第46話 ダンスダンスダンス。
「はいそこまでっ!」
困惑する私を止めたのは、さっきまで震えてたなつみちゃんだった。
ほぼ同時にしぃちゃんもお母さまを叱りつけようとしていたけど、それより早くなつみちゃんの声が上がった。
「ごめんなさいねママントマンさん。アタシたちは、そういうの人前じゃしないんです。なんていうか……大事なことだから、消費されるコンテンツにしたくないっていうか……この関係を、大切に育んでいきたいんです」
顔は笑顔だったけど、真剣さ……真摯さが伝わってくる。
「……あら、そうなの……そうよね。もー、ごめんなさいね。おばちゃん年甲斐もなく興奮しちゃって!駄目ねー、若い子を前にすると浮かれちゃって」
「いえいえ、お母さまもまだまだお若いですよ。それに、上の世代の人たちにも好きでいて貰えるのは凄く励みになります。どうしても、同世代のファンが多いから閉じた空間になってしまいがちなんですけど、お母さま世代にも好きでいて貰えるなんて、本当にうれしいんです。ありがとうございます」
「まあまあまあまあ、なんてしっかりしたお嬢さんなの!?しかも可愛い!!うちの娘があなたのような子と友達だなんて鼻が高いわよ!」
「いえいえそんな、お嬢様もとても優秀でかわいい子ですわ」
……さすが子供のころから大人の世界で仕事してきたなつみちゃんだ……社交性が凄いし、大人の人たちと上手くやるための会話術に積み重ねた経験が見える。
しぃちゃんも何か言いたそうな顔をしているけれど、綺麗に収まろうとしているところに余計なことを言ってまたこじれても面倒だと思ったのか、言葉を飲み込んで代わりに大きなため息を吐いている。
視線を向けていると目が合って、頭を下げられた。
うちの母がすいません、みたいな事なのだろう。
全然平気だよ、と視線と笑顔で伝えると安心した表情を見せてくれた。
……とりあえずこの場は何とかごまかせたけど……キス、キスかぁ……。
まあ、女の子同士でもふざけてキスするなんてことは全くない話ではないから、偽とは言えカップルである私たちもいつかしなければいけないタイミングが来る……のかなぁ?
いや、しなきゃいけないってことはないんだろうけど……でもまあ……想像しても、別に嫌じゃない……気がするなぁ。
「はいはい、じゃあだいぶ話がそれましたけど、時間もないのでダンス本番行きまーす」
しぃちゃんが強引に話を戻し、いよいよダンス本番が始まった。
結果としては、なんというかとにかく必死だった。
二人で寄り添って踊るからドキドキしたりするかな、と思ったのだけどそれは最初だけで、ダンスが始まってしまえばとにかく教えられた振り付けをこなすのが必至で、なんかラブコメっぽい空気になるかなとか考えていた思考はすぐに打ち砕かれた。
ダンスって大変!!
「笑顔笑顔!笑顔忘れずにー!」
そんなマママントマンさんの声が何度か飛んできて、二人とも思い出したかのように笑顔を作るも、すぐに余裕のない顔に戻ってしまう。
一曲踊りきる頃には、二人とも汗だくで息も絶え絶えで、それでも何とか姿勢だけは保っていたつもりだけど……ギリギリ過ぎて他の人から見たらどうなのか全然わからない!
「お疲れさまでしたー!!いやー、良かったですよ二人とも!」
「ほんとよ!初めてでこれだけ出来るなんて素敵よっ!」
しぃちゃん親子が褒めてくれる。
しぃちゃんは撮影しているので拍手こそしていないけれど、その分を引き受けるとばかりにお母さまが大拍手をしてくれてる。
「ほ、本当に?すっごいギリギリだったけど……必死だったけど?」
「大丈夫です。あとは編集任せてください。それより、どうでしたか?踊ってみて」
感想を問われて、僕となつみちゃんが顔を見合わせる。
「……いや、とにかく振り付け通りに踊るだけで精一杯で……ねぇ?」
「そうね……途中でパニックになりそうだったけど、なぎさ君がリードしてくれたから何とか最後まで踊りきれたわ。さすがアタシの彼氏っ」
ぐいっと腕を絡めてくるなつみちゃん。
ちょっ……なんか、むにって!腕に柔らかいものがむにって!
慣れないな!何回触れられてもこの感触慣れないな!
自分自身はもちろんのこと、母も、唯一の友人であるしぃちゃんも胸は無いからね……この柔らかさを感じる機会が無い人生だったよ。
そりゃ男の人が大きな胸が好きなわけですよね!女子でも見ちゃうもん!
……はっ、いけない。
今は彼氏、なぎさ君なぎさ君……落ち着け僕……。
いやまあ、男として接したとしてもどうせ胸にはドキドキしちゃうんだけど……!それはいいよね?正しいことだよね?男だったら当然ドキドキするもんだよね?
……はっ、しぃちゃんがゴミムシを見る目でこっちを見てる……!
ご、ごめん。いや別に謝る事でもないような気もするけど、でもなんかごめん。
なんか妙な空気が漂ったまま、その日はしっかりマママントさんにお礼を言って、撮影は終了した―――――。
そして後日、定期の撮影に集まった私たちに動画が披露された。
まだ3日くらいしか経っていないのにもう完成した動画を持ってきたしぃちゃんの目の下には相変わらずクマが酷かった。
寝てよぅ……心配になるよ……。
ただ、同時にその顔には自身が満ち溢れていた。
実際に、出来上がって来た動画は編集の力もあり、僕となつみちゃんが時に失敗したり、出来なくて凹んだりするシーンをコミカルに演出して笑いを誘いつつも、ダンスの練習は真剣にして、最終的に格好よく踊りあげる映像に仕上がっていた。
……あのダンスが編集でこんなにちゃんと踊れてるように見えるのか……凄いなしぃちゃん……!
目の下にクマを作ってまで本気で取り組んでくれたのだと実感できる動画だよ!
「……なつみちゃん、私はこれ、良いと思うんだけど……どうかな?」
少し考え込むように動画を見ていたなつみちゃんに声をかける。
「そうね……」
このチャンネルの責任者はなつみちゃんなので、どんなに私が良いと思っても決定権はなつみちゃんにある。
と言っても、今までに私が良いと思うのに没にされた、というようなことは一度もないのだけど。
そもそも企画をやってるときは楽しいし、なつみちゃんが編集して出来上がって来た動画はもう全部楽しいので、反対する理由が無い。
けど、もし――――もしこの動画をなつみちゃんが没にしようとしたら、きっと私は……少し、戦うと思う。
そんなこと今までしたことないから少し怖いけど……でも、その時は!
……でも、なるべくそうなりませんように!!!
祈るような気持ちで待ったなつみちゃんの第一声は――――
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