第49話 その日。
「違う、違うの!違うんだって!!待って、待ってよ!?」
部屋中に響き渡るなつみちゃんの声。
絶叫と言っても問題ないようなその悲痛な叫びを放つなつみちゃんの手には――――――ゲームのコントローラーが握られていた。
「ああああ!もーーう!なんで!?なんでそうなるの!?」
「いや、なつみちゃんが操作してるんだよ……?」
「アタシはこんな動きしてないよ!いや、したけどしてない!」
「どっちなのさ」
シンプルに言うと、なつみちゃんはその……ゲームがド下手だった。
それはもう、ドもド、超弩級のヘタだった。
しぃちゃんが持ってきたのは、誰もが知ってる横スクロールジャンプアクションの……まあ簡単に言えばファミコンの初代マリオ。
女子高生インフルエンサーがレトロゲームをやってみる、という企画で始まった生配信だったのだけど……なつみちゃんのあまりの下手さに企画があらぬ方向に走り始めている。
私……僕、なぎさ君もゲームは得意ではないというか……まあほぼ経験は無いのだけど、説明書を軽く読んで10分くらいプレイしたら、決してうまくは無いけどまあ普通に序盤のステージをクリア出来た。
どうやら意外とゲームに向いているみたい。
と言っても、今までゲームに触れてこなかったので、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。
普通なら、僕と同じくらいには出来るのかもしれない。
「うぎゃー!なんで落ちるの?なんで落ちるのー!?」
……比較対象がなつみちゃんしかいないから標準が分からない!
チャット欄も、最初は頑張れ!みたいな感じだったのだけれど、あまりにも同じ失敗を繰り返すので「これマジ……?」という引きタイムを経て、今はもう失敗するたびにみんなが大笑いをしている。
なんというか、下手であることがエンターテイメントになることもあるのだと知った。世の中は奥が深い。
その後も、応援と笑いが絶妙なバランスで進行していき――――
「や、やったー!!!ついにクリアできたわ!!」
「おめでとう!!おめでとうなつみちゃん!!」
思わず二人で感動的に抱きあう。
チャット欄もおめでとうおめでとうと歓喜と祝福に沸き、いくつかのスパチャが飛び交った。
「みんな、本当にありがとう……!アタシ、諦めなくて良かった!!やりきってよかった!!」
今にも涙を流しそうなくらい感動しているなつみちゃん。
そう、なつみちゃんとついにやったのだ。
死闘の末にクリアまでたどり着いたのだ―――――……1-3の、クリアまで。
うん、その……待ってほしい。
大体の人は知っていると思うのだけど、このゲームは1面が4つのステージで作られている。
つまり、1-4までクリアしたら、1面クリアと言うことになる。
そして、なつみちゃんがクリアして、いま皆で胴上げするくらいの勢いで喜んでいるのは、1-3。
わかってるわかってる。みんな心の底では思ってる。
まだ1-3だよ!って!
でもさ!ここに来るまでに二時間かかってるんだよね!!
1-2までで40分かかって、1-3だけで1時間20分かかってるんだよね!
もう配信も終わりの時間なんだよね!!
なにより、ここから1-4をクリアするまでまた1時間かかる可能性を考えたら、もうさすがに……さすがにここで終わらせるのがハッピーエンド……!
考えうる最善のハッピーエンドなんだよ……!!
と、ひたすら純粋に喜んでいるなつみちゃんの可愛さを視聴者の皆と愛でながら、自然と生配信はエンディングに入っていくのでありました。
なんだかんだ、めちゃめちゃ盛り上がったし!
「というわけで……投票ターーーイム!!!」
エンディングに入ると同時に、なつみちゃんが声を張り上げる。
そう、これが今日のメイン企画。
ゲーム配信が思った以上に盛り上がってもう既にだいぶ疲れているけれど、なつみちゃんはゲームクリア出来たことでかなりご機嫌だ。
とは言え、これから行われることは、真剣だ。
「えーっと、みんなはこの前 公開された動画見てくれた?あの、社交ダンスのやつ」
しぃちゃんプロデュースの動画は事前に公開されていて、再生数も高評価も普段の動画と変わらないくらいに見られてたし、なによりもコメント欄がかなり盛り上がっていた。
しぃちゃんプロデュースと言うことはちゃんとタイトルで分かるようになっていたし、何よりも見ればすぐにわかるようになっていたので、反発の声もなかったわけではないけれど、それ以上に普段は見られない僕たちのスーツ&ドレス姿と、ダンスシーンのこっかうよさを褒めて貰えているコメントが目立った。
評価は上々、と言ったところかな。
そして今回のゲーム実況生配信。
……実況が出来ていたのかは怪しいところだけど、少なくとも盛り上がったのは間違いないし、僕ら的にも満足度の高い配信だった。
普段はわりとまったり会話してることの多いコメント欄も、応援とクリアのお祝いで賑わっていたし、見てる人たちにも楽しんでもらえた感触はある。
ただ……だからと言って、しぃちゃんを受け入れてもらえるかどうかは話が別だ。
「これからアンケートするけど、ダンスの動画と今回の生配信を見て、Cちゃんが作る動画をこれからも見たいよ、って人。たまには良いかもな、って人は、「いいよー」に入れてね。絶対二人だけが良いのに!って人は「だーめだよ」に入れて下さい」
選択肢の文言が軽いなっ!?と一瞬思ったけど、なつみちゃんとしてはあまり雰囲気を重くしたくないってことなのかもしれない。
あまり重い空気にすると、選択によって出た結果も重く受け止めてしまうかもしれない。
視聴者のみんなにとっては、これはあくまでもイベントの一つ。
それくらいの気持ちで投票してもらった方が良いのだろう、きっと。
「でさ……アタシちょっと考えたんだけど……これって、どのくらいの投票数だったらOKにしていいのかなー、って」
……ん?なつみちゃん?
「だってさ、たとえば51vs49とかでCちゃんの加入「いいよー」って人が多かったとしても、同じくらいの数の人は「だーめだよ」って思ってる訳じゃない?それってなんか……モヤモヤするっていうかさ、本当にみんなが幸せになれるのかな、って」
それは……そうかもしれない。
僕らがやってることは決して公式な選挙でも何でもないんだ。
多数決で結果が出たらこうします、で押し切ることは簡単だけど……半分の人を嫌な気持ちにさせて得た未来は果たして幸せだろうか。
「でも、じゃあどうするの?」
「うん、それを考えたんだけど……「いいよー」が80%になったら合格、ってのはどうかな?」
「80%!?それは……だいぶハードル高くない?」
ダンス動画と今回の生配信で楽しんでくれた人は多いと思うけど、最初の頃は本当に半々……いや、反対派の方が多めって感じだった意見が80%まで来てるかと考えるとだいぶ厳しい。
「んー、でもさ、やっぱり大きな転換期になるかもじゃない?その場合、反対意見の倍は賛成意見が欲しいと思うんだよね。そうなると……賛成が70%くらいは必要でしょ?」
……えーと、えーと……計算、計算が難しい……。
反対の倍の賛成が必要……?
賛成が70%だと、反対が30%だから、これは倍以上だよね。うん、あってる。
だから……倍になるには……賛成は最低でも……67%が限界…かな?うん、そうだよね。たぶんそう!
ちらっとしぃちゃんを見たら、スケッチブックに「賛成67% 反対33%が限界」と書いてくれていた。計算が早い!!
そして計算合ってた!良いぞ私!馬鹿じゃないぞ!!
じゃない、落ち着け僕。
「でもさ、それだったら80%まで行けばもう文句ないって感じしない?70%だとちょっと弱いけど、80%だったらもう文句言っても仕方ないっていう」
「あー……いやまあ、なんとなくわかるよ。成功率70%です!って言われたらちょっと不安だけど、80%って言われたら「行けるっしょ」ってなるよね」
その10%が与える心理的な影響は大きい。
言い方を変えれば、賛成が80%を超えたら視聴者の皆の中にも、そんなに賛成意見が多いのなら、という納得感が生まれやすいという事だ。
それはわかる、理解できる……でも、だからこそ…そのハードルはきっと高い。
せめて、75%でなんとか…と提案しようとしたところ……
「わかりました、それで構いません」
しぃちゃんが、その条件を自ら受けた―――――
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