第54話 柔らかな衝撃

「はえぁ!?……チョッ、チョットモウ、ナニヨ急にー」

 いきなりのキスに戸惑わせてしまったけど、ここであまりにも大きく動揺するのもおかしいとすぐに気づいたのか、平静を装ってくれたなつみちゃん。

 僕らは付き合っているカップルではあるけど、人前ではそういうのを安易に見せない、というスタイルでごまかしてきた。

 とは言え、付き合っているのにほっぺにキスくらいで激しく動揺するのはさすがに不自然だと瞬時に判断してくれたなつみちゃんありがとう。

 本当は相談とかしたかったけど、付き合ってるカップルが「ほっぺにキスしても良い?」と質問するのはあまりにも不自然だものね。

 っていうか、相談したら断わられる可能性があったので、ここはもう強行突破するしかなかったのです。ごめんねなつみちゃん。

 コメント欄も突然のキスに混乱しつつも、だいぶ興奮してる人が多いみたいだ。

 ……やっぱりみんな人のキス見たいのかな……???

 僕は別に見たくないけど、そういう需要がある事も知ってるからある種の賭けではあったのだけど……どうやら見たい人たちが多かった様子です。


 さあ、ここからは「彼氏」の仕事だ。


「ごめんごめん。でもさ……なんかコメント欄見てたら、僕がCちゃんと浮気する可能性を疑ってる声が一定数あってさ……これをまず払拭しないと駄目だなーと思ったんだよ」

「だから、キスしたの?」

「だってさ、考えてもみてよ。仮に僕がCちゃんとそういう関係になりたいと思ってるとしたら、その子をわざわざ彼女と一緒に居る場所に連れてきてこうしてキスするのを見せてるって……僕が相当ヤバイ奴か特殊な性癖じゃないと説明付かなくない?」

「………確かに」

 これはそれなりに説得力のある言葉だと思う。

 まあコメント欄には『そういうプレイの可能性も……』みたいなことも書かれているけど、むしろそういうのが冗談っぽいノリで出てくる方が健全だ。

 本気で心配している人がいるのが問題なのであって、そういう人に対しては今のである程度払拭できたと思うし、ふざけて「浮気するんじゃないのー?」とか言われてるうちは大丈夫のような気がする。

 もちろん、そういわれてて本当に浮気したらその時点で単なるクズだけど、ネタにされてるうちはむしろ問題ない。

 ちょっとしたスパイスだ。


 とりあえず今、コメント欄はかつてない賑わいを見せているので、ここで追い打ちしたい。


「そんな訳でなつみちゃん。なつみちゃんからも、ほっぺちゅーしてください」

「はいいいいいい!?」


 さすがにその提案には驚きを隠さないなつみちゃん。

 いや、僕も正直心臓めっちゃバクバクしてるし、「言ってしまった……!」という気持ちはある!

 でも、これは一方的よりも絶対に、お互いにやり合った方が効果的に違いないのです!

「さあ、どうぞ!」

 困惑するなつみちゃんを横目に、僕は正面を向いてなつみちゃんに横顔を預ける。

 どうぞ!来てください!!僕は覚悟を決めました!!

 チラッと横を見ると凄い勢いで目が泳いでいるなつみちゃん。

 うっ、ごめん、負荷をかけている。

 でもこれはやって欲しい!!絶対に意味があるから!!


 そんな僕の覚悟を感じ取ったのか、一度深呼吸をして顔を真っ赤にしつつも息を整えるなつみちゃん。


「―――――もぅ……こ、今回だけだからねっ!」


 ええー、なにそれツンデレみたいなやつかわいいー!

 僕はキスしやすいように少しなつみちゃんの方に体を傾けて顔を近づける。

 片目だけうっすら開けて距離感確認しつつ近づいてくるなつみちゃんが愛おしい。


 そして、ほほにふわりと息がかかったな、と思った次の瞬間――――今まで経験のしたことないような柔らかい感触が触れて、全身が痺れるような感覚に包まれた。


 えっ……?

 なにこれ?なにこれなにこれなにこれ????なに???これなに???


 ほっぺとは言えキスに関しては僕も初めての事だから、ドキドキしてたのは確かだけど、でもほっぺだし軽く口をつけるくらい別になんてことないんじゃないかと思ってたのに……信じられないくらい心臓がドキドキして体が固まって体温が上昇しているのがわかる……!!


 ちょっ、ちょっと待ってよ!!

 ただのほっぺちゅーだよ!?海外だったら挨拶だよ!?海外行ったことないけど!!

 こんなに嬉しくて恥ずかしくて……なんか全身がモゾモゾするもの!?


 ちらりとなつみちゃんに目線を送ると、下を向いてこちらを上目遣いでチラチラ見ながらもうこれ以上ないくらいに照れている。

 それを見た瞬間、完全に僕も照れてしまってなんだかわからないけど目を逸らしたりチラッとなつみちゃんを見てはヘラヘラと笑ってしまう。


「えへ、えへへへ、なんか、あの、ねぇ……」

「うん、その、これは、アレよね、ねぇ?」


 二人して全力で照れながら顔がニヤニヤするのを止められないで居る。

 なにこれバカップルなの!?

 自分たちで始めたほっぺチューでこんなに照れてニヤニヤしてるの凄いバカみたいじゃない!?


 ただ、コメント欄は今までにないくらいの爆速さで、もはや一つ一つが読めないし、なんならコメントもほぼ言葉になってない。

 ふと目に入ったしぃちゃんは、目と口がまん丸に開いた状態でフリーズしている。


 今この場にいる……いや、視聴者も含めてこの配信に係わっている全ての人間が正気を失った状態がしばらく続いた。

 空気を読んでカメラの画角から外れたCちゃんだけがギリギリ正気を保っていたと言えるだろう。

 体感としては数時間のような気もするけど、実際には1分ちょっとしたところで……最初に正気を取り戻したのはやっぱりなつみちゃんだった。


「―――――……はいっ!ということでね!!そろそろ今日の配信終わりですよっ!!」


 その一言で、世界に正常な空気が戻ってくる。

「うん、あのー、ね、見てもらった通り、僕たちはもうその……こういう感じなので!!ら、ラブラブ!!なので!!!変な心配しないでくださいね!!」

 まだまだ爆速でざわざわしてるコメント欄だけど、出来る限りのことはしたし言いたいことは言ったので、これで大丈夫だと信じるしかない。

 っていうか、ここまでして何にも効果なかったら大ショックだよ!!

 たかがほっぺチュー、されどほっぺチュー。

 人生においてわりと大きな出来事でありました。


 ……それだけ、この場を失いたくないと、僕は思っているんだろうな。

 この場を、なつみちゃんを。


 それはお金だけの話じゃなくて―――――って、ダメダメ!!

 考え始めたら深く潜ってしまう。

 まだ配信中なんだから、まずはちゃんと配信を終わらせなくちゃ。


「じゃあえっと、今後の予定はまたSNSとか、このチャンネルのコミュニティでもお知らせするから、チェックしといてね」

 顔の赤さは消えてないけど、それでもちゃんと終わらようと言うべきことを言うなつみちゃんを見習おう。

「スパチャも後でちゃんとチェックして、コミュニティでお礼するから。今回ドタバタであんまり反応できなくてゴメン」

 こういうのも大事なんだと学んだ。

 ほっといても大量にスパチャが来て反応しきれないような超人気配信者でもない限り、やっぱりお金を使ってくれた人にはお礼をするべきなのです。

 別にお金を使ってくれる視聴者さんだけが大切なわけじゃないけど、対価は必要よね、という話だ。


「それじゃあ……」

 締めの挨拶に入る為のアイコンタクトを受け取り、頷く。

「今日も本当に、見に来てくれたありがとね!」

「よかったら、チャンネル登録、高評価もお願いしまーす!」


「「せーの……バイバイななつぎー!」」


「またねっ」

 二人で声を合わせてお決まりの挨拶をした後、なつみちゃんの超絶可愛い「またねっ」が炸裂する。

 挨拶的にはバイバイだけど、これでお別れじゃなくて次もよろしくね、という気持ちも伝えたい欲張りセットなのです。


 そんな訳で、なんとか平静を装いながら波瀾にまみれた配信は一応の終了となったのでした……。


 この配信は、熱心な視聴者さんたちの間では伝説の回と呼ばれてアーカイブが記録的なリピート再生率を記録したとかなんとか。


 まあ、私は恥ずかしくて二度と見られなかったけどね!!

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