第45話 初めての……?

 燕尾服に身を包んだ写真をバシャバシャとしぃちゃんに撮られたのち、更衣室の外へ出る。

 どうやらなつみちゃんはまだ着替えが終わってないようなので少し待つ。

 すると、なにやら壁の向こうから甲高い悲鳴のような声が聞こえてきた。

「えっ、今の何?なつみちゃんになんかあったのかな!?」

 心配になる僕にしぃちゃんがため息交じりで呟く。

「……大丈夫です。今のは母の声ですから……言いましたよね。興奮してる、って」

 声は何度か聞こえてきたけれど、確かになつみちゃんの声ではないことは聞き取れた。

 それはまあ一安心だけど……えっ、それにしても凄い騒ぎ過ぎでは?

「いやあの、本当に大丈夫?お母さま凄い声上げてるけど……」

「――――……一応言っておきますけど、心配すればするほど、心配して損した!って気持ちになるので心配しないでください」

 そうなの?

 まあ、家族であるしぃちゃんがそういうならそう……なのかな?

 数分すると、ひときわ高い悲鳴みたいな歓声が上がって、それが少しずつドアの向こうから近づいてくる。

 そして、超音波みたいな声と同時にドアが開くと―――――


 そこには、女神が居た。


「……あ、なぎさ君……えと……ど、どうかなこれ? 似合うかな?」


 真っ赤なドレスに身を包んだなつみちゃんだった。

 デコルテラインと背中が大きく空いて鎖骨と背筋の美しさが際立つ、あちこちに効果的にレースが配置され、下半身はタイトで大きなスリットが太ももまで露出させている。


「こ、こういうセクシー系はさ、あんまりアタシのキャラじゃないっていうか……ねぇ?似合わないよね?」


 似合わないわけないよ!!!!!

 と心の中では大絶叫していたけれど、あまりの美しさに声を奪われてしまったかのように言葉が出てこない。

「何言ってんのよ!死ぬほど似合ってるわよ!!マママントマンなんかあまりの可愛さに倒れそうよ!!ねぇ!彼氏もそう思うでしょ?」

 興奮して声が高くなってるマママントマンさんに声をかけられて、ようやく我に返ったように声が出た。

「は、はい!!そうです!!似合い過ぎててなんか、なんかもう、凄い!あの、可愛い!!すっっつごく可愛い!!そしてセクシー!!可愛さと美しさと麗しさと愛らしさと……その、全ての誉め言葉を合わせても言い表せないくらい素敵です!!素敵だよなつみちゃん!!」

 どう褒めたらいいのかわからないくらい素敵だったので、とにかく褒めてみた。

「いや、それは褒め過ぎだって……アタシはこういうフォーマルな感じは似合わないのよ、ほら、アタシの可愛さって上品な感じじゃないし……」

「なつみちゃん、誰が何と言おうと……たとえそれがなつみちゃん本人だろうと、似合ってるものは似合ってるし素敵なものは素敵なんだから、似合ってないなんて、そんな言葉は全力で否定するよ。……なつみちゃん、最高に可愛いよ」

「―――――あ……うん、ありが、とう……ふへへへへへへへ」

 いけない、顔が溶け始めた。なぎ遮断。

「遮断しないでくださーい。それ撮りたいでーす」

 しぃちゃんがスマホ片手に近づいてくるけど、さすがにここは隠させてもらおう。

 ちょっとその、だいぶ溶けてるから!!

「いいじゃないですか。どんななつみさんでも可愛いんですよね?」

 なんかちょっと怒ってます?

 さっき言ってた嫉妬なの?

「いや、それはそうだよ?溶けた顔でも最高に可愛いよ?」

「じゃあ映しても良いですよね?」

「……それは……そう、なるのかな?」

 理屈としては確かにそうなんだけど……

「じゃあ、撮りまーす」

 回り込んで撮影しようとするしぃちゃん。

 その時僕は、自分でも無意識に、とっさになつみちゃんの顔を両腕と胸で包み込むように抱きしめた。

「ひあっ!?」

 驚いて声を上げるなつみちゃん。

「……ごめん、なつみちゃん。溶けた顔も最高に可愛いんだけど、でも――――」

 少し力を込めて、強く抱きしめる。


「この顔は、僕だけに見せてくれる顔だから――――独占、したいんだ」


 なんとなく急に思いついた理由だけど……本心のような気もする。

 ……不思議だね、独占欲なんて、もう持ってないと思ってたのに。


「ぎゃばばばばばばばばばばば」

「なつみちゃん?なんかその……マナーモードくらい震えてるんだけど大丈夫?」


 震えてるし、耳が真っ赤だ。

 ……今どんな顔してるのか、凄く見たい気持ちになったけど、ここは抱きしめておこう。……なるほど、視聴者の人たちもこういう気持ちなのかな。見たいのか。


 ………見せないけどね!


 隣ではマママントマンさんが凄くニヤニヤしているけど、片手でカメラを構えたしぃちゃんにもう片方の手で口を押さえられている。

 さっきまでの悲鳴みたいな声がこの映像には邪魔だという判断なのかな。

 ただ、しぃちゃん自身はめっちゃ歯ぎしりして親の仇を見るくらいの恨みのこもった瞳でこっちを見ている。

 でも決してカメラはブラさない。プロだ。

 十数秒すると、なつみちゃんの振動が止まった。

 もう大丈夫かな?とそっと顔を覗き込む。

「ふう、やっと落ち着いたわ……って、近っ……近いよ、顔が……!」

「あ、ご、ごめん……!」

 抱きついたまま顔を近づけたので、なんかキスする寸前みたいになってしまった。

 さすがに僕も恥ずかしい。

「えー、恋人同士なんだから照れなくても良いじゃないー?キーッス!はいキーッス!そーれキーッス!」

 マママントマンさんが年齢相応のはやし立て方をしてくる!

 偽カップルとして活躍し始めてそろそろ3か月経つけど、さすがにキスはしたことない……ファーストキッスだし!さすがにちょっと!しかも人前では!

 でも……必要以上に拒否するのもそれはそれで不自然なのかな!? 

 しぃちゃんのお母さまとはいえ、偽物っぽいと疑われたらそこから妙な噂が広がっていくという可能性も無きにしも非ずだし……。


 え?し、した方が良いの?

 この流れで、初めてのキス、した方が良いの??


 どうしたらいいのーーー????

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