第41話 分岐点
「と、大げさに言ってみましたけど、実は理由は凄く単純なんです。それは……ふたりとも、ゲーム機を一台も持ってないんです。というか、生まれてから一度も、持ったことが無い」
そのしぃちゃんの言葉に、コメント欄がざわつく。
『え、生まれてから一度も?』
『DSもSwitchもないの?』
『でも、ゲーム機無くてもスマホとかタブレットでやってるでしょ?』
「そう思いますよね。二人は、そもそもゲームをやって来てないんです。もちろん、スマホやタブレットでもやってないです。というか、なつみさんはPCを持っているのでsteamとかを使おうと思えで使えるのですが、そもそもゲームに触れてこなかったからやろうという発想が無いんです」
……そう、僕達は二人とも、ゲームに関する知識が圧倒的に皆無なのだ。
僕はまあ……言わずもがな貧乏ゆえにゲーム機はもちろん買ってもらえず、連絡用にどうしても必要だった携帯も、本当に必要最低限の性能の格安スマホだったので、みんなが遊んでいるような話題のゲームがまともに動かなかった。
基本無料とかいうけど、無料に辿り着けない人間も居るんですよ!!
まあそもそも陸上に必死だったからそんなに遊ぶ時間もなかったうえに、空いた時間は図書館で本を借りて読むのに夢中になったので、ゲームをやらずにここまで来てしまったのです。
なつみちゃんの場合は……家が厳しいからね……。
ゲームどころか子供の頃は漫画も禁止されていたらしいけど、スマホやタブレットは持っていたので、こっそり漫画は読んでいたとか。ゲームと違って漫画は音が鳴らないからバレなかった、と以前言っていた。
……お金持ちの家も大変なんだね……。
いやまあ貧乏人としては、お金が無い方が大変だぞ、と胸を張って言うけどもね!
「別にいーでしょー。ゲーム配信やってない配信者さんだっていっぱい居るし、アタシのチャンネルのファン層にそんなに求められてるとも思ってないしさー」
ちょっと不満顔ななつみちゃん。
チャンネルを始めていろいろ話をするようになってから、ゲーム配信の話は出なかったわけじゃない。みんなやってて大人気なのは僕ですら知ってたからね。
けど、その話題が出た時に感じたのは、今までゲームの知識が無さすぎるがゆえに周りとの会話についていけなかったり、おそらく そのことでからかわれたりした経験があるんだろうな、という事だ。
なつみちゃんなら、頑張って勉強すればゲームの知識もすぐ身につくだろうけど……きっと、意地になってるのだ。ゲームやんなくたって人気のある企画を作って見せる、みたいな。
「言いたいことはわかります。……確かに、なつみさん個人のチャンネルの場合はそれでいいでしょう……けど、カップルチャンネルとしてはどうですかね?」
「どういうことよ」
ここでもう一度カメラを向き、視聴者の皆に訴えるしぃちゃん。
「どうでしょうみなさん。「ななつぎチャンネル」として、カップルチャンネルとしては見たくないですか……? 二人が一緒にゲームをしているところを。
ゲームに慣れてない二人が一緒に遊びながら、笑ったり困ったり助け合ったりして、クリアして二人で喜んだりする、そういう――――イチャイチャゲーム実況を!!!!!」
イチャイチャゲーム実況!!!
そうか、カップルでやればただのゲーム実況じゃなくて、そういうことになるのか……!
それは……正直僕だったら見たいな!!
『それはめっちゃ見たい』
『えー楽しそう』
『二人で協力するなら、むしろゲーム下手なとこが面白さに繋がりそう』
『イチャイチャゲーム……そういうのもあるのか』
『想像しただけでキュン死するんだが?』
コメントもかなり好意的だ。
わかる、わかるよ。
なつみちゃんが苦手なゲームに四苦八苦して、ちょっとキレたりするかもと考えるとむしろそれ絶対可愛い……!!
完璧女子であるなつみちゃんが苦手なことに挑戦して崩れるの、凄く良い!!
しかも、苦手とは言っても痛かったり嫌な思いをするわけじゃない。
結果としては、ゲームは絶対に楽しいのだ。
楽しく、かつ今まで見られないなつみちゃんの姿を出せる……理想的では!?
そんな風に考えつつもなつみちゃんの表情を窺うと……あれ!?
なぎ遮断必要ギリギリみたいな表情してるよ!?
「苦手なゲームであわあわして泣いてる なぎさ君……良い……!」
なんか言ってる!!
なんで僕ゲームが上手くいかないくらいで泣いちゃうことになってるの!?
泣かないよ!?……泣かないよね……?
……もしかしたら泣くのかな……経験が無さすぎて泣かないとも言い切れないな!?
「いや、やっぱり泣かないよ!?どんな想像してるのなぎさちゃん!?」
思わずツッコミを入れると、はっと我に返るなぎさちゃん。
「ご、ごめんごめん。つい妄想がはかどっちゃって……」
「もー、やめてよー。聞いてくださいよ皆さん、なつみちゃん今小声で、ゲームが上手く出来なくて泣いてるなぎさ君良いかも、とか言ってたんだよー」
『ウケるwww』
『なくはない』
『えっ、泣かないんですか?』
『むしろ泣いて欲しいまである』
『泣かない絵が見えない』
「ちょっとちょっと、なんでみんなの中でも僕泣くことになってるの!?そんな泣き虫キャラじゃないよね!?えっ、ないよね?配信とか動画で泣いたことないよね?」
『無いけど、容易に想像できる』
『あるといっても過言ではない、ないけど』
『なぎさ君は泣き顔が似合いそう感が凄い』
『泣いてたじゃんあの時(存在しない記憶)』
……「なぎさ君」は全然そういうキャラづくりじゃなかったんだけど……世間のイメージって難しいですね!!
どういうところでそう思われたのか、今度アンケート取ってみたい気持ち。
それはともかく。
「確かにゲーム配信面白そうだけど……今からゲーム機とか機材とか揃えるの大変じゃない?」
「そうでもないですよ、PCゲームならすぐにでも無料ソフトとか使えば出来ますし、家庭用ゲーム機ならまあ、キャプボとか必要ですけど、とりあえずやってみるくらいならそこまで高額じゃないです。まあ、しっかり収益出せたらちゃんとした機材に変えた方が良いとは思いますけど」
そういうものなのか……しぃちゃんは凄いなぁ。
……っていうか、これも勉強したのか……凄いなぁ……。
「ちなみに、ゲーム機はわたくしの家に全部揃ってるのでプレイするソフトに合わせて本体ごと持ってきます」
「……全部……?」
「そうですね、大体は……あ、すいません……全部とは言ってもFC以降のメジャーなモノに限ります。AtariとかセガマークⅢとかネオジオCDとかPC-FXとか言われてもさすがに難しいですけど……FCからSwitchまで、PS1~5まで、メガドライブからドリキャスまで、あとは携帯ゲーム機も一通り」
「……ごめん、呪文かなにか唱えてた?」
さっぱり理解できなかった……!
「まあ簡単に言うと、ゲーム機とソフトは私が用意しますから、お二人は何も用意せずに来てくれるだけで良い、ってことです」
そこでもう一度カメラの方を向くしぃちゃん。
「みなさん、わたくしは本日失敗してしまいましたが……出来ることなら、このチャンネルをさらに発展させるためのお手伝いをさせて欲しいと考えています。もし皆さんにお許し頂けるなら……生配信1回と、動画1本だけで良いので、一度チャンスを頂けませんでしょうか?」
深く丁寧に頭を下げるしぃちゃんに対して、コメント欄は賛否両論だ。
今までにない企画が見られそうだと楽しみにしてくれてる人、なつみちゃんの負担が減るなら良いかもと許容してくれる人、二人だけの世界観が崩れるのが嫌だと言う人、なんとなく気に入らないという人、スタッフさん可愛いからもっと見たいというちょっと邪(よこしま)な人。
「……ははっ」
「なによなぎさ君、急に笑ったりして」
「え?ああ、ごめんなさい。声出ちゃってたね。いやさ……コメント欄見てるといろんな意見があるんだけどさ、なんか……嬉しくって」
「何が?」
「……今、ここでコメントしてくれてる人たちがみんな、僕らのことを……この「ななつぎチャンネル」の事を考えていってくれてるんだな、っていうことが……僕は本当に、凄く嬉しいんだ。みんな、ありがとうね」
僕らのチャンネルに新しいスタッフが入ろうとなんだろうと、別に関係ないと思う事だって当たり前なんだ。
それでも、こうしてみんながまるで自分のことのようにこのチャンネルを事を考えてくれている。
それは見方によっては傲慢のようにも思えるだろうし、余計なお世話と捉えられることもあるかもしれない。
でも僕は、それを優しさだと信じたい。
ネットの悪意は確かに存在するし、それを無いものと考えるほどに僕も世の中を知らないわけじゃない。
傷つくこともあるし、悲しむこともある。
でも―――――ちゃんとあるんだよな、優しさも。
悪意ばかりに目を向けて、優しさを信じられないようにはなりたくない。
だから僕は、いまみんなの言葉が、とても嬉しい。
「――――そうね……わかるわ。……今なら、わかるかもね」
なつみちゃんはそう言って、少し笑った。
元々、ストーカーのような被害に合っていたことが僕を「彼氏」にするきっかけだったなつみちゃんが、二人で一緒にやっていくうちにそう考えられるようになってくれたのだとしたら嬉しいし、僕のやってきたことに意味があると思える。
「……よし、わかった!!決めたわ皆!!」
そう言って立ち上がったなつみちゃん。
今日は立っても首から上が切れてない。しぃちゃん良い仕事。
「こうなったらもう……みんなの判断に任せる!!だから――――投票よ!!投票をするわ!!」
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