第43話 その名はマママスクマン
「では、動画の撮影を始めますね」
「いや待て、ここどこよ!?」
なつみちゃんが困惑するのも無理はない。
準備が整ったとしぃちゃんから連絡があり、数日後に指定された場所に行ってみると……そこは、壁の一面が大きな鏡になっている広いフローリングのダンススタジオだった。
「ご覧の通りですよ?」
「いや、ダンススタジオなのはわかるわよ。入る前に看板見たし。ここで何するのよ?」
「言うまでもなくダンスです。ダンススタジオまで来て他に何するんですか?寝起きにダンスするタイプのモーニングルーティーンとかですか?」
「寝起きにダンスする人間がどこにいるのよ!?」
……いないとも言い切れないけど、まあだいぶ特殊だろう。
「まあまあ落ち着いてください。もう撮影してるので、入ってくるところから撮影してるので」
実際スタジオのあちこちにカメラが仕掛けられている。全部で……3つかな?
いやまあカメラと言ってもスマホだし、中には古いものもある。
撮影用に中古で安いのを買ったとか言う話は、学校で会った時に聞いてたし。
今までの撮影は編集の手間とか考えて基本はスマホ一台、どうしてもの時もタブレットとか昔のスマホで2台までだったので、編集の手間をしぃちゃんが引き受けてくれるとこういうカメラの使い方が出来るんだな、というだけでも今までとの違いを感じる。
まあ、入ってくるところから撮影されると、事前に男装しておかないといけないのが大変ではあるけど。
今回も、最初から男装でここに来てくださいと言われて、途中に二人でカラオケボックスに行ってから来た。ついでに1時間カラオケをした。楽しかった。
平日だから安かったし。
って、そうじゃなくて……え、僕たちダンスするの?
「ダンスって、なんのダンス?最近流行りのダンス踊ってみた的な?」
確かにダンス動画も強いコンテンツの一つだけれど……うちでは上げてない。
こちらも理由はシンプルに、二人ともダンス得意じゃないから。
特になつみちゃんのダンスは壊滅的なのです。
ファッションショーのモデルとかもやってて、音楽に乗って颯爽と歩くのは得意っぽいのに、ダンスとなると途端に壊滅的な動きを見せつけるのはなつみちゃん七不思議のひとつ。
そのダンスを、動画で?
「そういうのじゃなくて、今回二人に踊ってもらうのは社交ダンスです」
「社交ダンスぅ?」
「はい、男女二人でペアを組んで踊るアレです」
社交ダンスか……テレビで見たことはあるけど……。
「嫌よそんなの、テレビで芸能人が大会とかに挑戦してるやつでしょ?あんな難しいの出来るわけないじゃない」
そう、本とか読んでると昔の社交ダンスは大人の趣味みたいなイメージだったみたいだけど、最近の僕ら世代のイメージとしてはバラエティ番組とかで大会に向けて必死に努力するチャレンジ企画みたいな方が断然強い。
素人が手を出してどうにかなるとは思えないんだけど……。
「まあ待ってください、別に大会に出ようって訳じゃないんです。あくまでも趣味でやる程度のダンスをやってもらうだけです。それでも、お二人なら絶対に美しくて動画映えすると思うんですよね」
「いやでも、ダンスは……」
「そういうところなんですよ、なつみさん。なつみさんは自分の苦手なところや、弱みを見せなさすぎるんです。完璧なスーパーインフルエンサーとしてのなつみさんも素敵ですけど、こんな一面もあるんだーっていう弱さを見せることで得られる親近感もある。それは両立できるものなんです」
憧れと親近感……それはある種ぶつかり合いそうではあるけど、僕のなつみちゃんへの気持ちもその二つが同時に存在しているので、確かにそれは両立できるのだと思う。
「わかるけど、でもほら……あんまり酷いと幻滅されちゃうじゃん?」
なつみちゃんは基本は自信満々なのに……だからこそ、かな……弱さを見せる事には臆病だ。
自信のある自分で居続けることで、みんなに好きでいて貰えるという気持ちがあるのかもしれない。
でも―――
「そんなことないと思うよ。きっとみんなも、そして僕も――――どんななつみちゃんも大好きだよ」
「くきゃぴっ!!」
うん、変な鳴き声すら可愛い。
「はいはーい、イチャイチャはそのくらいにして始めますよー。と言ってもわたくしもダンスは初心者ですから、今日は先生をお呼びしました。どうぞー」
先生……誰だろ……?
としぃちゃんが指し示す方を見ると……奥の部屋に続くドアから、貴族のパーティとかで見るような大きな蝶の仮面で目元を隠した紫レオタードの女性が出てきた。
……いや本当に誰!?!?!?
「母です」
「はは……母?!お母さま!?Cちゃんの!?」
「えっ!?スタイル良っ!」
突然お母さまが出てきたことにも驚いたけれど、なつみちゃんの言うようにそのスタイルの良さにも驚く。
身長はそこまで高い訳ではないのだけれど、足の長さと腰の位置の高さ、そしてスレンダーでありつつくびれのしっかりしたウェスト。
なによりも姿勢の良さがそれをより感じさせる。
「母は社交ダンス歴20年のベテランで、小さな大会ですけど優勝経験もあります」
「へぇー……パートナーはお父さん?」
「まっさかー!!なんで趣味の時間まで夫と一緒に居なきゃならないのよ。やーよそんなの」
急に喋った!!
喋り方は完全にお母さん世代感ある!!
「お母さん、素が出てる素が出てる。ミステリアス先生キャラで行く予定でしょ……!」
「あらっ!そうだったわね。やーねぇ」
そう言うと、両手をバッと横に広げた良く分からないポーズをとるお母さま。
「……それがお母さんにとってのミステリアスポーズなのね?」
「そう、いいでしょ?」
「……まあ、お母さんが良いなら良いけど」
なんとなく、親子の関係性は悪くないんだな、というのは伝わってくるので、なんだか安心する。
こちらの微笑ましい視線に気づいて、ちょっと恥ずかしそうに顔をそむけるしぃちゃん。可愛い。
っていうか、ちゃんと挨拶しなきゃ。
「あの、初めましてお母さま。しぃちゃんにはいつもお世話になってます」
『なぎさ君』としてはいつもお世話にって程の関係性は無いはずなので男装の状態でこの挨拶は正しいのどうかわからないけど、しぃちゃんの友人としての挨拶はこれ以外にない。
まあこの辺りはしぃちゃんが編集でカットしてくれるだろうきっと。
「あらあら、初めまして。いつも動画見てますー!ほんとイケメンねぇ。素敵な彼女がいるのが惜しいわぁ」
「ちょっとお母さん!?どういう意味で言ってるの?」
「決まってるじゃない………恋はいつでも初舞台なのよ!」
「何言ってるの!?」
「しぃちゃんも、きっとチャンスあるわよ……!諦めるのはまだ……」
「それ以上言うなら殴ります。鉄パイプで」
鉄パイプで!?
過激すぎるよツッコミが!
けど、お母さまはケラケラ笑って意に介してない様子。
「おー怖い怖い。あ、そうそうなぎさ君、私の事はマママスクマンと呼んでね♪」
急な呼び方の注文が入りました。
マママスクマン……マが多い。
ママの、マスクマン……マママスクマン……ウーマンでは……?
「……わかりました。今日はお願いしますマママスクマンさん!」
いろんなことを飲み込んだ。
別に面倒になったわけじゃなくて、そのままの方が楽しそうだからね!
しぃちゃんは多少頭を抱えているけど、全部が全部しぃちゃんの思い通りにならない方が面白くなりそうな予感もする。ハプニングは大事!
「こほん、それではダンスを始めますよ。母はこう見えて厳しいので、覚悟してください!」
「マママスクマンに、お任せよっ!」
「「が、がんばりまーす」」
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