第51話 正直さの形。

「……さて、じゃあそろそろ投票を――――」

「ちょっ、ちょっと待って!!」

 投票に入ろうとするなつみちゃんの言葉を遮って声を上げる。

 ……なんかデジャブだな。

 でも、ここしかない。このタイミングしかないんだ。

「なぁに?どうしたのなぎさ君」

「……いやその……投票の前に、ちゃんと……ちゃんと言いたいんだ。いろんなことを」

 僕のその言葉と視線に何かを感じ取ったのか、なつみちゃんとしぃちゃんは一瞬顔を見合わせたけれど、すぐに察してくれたのか頷いて僕に先を促した。

 二人は、僕のやる事を邪魔したりしない。

 それはきっと、信じてくれてるからだと……思う。

 だから応えたい。

 二人の信頼に。

 そして同時に……このチャンネルを見てくれてるみんなの信頼にも。

「まずその……ひとつ、見てくれてるみんなに謝りたいことがあります」

 コメント欄がざわざわし始める。

 ……でも、正直に。

 僕に出来ることは、変な策を弄することじゃない。

 正面一点突破!!

「どこから離したらいいのかな……えーと…最初の時に、Cちゃんは事務所から紹介された人だって話があったと思うんだけど、本当はそうじゃなくて、僕の友達です」

 うわぁ、コメント欄の流れが速い。

 みんな戸惑っているようだけど、やはり一番多いのは「なんでそんな嘘を?」という事だ。

「いや、そうなんだよね。隠すことじゃなかったんだけど……なんかさ、変な誤解をされたくなかったんだよね。ここはカップチャンネルだからさ、その彼氏の女友達が配信の場にいる、って……なんかモヤらない?」

 それはそう、めっちゃモヤる、と同意してくれるコメント。そうだよね、僕が視聴者でもそう思う。

「でも、本当にそう言うんじゃなくて、純粋な友達なんだけど……あの時ハプニングがあってさ、それでカメラ前に出たCちゃんがその辺の事を配慮してくれて、事務所から紹介されたスタッフ、って自己紹介してくれたんだ。で、僕がそれを否定して「友達なんだ」って言うとさ、変な勘繰られ方をするかなーと思っちゃったんだよね。本当はちゃんと説明すればよかったのに…………みんなを信じきれなかった僕の未熟さが悪いです。ごめん」

 わかる、と言ってくれる人もいれば、悲しいという人もいるし、怒っている人もいる。それは仕方ない。あの場で嘘を選んでしまった報いだ。

「だったらアタシも同罪だね」

 なつみちゃんが言いながら僕の隣に座った。

「アタシもそれは知ってたのに言わなかった……だってさ、そこで「嘘つくな!なぎさ君の友達だろ!」って言ったところで混乱するだけだと思ったからね。アタシもその方が丸く収まると思ってCちゃんの機転に感心しちゃったもん……でもさ、これだけは言わせてほしい」

 なつみちゃんは一瞬こちらを見て、改めてカメラを向く。


「なぎさ君は全部正直に言いたいと思ってるみたいだけど、アタシはなぎさ君を守る為なら、平気で嘘をつくよ。だって、世界で一番大事な、アタシの、最高の彼氏だからね」


 ふええ!?

 ちょっ、それ……いや、今そんなこと言わなくても……と思いつつ、なんか凄いドキドキしてる!なにそれ!!キュンてしちゃうじゃん!!

 コメントの流れも速い速い!!

 そうか、僕は正直さって嘘をつかない事だと思ってたけど、嘘をつく自分すら見せてしまうのもまた正直さなのかもしれない。

 ……なつみちゃんと居ると、新しい発見がいろいろだ!

「なつみちゃん、ありがとう。……ごめんね、いつも迷惑かけて」

「迷惑なんてかけられてないわよ。苦労も喜びも……全部1人のものじゃないんだから。二人で分け合って、二人で乗り越えていくの、だってアタシたちは……「カップル」でしょ?」

「……うん。そうだね、僕たちは、カップルだ」

 なんだかすごく嬉しくて、なつみちゃんの手を包み込むように両手で握り、その手を抱きしめる様に僕の頬にくっつける。

「ぴょっ!」

 なつみちゃんがいつもの照れモードに入りそうになったけど何とか踏みとどまって……

「……っていうかさ!アタシ前から思ってたんだけど、カップルって今更あんま言わないよね!」

 照れ隠しにそんなことを言ってきた。

「……そうだね。でもなぜか、カップルチャンネルとか、カップル系配信者とか、なぜかこの界隈はまだよく使うよね、カップル」

「……でもアタシ、実はわりと好きなんだ。カップルって言い方」

「あっ、実は僕もそう。なんだろうね、不思議だよね。響きが可愛いっていうか。うん……僕と、なつみちゃんはこれからもずっと「カップル」でいようね」

「――――うん。ぜったい!」

 そして二人で、顔を見合わせて笑った。

 なんだかとても幸せな気持ちに包まれて、しばらく二人で笑いながら見つめあっていたのだけど……

「あのー、すいませーん。わたくしが言うことではないと自覚してるんですけど、そろそろ先に進みませんかー」

 Cちゃんの声でハッと我に返ると、数分間経過していて、コメント欄も「おーーい」「戻ってきてー」「尊いけどさすがに長い」「二人の世界入りすぎぃ!(良いぞもっとやれ)」などのコメントで埋め尽くされていた。

「えっ、あ、ご、ごめん!」

 投票前にちょっと、って話だったのに!

「いや、良いんですけどね、正直その、当事者であるわたくしがツッコミを入れるのもおかしな話だな、と思ったんですけど……いくら何でも長かったから!」

「ごめん、ほんとごめん」

「これはごめんだね」

 二人で謝罪する。

「というかアレだよね……考えてみると、アタシたちってツッコミ不在よね……Cちゃんが編集スタッフ兼ツッコミ役として居る世界線は、わりとありかもしれないね……」

「なるほど……その視点は考えたことなかったけど……ありだね……」

 コメントも賛同の声が多いように思える。

 たぶん、すぐにツッコミを入れたら「二人の世界を邪魔するな」みたいな空気になったのだろうけど、もう視聴者も突っ込み始めたタイミングで、現地のツッコミが炸裂したので丁度タイミング的にも気持ちよかったのだと思う。

 こういう空気の読み方も含めて、やっぱりしぃちゃんは優秀だ。

 ぜひこれからも参加して欲しいという気持ちが強くなったよ!


 ……よし、改めて最後に伝えよう。


「ええと……なんかさっき言いたいことが途中で止まっちゃったけど……言いたいことは凄くシンプルなんだ。皆もこの前の動画と今回の生配信は楽しんでくれたと思うし、僕らだけでは出来ない新しい魅力を引き出してくれるし、なつみちゃんの負担も減らせる部分がかなりあると思う。それになにより……」

 一瞬しぃちゃんに視線を送る。

 僕の……私の正直な気持ち。


「Cちゃんは、信頼出来る人だよ。それは僕が保証する。Cちゃんが仲間に加わる事は僕らの為にも、みんなの為にも良いことだって僕は信じられると思ってる。だから……よろしくお願いします」


 結局、言いたいことを短くまとめるとそういうことだ。

 それが伝えられたなら、あとは結果を待つのみ。

 満足そうな僕を見て、なつみちゃんが話を進める。


「まあ、アタシとしては中立というか……正直最初は反対だったんだけど……今となっては、どちらに転んでも納得できるかな、と思ってるよ」

 これは……デレなのかい?デレなのなつみちゃん!?

 ちょっと恥ずかしそうにしている!デレだ!可愛い!


「はーい、じゃあインスタストーリー更新するので、みんな投票してください。インスタアカウントない人はごめんねー、まあ、アタシのファンでインスタやってない人ほぼいないと思うけど、もし居たら作ってフォローしてね、いい写真めっちゃあげてるからストーリーも凄い更新してるから」

 きっちり宣伝もする、ぬかりない!


「じゃあ……投票スタート!制限時間は10分!!」


 ついに……始まった、運命を決める投票が!







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る