第50話 思い出したこと。

「わかりました、それで構いません」

 賛成が80%で加入する……その条件を、しぃちゃんが受けた。

「本当に、いいの?」

「ええ、元々無茶な話じゃないですか。前の生配信の時に失敗した時点で、本当はしい……Cは去るべきだったんです。……でも、チャンスを頂けた。1本の動画と、今日の生配信を任せて頂けた……それだけで、凄く幸せなのですよ」

 しぃちゃん……そんな風に思ってたのか……。


 ……いや待って……しぃちゃんにしてはなんて言うか……良い子過ぎない!?


 いや、根っこはいい子だよ?良い子だけど、そんな けなげな感じだっけ?

 ……はっ、さては計算で……?

 視聴者の皆さんの同情を引こうとしてあえて?

 なるほど、それでこそだよ!それでこそしぃちゃん……あれ?


「Cは……本当に、このチャンネルが好きで……二人のお役に立ちたいって、それを願っていたので……っ……だから、ほんの少しでも、その夢が叶って、幸せ……でした……!」


 泣いてる……?

 えっ、どっち?これどっち?

 しぃちゃんってこういう時に泣くタイプだっけ?

 それこそ策略?いやでも……

「ちょっ……ちょっと、本当に泣いてるじゃん。どしたどした?」

 しかもカメラの画角の外で泣くなんて……あえて画面内で泣くならともかく、えっ、本当になの?

 映像的に魅せたいと思ったのか、なつみちゃんが慌ててカメラのところへ行ってCちゃんを映すけど、カメラに背を向けてその顔を見せない。

 計算だとしたら見せた方が……いや、逆に見せるとわざとらしいから隠すのかな……わからない、しぃちゃんの真意がわからない!


 ……いや、違う。

 僕が今考えるのはそんな事じゃない。

 しぃちゃんの狙いがどうであれ、ここはきっと配信として盛り上がり時だ。

 流れを、作るんだ。

 大きな流れを……!


 チャット欄を確認すると、多くは涙によってCちゃんの本気を感じ取ってくれてるようだけど、中には嘘泣きじゃないかとか、泣いて同情票を集めようとしているという意見もある。

 考えろ、どうしたらこれを一つの大きな流れに持っていける?

 泣いたって駄目だよ、と強く言うことで僕が悪者になってみんながCちゃんを助けたくなるように……いや、ダメダメ、駄目だよ。

 Cちゃんを仲間に出来ればいいわけじゃないんだ。僕が嫌われたら、それはそのままこのカップルチャンネルの人気低下に直結する。


 そうだ、そもそもこの流れは僕が作ったんだ。

 しぃちゃんを、誰かを悪者にするようなことはしたくないって、そこから始まったのに、僕が悪者になって望みの結果を掴もうなんて間違ってる。


 なら、どうするべきだろう?

 今この状況で、自分がすべきことは―――――


 その時、不意に思い出が脳裏をよぎった。

 あれは、いつの事だったろう。

 確か、しぃちゃんになつみちゃんとのことがバレて、ここに連れてくるようにお願いをされた後――――私は、本当に純粋に疑問を口にした。



「しぃちゃんはさ……どうしてその……私の事、好きでいてくれるの?」

 しぃちゃんはたぶん、もっと怒っていい。

 なんなら、絶交だと言われても仕方ないとさえ思う。

 男装して偽カップルとして配信者をやりながらお金を稼いでいるのだ。

 そんなの、普通に考えたら不誠実すぎる。

 だというのに、なつみさんに会わせてくれ、なんて言うからにはきっとまだまだ私の人生に係わって来てくれる気持ちがあるということだろう。


 どうしてなんだろう。

 私に、そこまでする何かが……あるの?


 質問に対して、一瞬驚いたような、それでいて少しだけ怒ったような顔を見せたしぃちゃんは、少しの間黙り込み、大きくため息を吐き……まるで独り言のような言葉をつぶやいた。


「――――先輩にとってはきっと、何気ない事だと思うんです」


 窓の外を真っすぐに見つめるその瞳に飲み込まれそうになる私をよそに、しぃちゃんは語り始めた。

「椎瑠が文芸部に入部して、半年くらい経った時だと思うんですけど、人生相談をしたんです。覚えてますか?」

 言われて記憶を必死に辿るも、どうにも思い出せない。

 今個々で言い始めるってことは、何か重要なことだと思うんだけど……。

「えっと……ご、ごめん、そんな重要な相談されたことあったかな……。ほんと、ほんとごめん!」

 軽蔑される覚悟で正直に言うと、意外にもしぃちゃんはコロコロと笑った。

「大丈夫ですよ、本当に何気ない日常会話の延長みたいな感じでしたから、覚えて無くて当然です」

「そうなの……?でもごめん」

 私の言葉に軽く笑い、また話を続けるしぃちゃん。

「椎瑠はずっと、夢や目標を持って無いのがコンプレックスだったんです。周りの大人はみんな……ううん、同級生たちも……語るじゃないですか、夢の素晴らしさを。目標に向かってひた走る尊さを。――――でも、椎瑠はそれをどうしても見つけられなかった」

 確かに、しぃちゃんから将来の話をされたことはほとんど無かった。

 ただ、夢や目標を怪我で失った私にとっては、それが心地よかったのも確かなので、意図的にそうしてくれてるのかと思ってたけど……しぃちゃんはしぃちゃんで、そんな悩みを抱えていたんだね……。気づけなくてごめんね。

「……で、そのことを相談した時……先輩は言ってくれたんです」

 ……私、何言ったんだろう……?

 今だったらなんて言うだろう、脳みそフル回転で考えてみるけど、そんなにいい答えは浮かばない――――


「いいんじゃない? ……って。そう言ったんですよ先輩は」


 ――――――え?

「……いいんじゃない?って、私、言ったの?」

「はい言いましたね。本当に何気の無い……天気の話をするくらいの自然さで、言いました。 いいんじゃない?って」

 へーーーーー……

「……すっごい普通のこと言ってる!!!」

 何の捻りもない!!

「えっ、なんかほんとごめんね?せっかく相談してくれたのに、なんの解決にもならないこと言ったよね!?」

 凄く申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 けれど、私のその気持ちに反して、しぃちゃんはとても楽しそうに笑った。

「あはは、そうですね。でも……それで椎瑠は救われたんです」

「えっ、ど、どうして?」

「なんていうんですかね……先輩みたいに、一つの事に人生をかけて、必死に夢を追いかけていて、その素晴らしさや尊さを知っている人が、本当に何気なく「いいんじゃない?」って言ってくれたから、凄く素直に、ああいいんだ……って思えたんです。それで、自分でも不思議なくらいに心が救われたんですよ」

 ……そういうもの、なんだろうか。

 私としぃちゃんは違う人生を生きてきたのだし、私は私の人生を正しいとは思ってないし、しぃちゃんも自分の人生に満足してないように思う。

 それでも、私の言葉がしぃちゃんを少しでも救えたのならそれはとても嬉しいことだし、私もしぃちゃんによって救われてる部分が大いにある。


 自分の人生に胸を張れなくても……私と言う人間が誰かにとって価値があるのなら……もう少しだけ誇っても良いのかもしれない。


 私の人生を、私が今まで歩んできた、生きてきた人生を――――




 なんで急に、思い出したんだろう。あの時の事を。

 でも、おかげで気が付いた……というか、繋がった。


 ここ数日なつみちゃん とも しぃちゃんとも話していた事。

 ありのままの自分で良いんだ、という話。

 そうか、そういうことなんだ。


 「いいんじゃない?」で良いんだ。


 偽りの何かをこの場で作り上げて、それで結果を得るんじゃない。

 だって私は知っているから。

 そのままのしぃちゃんがとても魅力的で、努力家で、優しくて……この配信に加わってくれたら、絶対に良い方に出るって、信じられるから。


 だから――――それをそのまま伝えればいいんだ。


 しぃちゃんが、どれだけ良い子なのかを!


 それが、今私に――――僕に出来ること!!

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