第39話 ありまぁす!

「ちょっと待って!」

 僕のその言葉に、なつみちゃんもしぃちゃんも驚いてこちらを向く。

「ど、どうしたのなぎさ君?」

 とっさに口から出てしまったものの、言ったからにはどうにかするしかない!

 考えろ考えろ!

 よし考えた!行くしかない!見切り発車で乗り切れ!!

「いや、みんなちょっと話を聞いて欲しいんだけど……実は、このスタッフさんに来てくれるように頼んだのは僕なんだよね」

「えっ!?」

 なつみちゃんが驚いて声を上げるが、それは良い。想定内だ。

 しぃちゃんも驚いた顔をしているけれど、顔が僕の方を向いているのでカメラには映っていない。

 目で合図する。そういうことにして、と。

『なんで?』

『どういうつもりで連れてきたの?』

 と困惑するコメント欄に……いや、大切な視聴者の皆に語り掛ける。

 大丈夫、落ち着け。

 こんな雑談配信に来てくれる人たちは本来味方のはずだ。

 中にはやじうまみたいな人もいるだろうけど、そんなのはどうでもいい。

 ちゃんと、応援してくれる人に届く言葉を言うんだ……!

「えーと、まず大前提として……みんなも知ってると思うんだけど……なつみちゃんって、すっごい忙しいんだよね」

「それは……」

 僕は両手でなつみちゃんの言葉を制して、「いいから聞いて?」と優しく告げる。

「ごめんね、なつみちゃんがそういうのアピールしたくないタイプなのはわかってるんだけど……やっぱりそばで見てて、助けてあげたいって思っちゃうんだ」

 なつみちゃんにも、視聴者の皆にも嫌な印象を与えないように、笑顔で優しく想いを伝える。

「考えてもみてよ、ちゃんと学校にも通って、モデルの仕事もあるし、動画だって企画から撮影から編集から全部自分でやって、日々のSNSの更新だってそうだよ。結構マメに返信したりいいねつけたりしてるじゃん? 本人は愚痴を言ったりとかしないけど、でも絶対大変だと思うんだよね」


『それはまあ、そうだね』

『まあわかるけど』

『確かに、心配になることある』

『(´・ω・`)知らんがな』


 知らんがなの奴を殴りたい気持ちはグッとこらえる。

「で、僕が手伝えたらいいんだけど……残念ながら僕はその、パソコンというやつが本当にダメで……というか、情けないんだけど機械全般が苦手で……勉強もしてるんだけど、とてもじゃないけど手伝えるレベルにもなってないのです」

 実際問題、家にパソコンが無いのが致命的だ。

 なにせ買うお金が無いのだから。

「だから、そんななつみちゃんの負担を少しでも減らしたいと思って、知人から紹介してもらったのが、このスタッフさんなんだ。……確かに今日はちょっと失敗しちゃったかもしれないけど―――」

 本当は失敗じゃなくて僕を助けてくれたのだけど、それを言えない限り失敗として話を進めるしかない。ごめん、心が痛いけどごめん。

「でも、一回失敗したからってすぐにクビにするとかって違と僕は思うんだよ。皆だって、バイトでも学校の委員とか何でもいいけど、最初の慣れないうちに一回失敗したらすぐにクビになったらそりゃないよ、って思うじゃん?」


『それはまあそうだけど』

『でもプロだしバイトとは違くない?』

『失敗しない人探してきた方が良いよ』


「うんうん、わかるよ。他の人にしたらいいって思う気持ちもわかる。でもさ、僕もそうだし、なつみちゃんだってそう、誰でも失敗はするんだよ。失敗したら別の人……なんてやってたら相手との信頼関係なんて築けないじゃない? 失敗も受け入れて一緒にやっていく……それは友人でも恋人でも仕事でも、部活とかでも……一緒なんだと、思う」

 ああそうか、だから僕は嫌なんだ。

 ……失敗を、挫折を、仕方ないからと受け入れて世界から排除するのが。

 それも含めて受け入れられる世界が、僕は欲しかったんだ。


 こうなるともうなんか……意地だな!!

 僕自身の為にも、なによりなつみちゃんの負担を減らすためにも、そして僕を助けてくれてたしぃちゃんをただの悪役として終わらせないために……なんとかする!


「だからみんな、彼女に……っていうか、僕にチャンスを貰えないかな。スタッフさんを連れてきたことが、このチャンネルにとって良かった、って……そういう未来を僕が見たいんだ」


『言いたいことはわかるけどなぁ……』

『私は良いと思う』

『えー、でもなんかやだなー』

『なっつみんの負担が減るならありなのかなぁ』


 コメント欄は賛否両論だ。

 結局は、わかりやすいメリットを提示できないのが問題なのかもしれない。

 心理的な「変わる事への不安」を取り除くには、それを上回るメリット……ワクワクや楽しみを感じてもらわないといけない。

「……そうだなぁ……なつみちゃんに一つ相談なんだけど、例えば……月に一回の生配信を二回にすることって出来るかな?」

「えっ、なんで?」

「その一回は、全部スタッフさんが主導でやる回にするんだ。今まで通りの僕らの生配信は続けるとして、それプラス、どこか空いたタイミングで一回完全にお任せの生配信。面白そうじゃない?」

 月一回の生配信が2回になるなら、それはきっと喜んでもらえるはず……!


『増えるのはうれしいけど、それって結局なっつみんの負担が増えるから意味なくない?』

 

 うっ、なんて核心を突いたコメント。

 それは……確かにそうかも……。

「いや、正直、企画とか考えなくて済むなら一時間くらい生配信するのはそこまで負担じゃないわよ。どっちにしても週に3日くらいはアタシたち集まってるからね。ただ、企画を考えるのが大変なのよ、毎回雑談ってわけにもいかないし」

 なつみちゃんが僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、助け舟を出してくれる。

 優しい……僕の彼女本当に優しい子!!

『毎回雑談でもいいけどなー』

 というコメントがいくつも見えると、なつみちゃんはそれも拾う。

「いや、わかるっていうか、そう思ってくれてるのは嬉しいし、アタシも見る側の立場だったら雑談でも頻繁にやって欲しいって思うんだけど……雑談で良いじゃん、になっちゃうと自分の中で向上心っていうか……新しい企画を考えようっていう意欲みたいなのが薄れちゃいそうで嫌なのよね。だから、月に一回だけなのはアタシのわがままなの、ちゃんと配信に向き合うっていう気持ちを保つために。ごめんね」

 本人はわがままだというけれど、その配信に、見てくれる人たちに向けた真摯な姿勢は伝わっているようで、好意的なコメントが目立つ。

 まあ、想いを汲み取ってくれない人や、身勝手なコメントも当然あるけれど……ここ数か月で学んだのは、優先すべきはそっちじゃない、ってこと。

 嫌なことをいう人たちはどうしても目立つけど、絶対に応援してくれる人たちの方が多いのだから、僕らが大事にすべきなのはそういう声なんだ。

 だからこそ、この人たちをがっかりさせないように、しっかり言葉を尽くしたい。

「うん、なつみちゃんの言う事が凄く正しい。だからこそ、やりたいことは維持しつつ、でも負担は減らして、みんなには喜んでもらえる……そういう形を模索したいんだ」

「なぎさ君の言いたいことはわかるけど……そんな夢みたいな状況あるかなぁ……新しいこと始めるにしても、まずは企画を考えないと――――」


「あります!!!」


 なつみちゃんの言葉を遮って叫んだのは――――しぃちゃん?



「わたくし、企画、ありまぁす!!!」



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