽんぽんと叩くので、促されるまま隣に腰を下ろした。
「どうした?」
「せっかくの休みなんだし、ちょっとは妹とお話してくれてもいいじゃ~ん」
「ったく。そろそろ兄離れしてくれよ」
「別に重度のブラコンってわけじゃないしいいでしょ。で、調子はどうなの?」
美羽も俺の夢については知ってるし、全力で応援してくれてる。調子ってことはレート戦のことを聞きたいのかな。
「悪くないよ。今1600位ってとこかな」
「野良で募集したパーティででしょ? 相変わらずエグいね」
「まぁそろそろ野良だと限界かもなぁ。早くチーム出来上がらないと」
「そっちは見つからないんだ」
「そうなんだよなぁ…」
世界大会の後、公式からアナウンスがあった。18歳以下のプレイヤーを対象とした大陸間大会の開催。エントリー受付開始が12月1日で予選の開始が12月中旬から。予選を勝ち抜いたチームが1月の本戦に進むスケジュールらしい。
絶対にエントリーはするつもりなんだけど、ピンとくる人が見つかってなくてまだチームを組めてない。
レートは別に今からシーズン終了までやらなかったとしてもパンデモは維持できるくらいの余裕はある。SNSで野良プレイヤーを募ってるのはメンバー候補を探してって意味合いもあるけどなんだかなぁ。
「最悪の場合はあたしが入ってあげるからね?」
「学校行く時間なくなるぞ」
「休むつもりなの!?」
「練度を上げなきゃいけないからなぁ」
「一応あたしも候補には入ってるんだね」
「そうならないように頑張るさ。美羽はPC版には慣れてないだろうし。PADでやるにしても無理があるから」
PADってのはコントローラーのことね。TBはPCでもPADを使ってプレイできるけど、キャラコンが使えない分不利になる。その分エイムアシストが若干補正がかかるけど、現状ではキャラコンなしのデメリットを補えるほどじゃない。
競技シーンのプレイヤーはほぼ全員がキーマウでプレイしてる。
「じゃあ保険もできたことだし頑張ってね! うちの学校唯一のパンデモってクラスでも有名人だし。妹がより自慢できるように強いメンバー見つけてね」
「あぁ、じゃあ自慢の兄ちゃんでいられるように頑張って来るかな」
「行ってらっしゃ~い」
妹からの激励を受け、俺はソファを立つ。
タンブラーの中身が半分になっているのに気が付いて、もう一度コーヒーを注ぐ羽目になった。
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