第44話 ふたりのダンス。
ダンスは思いのほか楽しかった。
体力的にキツイのは確かにキツイのだけど、僕の足の古傷の事もちゃんとしぃちゃんからお母さまに伝わっているらしく、負担が少なくも派手に綺麗に見える動きを提案してくれてるのも大きい。
中学のダンスの授業はなんか苦手で適当にやっちゃってたけど……勿体なかったかな。
その時はわかんないもんだね。
「うん、なぎささんはやっぱり素晴らしいですね。基本的に運動神経が良いから覚えも早いです」
しぃちゃんに褒められるとなんだかくすぐったい。
好きだとか言ってくれるのに、なんかあんまり褒めてくれないんだよな……好きな子に意地悪しちゃうタイプなのかい?
「ほんとよねぇ!おばちゃんビックリしちゃったわよー。イケメンなうえにダンスも出来るのねぇ!」
覆面お母さま……マママスクマンさんはめちゃめちゃ褒めてくれる。
正直、そのおかげで楽しくやれてる部分はだいぶある。褒めて伸ばすって大切なんだなぁ!
「それに比べて彼女の方は……前途多難ねぇ……」
そんなマママスクマンさんでさえ困ったような笑顔でその視線を向けられたなつみちゃんは……
「よっ!はっ!……えいやっ!」
凄くカクカクした動きで、懐かしのテレビ番組みたいな動画で見た仮面ライダーの変身ポーズのような恰好をしていた。
ダンスが苦手だとは聞いてたけど、想像以上だ……!
「なつみちゃん、大丈夫?」
見かねて声をかけると、さっと顔を逸らされた。
「……なつみちゃん?」
「いやあの、ごめん……あまりにも恥ずかしい……!!」
僕に後頭部を向けているけど、それでもチラッと見える耳が真っ赤になっているのがわかる。
それを見て僕は――――なんかわかんないけど、凄いキュンとしてしまった……!
普段は頼れて尊敬出来て僕の私の憧れで……そんななつみちゃんが、上手く出来ない事で照れている……な、なるほど……これがギャップか!!
僕は思わずなつみちゃんの肩を掴み、しっかり正面から向き合う。
「恥ずかしがることなんかないよ。ダンスが出来なくても、なつみちゃんの素敵さはこれっぽっちも損なわれないから!!今日も、今も、超かわいいよ!!」
「ふへぇ?」
恥ずかしさと嬉しさが混じった顔をされています。
「っていうかさ、出来ない事を恥ずかしいって思っちゃったら何も出来なくなっちゃうじゃん?いいんだよ、最初は出来なくても。一緒に頑張ろう。僕なつみちゃんと踊りたい!踊れるようになったなつみちゃんは、きっと今よりもっともっと素敵だと思うから!」
僕はなつみちゃんの手を握り、踊りに誘う。
まだしっかりペアダンスを習ったわけでは無いけど、見よう見まねでくるくる回ってみたり、抱き寄せてみたり、なつみちゃんの体を斜めにして支えたり。
なんだかこれが不思議と凄く楽しい。
自然と笑みが浮かんできて、最初は戸惑っていたなつみちゃんも、最後は一緒に大きな声で笑いながら踊った。
「なつみちゃん、楽しいね!」
「……そうね、楽しいわね!」
やっと笑顔が見えた。
それでこそなつみちゃんだよっ!
「そうだわ、それだわ、やっぱりこれなんだわ!」
突然のマママントマンさんの大声に、二人ともビクっとなる。
「基礎からしっかり教えた方が良いと思ってたけど、違うわね!楽しくなくっちゃ意味ないものね!だから、もう二人にペアの振り付けしつつ少しずつ教えていくわ!だって……その方が二人がイチャイチャしてる姿が見られて、ママも興奮するから!」
「興奮するんですか!?」
「そりゃするわよ!!動画で見てた二人が目の前でイチャイチャしてるんだもの!!トキメキメトキスよ!恋の呪文なのよ!」
なんて?
なんか昔のネタっぽいのは伝わってくる。
「ともかく、二人で一緒に踊るところから始めましょ♪」
そこから、今までが嘘みたいになつみちゃんのダンスは上達していった。
とは言え、当然まだまだぎこちなさはあるけれど、さっきまでみたいに落ち込んでしまうことなく、ずっと笑顔で楽しそうで、それが僕も凄く嬉しかった。
あと、密着するのはやっぱりちょっとドキドキするよねお互いに!!!
合計で一時間半くらい練習して、最後にしっかり一曲通して踊ってみよう、という流れになった。
よーし、と気合を入れたタイミングで、しぃちゃんが突然発した言葉。
「ということで、お着換えです」
……はい?
「衣装まで用意してたの?凄いね」
なつみちゃんはマママスクマンさんが担当し、僕にはしぃちゃんが付いて、別々の更衣室へと案内された。
当然僕には男子更衣室だけど……他に誰も居ないから助かった。
「今更だけど、お母さまは僕のこと知ってるの……?」
「……存在は知ってるけど、正体は知らない、って感じですかね」
……?
一応答えてはくれたけど、なんだか不機嫌そうというか……。
「なんか、怒ってる……?」
「怒ってません」
「いやでも、なんか……」
その瞬間、突然ロッカーに壁ドンされました……ロカドン?
「えっ、ちょっ、な、なに?なになに?」
近い近い、顔近いよしぃちゃん!後やっぱり怒ってるよねその顔は!?
「正直に思ってること言いますね」
「う、うん、なに?」
「――――めっっっっちゃめちゃ嫉妬してます……!!」
……思っても居なかった言葉に、「へ?」と間抜けな声が漏れた。
「嫉妬って、なんでよ……しぃちゃんが考えた企画でしょ?」
「それはそうなんですけど、視聴者として見たいものって結局は、先輩を愛する椎瑠としてはすっっっごいこう……キーーッ!ってなるんですよね!なんで相手が椎瑠じゃないんだ!ってなるんですよね!」
「ですよね……って言われても……じゃあ、やめる?」
「やめないですけど!」
そこは即答するのね。
「これは逆に言えば、椎瑠が嫉妬すればするほど視聴者にとっては良い動画ってことなんですよ……今回は嫉妬レベル53万ですね」
基準がよくわからないけど、だいぶ嫉妬しておられる様子です。
「でもそれ、これからもしスタッフとして加わることになったら、ずっと嫉妬しちゃわない?」
まあ、その嫉妬がどこまで本気なのかと正直よくわからないところではあるのだけど……友達が知らない人と仲良くしてるとモヤモヤするみたいなのは経験あるので、それが続くだけでもなかなかに厳しい気もする。
「そう、そうなんですよ。それはかなりの苦痛ではあるのですが……知らないところでやられてるよりはむしろ目の前でやられる方が良いみたいなところはありますね」
「そういうものなの……?」
「そりゃそうですよ。だって知らなかったら想像が膨らむじゃないですか、妄想が止まらないじゃないですか。もしあんなことやこんなことがと思うと……嫉妬と興奮が止まらないですよ!」
興奮もするんだ。難儀な性癖だね。
「だから、椎瑠は絶対にスタッフになりたいですし、その為に頑張りますし、結果的に視聴者さんも喜ばせてみせます。その為に……着替えてもらいますよ!」
やっと話が本題に戻った。
そうだ、着替えのために今ここに来たんだよ。
手渡されたのは、いわゆる燕尾服。
スーツの上着の裾が長くなっていて、ダンスで動くと映えて見えるから社交ダンスで男性がよく着ている……んだと思う、たぶん。
「こんなのどこで用意したの?」
「これは母のダンスのパートナーが昔着ていたものを借りてきたんです。だからサイズはピッタリとはいかないでしょうけど、多少裾を調整すれば何とかなるかと思います」
「はー、何から何までありがとね。後でちゃんとお礼言わないと」
「まあそんなに気にしなくても大丈夫ですよ。母も楽しんでますし。しばらくは大会に出る予定もないから暇してたから丁度良かったんですよ。なにより―――」
「なにより?」
「……たぶん、母は今、めちゃめちゃテンション上がってると思いますよ」
言いながら、視線を外に向けるしぃちゃん。
……マママントマン……お母さまは今、なつみちゃんの着替えを手伝ってるはずだけど――――なんでそんなにテンション上がることがあるんだろ?
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