第3話 進路相談

「ふぅ~」


 俺はルーティンのエイム練習を終えて一息つく。集中状態を一旦解いて、ゲーミングチェアに深く寄り掛かった。


 TBの訓練場でbotや的に狙いをつけて動きながら射撃する練習を毎日こなしている。このエイム練習以外にも、キャラコンの練習もしながらフィジカルを鍛えるのはいつしか習慣になっていた。


 地味ながら基礎の基礎を疎かにして成長はない。レートに早く潜りたい気持ちを抑え、昨日の自分よりも強くなれるよう手を抜かず愚直に取り組んでいた。


 今は10月中旬で秋真っ盛り。夏が終わってちょうどいい気温だし、天気もまさに行楽日和って感じだ。とはいえ俺は外に出る予定は全くない。今日は土曜日で学校も休みだし、丸っと1日をTBに充てるつもりだ。


 俺は来月18歳になる、つまり高校3年生だ。クラスメイトは大半が受験勉強の真っ只中で追い込みの時期と必死に頑張ってる。対して俺はTB漬けの日々だ。俺はとりあえず大学には行くことになってはいるが、入れるところに入るつもりなので勉強する時間があればTBをやってる。


 高3になってすぐの頃、進路を相談することになり将来プロゲーマーになりたいと両親に話した時、母さんはすごく反対した。きちんと勉強して、いい大学に行って、いい会社に就職する。


 そういう普通というか、大半の人が通る人生を送るほうがいいという主張だ。もちろん、俺も想定していたし、母さんの考えが一般的だからこそ間違っていないことも分かっている。ただ、俺はどうしてもTBでプロゲーマーになりたかった。


 そんな時、俺の夢を後押ししてくれたのが父さんだった。


「由美、俺は隼人の夢を応援してやりたいと思う」

「あなた…でも、プロゲーマーって不安定なお仕事なんじゃないの?」

「そうだね。ひと昔前よりはだいぶ業界として成長してきたとはいえ、プロゲーマーの立場は不安定だと思う。自分のやっているゲームが下火になれば引退か別のタイトルに移らないといけないし、まだひどい契約内容で選手を奴隷のように扱うとこもあるって聞く」

「そうでしょう? なら、今はきちんと勉強して、いい大学に行って、趣味として続ければいいんじゃない? 別にゲームを辞める必要はないのよ? あなたや隼人が大好きなのも知ってるし、私もやったことあるもの。ただ、それを仕事にするっていうのは私は賛成できないわ」


 母さんは純粋に俺の将来を考えて反対してくれている。無茶な提案をしている自覚もあったし、母さんの言っていることが正しいと頭で分かってしまっている分、俺はなかなか返す言葉を見つけることが出来なかった。


「隼人、お前がやってるのTBだろ?」

「うん」

「今Tierはどこだ?」

「…パンデモの2000位くらい」

「マジかよ。しばらくインしてないうちにとんでもねぇとこに行ってんなぁ」


 父さんはFPSを俺に教えてくれた人だし、今でもたまにやってるから俺の実力を正確に分かってくれる。仕事もゲーム会社のディレクターだし、ある意味趣味を仕事にしてる人だ。


「由美、今の隼人がやっているゲームは、今業界で一番人気のタイトルだ。で、隼人はそこでトップ2000人の中に入ってる。日本でじゃない。世界でだ」

「すごいとは思うわよ? でも、プロゲーマーの立場が不安定っていうのは変わらないでしょう?」

「そうだね。ただ、受験で言えば今こいつがいるのって東大理Ⅲかそれ以上の偏差値なんだ。ここまでの実力を持ってるなら、プロゲーマーになりたいって隼人が考えるのはしょうがない。挑戦させてやってもいいんじゃないかな」

「でも…」


「由美の気持ちは分かる。でもさ、何の夢も希望も持たずに内定の出た会社に就職する人生より、不安定でも自分のやりたいことに挑戦させてやりたいんだよ」

「夢も希望もないとこに就職するとは限らないじゃない。やりたい仕事が見つかるかもしれないし、働き出してからやり甲斐を感じるかもしれない」

「それはそうだね。でもさ、それは挑戦してからでも遅くないと思うんだ。隼人はまだ18歳だよ? これからいくらでもやり直しがきくさ」

「そんな楽観的な…。私はすごく心配。まだプロになれるかも分からないし、なれても生活がちゃんと出来るか分からないお仕事なんて…」


 母さんは悲し気な表情で俯いてしまう。俺の将来を真剣に考えているからこそここまで食い下がってくれてる。今から考え直して受験に取り組むって言えば丸く収まるかもしれない。だけど、俺はどうしても自分の気持ちに嘘をつくことができない。


「母さん、心配かけてごめん。母さんの言ってることは何も間違ってないし、言う通りにする方がいいんだと思う」

「…でも、嫌なんでしょう?」

「うん。俺、TBが好きなんだ。大学に行ってもTB漬けになるのは目に見えてるし、勉強へのモチベーションも正直言ってない。みんなが勉強してる間、俺はずっとTBをやりたい。このゲームで、世界1になりたい」

「……」

「馬鹿なことを言ってるのは分かってる。母さんの言う通りにした方がいいのも分かってる。だけど、プロゲーマーが本気で大会に取り組んでるの、すごくカッコいいんだ。俺もあんな風になりたいって思っちゃったんだ。絶対に手は抜かない。本気でやるから、認めてください。お願いします」


 俺は母さんの不安げな目を真っすぐに見ながら思いの丈をまくしたて、膝にくっつくくらい頭を下げて頼み込んだ。

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