第53話 それは突然の……


「えっと……なつみちゃん?気に入らないって……何が?結果が?」

「え?違うわよ。結果は結果でしょ?結果に文句なんてあるはずないじゃない。あ、そうか、そうね。ごめんごめん。言葉が足りなかったわ。結果が気に入らないってことだと見てくれてる皆に文句あるみたいになっちゃうもんね。違う違う、そうじゃないのよ」

 不安と怯えと少しの怒りが見え隠れしたコメント欄に対してフォローを入れるなつみちゃん。

 実際に、結果に対して不満があるという事ではないらしい。

「じゃあ、何が気に入らないの?」

「まあしいて言うなら……さっきのアタシの言葉よね」

「言葉?」

「そう、さっき言ったじゃない?例えば賛成が51%で反対が49%だった場合、それで賛成が多いからで押し切るのは嫌だ、って」

 ああ、確かにそう言っていた。

「けど見てよこの結果。79%よ?80%には届かなかったけど、79%の人はOKだって言ってるのに、1%足りないからダメですー、で切り捨てるならさっきのアタシの言葉ってなんだったの?ってなるじゃない」

「そうなる……のかな?」

「アタシはね、正直Cちゃんが加入してもしなくても、どっちでもいいかな、って今は思ってるの。変わらないアタシたちも絶対にそのまま素敵だし、変わっていくアタシたちも、どうせ魅力的になるに決まってるって信じられるから」

 最初は反対してたなつみちゃんがこう言うってことは、Cちゃんのことを認めた証拠だと、僕は思う。

「だから、一番大事なものは何か、って話なのよ」

「……それは……なに?」


「そうね、言葉にするなら……「スッキリ」よね!」


 スッキリ。……スッキリ……。

「……なるほど……?」

 コメント欄にも困惑が見える。

 スッキリとは……?いや、なんとなくはわかるけど……。

「ええと、待って、違うの。えっと……そう、納得感!納得感なのよ!」

 あんまり伝わってないと思ったのか言い直した。

 人間味。こういうとこがなつみちゃんの人間味。

「ああ、うん。わかるよ。今の状態だとなんか……みんなちょっとモヤっとするもんね……。でも、じゃあどうするの?」

「そう、それなのよ。このままじゃスッキリしない。けどだからって投票結果を無効にすることはしたくないのよね。せっかくみんなから寄せられた意見なんだから」

「それは僕もそう思う」

「だから―――――」

 そこで少し考え込んで、なつみちゃんは急に何かを思いついたように目を見開いた。


「よし!もっかいやろう!!」


 !?!?!?!?

「も、もう一回?もう一回って何を?再投票ってこと?」

「違う違う。全部、全部をよ」

「全部……とは?」

 どこからどこまで?

「だからね、結局は全てスッキリに繋がるのよ」

 納得感、という後発の言葉を捨てて最初に出たスッキリで押し通すことにした様子のなつみちゃん。

 まあ、もう意味は通じるしそっちの方がキャッチ―さはある。

「たった1%が足りないというのをきっちりと結果だからで切り捨てるのはスッキリしないじゃない? アタシたちは別に公式に選挙をやってるわけでもないんだからさ」

「それはまあ、そうなんだけど……でも投票ってそういうものでしょ?その結果を無しにするのは…」

「違う違う、無しにはしないわよ。言ったでしょ、結果は結果だって」

「じゃあ、どうするの?」

「だから、もう一回やるのよ。来月も、Cちゃん企画の動画と生配信をやる。それでもう一度投票してもらうわ」

「あ、もっかいって、そういうこと!?」

 丸々全部もう一回なの!?

「うん、結局さ、1回ずつじゃあまだ判断できないって人も結構いたと思うのよ。だから、企画からもう一回やって、今月の分と合計4回の配信で判断してもらう。それなら理解も進むでしょ?」

 コメント欄は『確かにもう少し見たい』という声と、「1%でも足りなかったならアウトで良いんじゃない?」という声が両方見える。

 なつみちゃんはそれを見て、想いを伝える。

「うん、どっちの言うこともわかるのよ。だからこそ、もう一回くらい判断材料があっても良いんじゃない?ってことなのよ。これで次も79%だったら、もうそれはゆるぎない意見だってことだから、賛成してくれた人たちも諦めがつくと思わない?」

「なるほど……どんなにギリギリでも、二回連続ならそれはもう確実な結果になるよね」

「逆に、次が例え100%賛成だったとしても、今回は失敗だったんだからいきなり採用とはしないわ。それは今回の結果を無視することになるから」

「そしたらどうなるの?」

「まあ、そしたら3回目よね。もう一回企画から出してもらうわ。3回やればCちゃんがどういう人なのかは完全に伝わるだろうし、どうあがいても決着はつくし、どんなに結果が接戦でもスッキリするじゃない?」

 言いたいことはわかる……けど……。

「なんかそれって、なし崩し的に仲間に加わるみたいにならない?」

「ならない。3か月の結果は絶対に守る。どんなに情が沸いてても結果が出たらそれに従う。それだけは絶対よ。……とアタシは思ったんだけど、みんなはどう?」

 ここでコメントに意見を求める。

『確かに、もうちょっと見てから決めたいとは思ってた』

『やり直すって言った時は、そこまでどうしても入れたいのか?と思ったけど、ちゃんとそうならないことも想定してるなら良いかな』

『なっつみんがそれで良いなら』

 と肯定的な意見もあれば、

『もう終わりで良くない?』

『二人の空気感壊れるのやだ』

『三ヶ月は長い』

 と否定的な意見もある。

 それを受けてなつみちゃんは、

「あー、そうね。三ヶ月は長いか……わかった、じゃあ1ヶ月にしよう」

 と方針転換する。

「週に1本の動画と、次の週には生配信。んで、投票は二週間に一回。そうすればあと一か月で決着つくわ。それでどう?」

 それがみんなの意見をくみ上げて素早く反映する機転の利いた行動なのか、それとも最初から3か月と長く言っておいてからの1か月にすることで受け入れやすくするテクニックなのか……僕には知る由もないけれど、それによって視聴者の反応はかなり穏やかになった気がする。

 これでなんとなく今回はまとまったかな……と思っていると、ふと一つのコメントが目に入った。

『なんか……他の女子が入ってくるのやっぱりやだな……なぎさ君が浮気とかしたら耐えられない』

 ……ああ、そうだね。

 やっぱり最大のハードルはそこだ。

 つまりそれは、僕に対する信頼の無さなんだ。

 なつみちゃん以外の女子に手を出す可能性を感じるから不安になる人がいるんだ。


 それをどうにか出来るのは……僕しかいない!!!


「はい、じゃあ今回の配信は――――」

「ちょっ、ちょっと、待ってなつみちゃん。ちょっとだけ、そのままカメラの方を向いててくれる?」

「へ?なによ急に」

 僕の突然の提案に眉をひそめつつも、

「まあ、いいけど……」

 と言うことを聞いてくれるなつみちゃん。


 ごめんなつみちゃん、僕は今からとんでもないことをします。

 けど、今すぐできることはこれしか考え付かないし、これはこのタイミングでやるからこそ意味があると思うから――――


 僕は、激しく高鳴り胸を突き破りそうな心臓を何とか抑えつけて――――

 えいやっ!!と心の中で叫びつつ、動きはとても自然にスマートに(したつもりで)……


 なつみちゃんの頬に、人生で初めてのキスをした。

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