第38話 機転。
「きゃああああああーーー!!!」
自分の口からその悲鳴が出るのと同時に、それに被せる様にもう一つ悲鳴が上がり、同時に目の前のカメラを立てていた三脚が横に倒れた。
そこには、明らかに意図的に手を上げてカメラを倒したしぃちゃんの姿。
私と同じように虫が苦手ななつみさんも動揺してる中、しぃちゃんは素早く数枚のティッシュを重ねて手に取り、素早い動きでGを包み込み一瞬で窓の外へとGだけを投げ捨てた!!
そして流れるような動きで手に残ったティッシュを丸めてごみ箱に捨て、キッチンへ行ってしっかり手を洗ってから私に近づいてきて、肩をつかんだ。
虫を触った手、という嫌悪感を抱かせないためにちゃんと手を洗うのさすがに有能過ぎるよしぃちゃん……!
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとう」
「ちょっとアンタ……さすがに反応良すぎじゃない?」
3人で、倒れたカメラの画角から外れて小声で話す。
「いや、あの状況ならなぎさ先輩は絶対に悲鳴上げるって思ったので、とっさに椎瑠も悲鳴を上げてカメラを倒したんですけど……マズかったですかね……?」
確かにあのままだったら、生配信の状況で私が悲鳴を上げる様子が流れてしまっていただろう。それは女だとバレる可能性があったので、カメラを倒すことで誰が悲鳴を上げたのかわからない状況にしたのはナイスプレイだったと思う。
「……まあ、あの状況ではとっさの判断としてはこれ以上なかったとは思うけど……でも、さすがに違和感はあったわよね」
なつみさんがタブレットをこちらに向けると、困惑してる視聴者のコメントが流れてくる。
『なに?なにがあったの?』
『いまの誰の悲鳴?』
『なんでカメラ倒れたの?ポルターガイスト?』
『なんか虫が落ちてきたのは見えたけど……そのあとがわからん』
このままじゃヤバい、どうにかして状況を説明しないと……でもどうする?
どう考えても、カメラが倒れたことと、なつみさんの声ではない悲鳴が上がったことは確かなわけで、それはこの場に3人目が居ないと説明できない。
でもそれは……
「大丈夫です。任せてください」
しぃちゃんはそれだけ言うと、倒れたカメラの元へと近づいていく。
「ちょっと……!」
なつみさんが止めようとしたけれど、それを目線で制して「カメラを戻しますよ」と伝えてくるしぃちゃん。
マズい、ちょっと待って、ちゃんと「なぎさ君」のスイッチ入れないと……良し!
このままカメラが倒れた状況が続くのはあまりにも視聴者の皆さんに変な疑念を抱かれやすい。
配信をちゃんと再開するにも早い方が良いのは間違いない。
……けど、しぃちゃんどうするつもり?
カメラが元に戻ると、私たちはソファに座っている。
この段階でもう「カメラを元に戻した人間」が居ることは疑いようもない。
コメントもそれに言及している人が多い。
心配してくれる人と、疑念を抱く人、半々だ。
「えーっと、ごめんね皆混乱しちゃって。させちゃって、かな?いやでもアタシたちも混乱したのよー」
「そうなんだよ。見えてた?急に上から虫が落ちてきてさー」
なんとか平穏な状況に戻そうとするけど、まだコメント欄はざわざわしている。
その時―――
カメラの前に、にゅっと出てくる手……しぃちゃんが、画面に手を入れてきたのだ。
当然混乱するコメント欄。
そして――――しぃちゃんがゆっくりと、カメラの前に姿を表す。
髪を後ろに結び、マスクを着けて出てきたその姿は、スーツのような今日の格好と相まってかなり年上に見えた。
「えーーーと、皆さますいません。わたくしからちゃんと今の状況を説明させてくださいー」
当然、「誰!?」で埋め尽くされるコメント。
カメラに向かって丁寧にお辞儀をしてからしぃちゃんは話を始める。
「急に出てきて驚かせてしまいましたよね。わたくし、今回臨時で配信のお手伝いをさせていただいてるスタッフです」
『スタッフ?』
『二人きりじゃなかったの?』
いつも二人で配信をしているということを視聴者の皆さんは知っているので、当然疑問は出る。
「そうですよね、二人じゃなかったの?と思いますよね。安心してください。いつもは二人で配信されてます。わたくしは、今日初めてお試しで参加させて頂いているんです。普段の動画とは違って、生配信だといろいろトラブルが起こる可能性もありますし、カメラを動かしたりもできないじゃないですか。みなさんも見覚えあると思うんですよね、興奮して立ち上がった なつみさんの首から上が切れてる瞬間とか」
マスクとメガネで顔は隠れつつも、話し方が穏やかで笑顔であることが伝わってくる。こんなしぃちゃん初めて見るな。
『確かにあるw』
『いつも切れてるよねww』
「ええっ!?そんなに切れてる!?そんなことないでしょ?」
なつみさんが話に乗っかると、
『いやめっちゃ切れてるからw』
『まあそれはそれで楽しいけど、顔見たいなーって気持ちも確かにある』
「えー、ごめーん。さすがにライブ配信は長くて全部見返したり出来ないから、みんながそこまで気にしてるとは思って無かったぁ」
ここでしぃちゃんが割って入る。
「そこで、わたくしの方から、生配信の時限定でカメラマン……カメラウーマンですかね?うふふ、それをさせてくれませんか?とお願いさせてもらったんです。なつみさんは、二人きりの空気感が壊れるのが嫌だ、と仰っていたんですけど、一度お試しでやらせてください、って頼み込んだんです。わたくしも皆さんと同じでこのチャンネルの大ファンだったので、より良くなるお手伝いが出来ればなー、って思って」
『そうなんだ』
『なら生配信の時だけならいいのかな?』
『えー、でもやっぱり二人きりの空間じゃないって思うとちょっとヤだなー…」
『二人の世界を楽しみたいから、スタッフさんは邪魔かも』
コメント欄はちょっと賛否両論の状態だ。
ここからどうするんだろしぃちゃん。
「みなさんの言うことも良く分かります……実はさっき、わたくし大きなミスをしてしまいまして……みなさん見えてましたかね?さっき、上からあの……Gが落ちてきたんですよ」
『やっぱりそうだったのね』
『俺は気づいてた』
『おそろしく速いG オレでなきゃ見逃しちゃうね』
「それで、わたくしびっくりして悲鳴上げながら立ち上がっちゃって、その時にカメラを倒しちゃったんです……すいません」
なるほど、そういうことにするのね?
『それで急に倒れたのか』
『確かに悲鳴も聞こえてた』
『それスタッフとしてダメじゃね?』
『二人がびっくりした様子見たかったなー』
コメントの流れが、しぃちゃんを非難する方向に行きつつある。
あれが私を助ける為の行動だったのは、私たちは知っているけど、画面の向こうにはそれは伝わらないし、伝わってはならない。
それを伝えるためには、私が女であるという事を知らせるのと同じことだ。
でも、これじゃあしぃちゃんがただただ悪者に……あっ、そういうことなのね……?
「はい、皆さんの言う通りです……。わたくしの不手際で配信を台無しにしてしまいました……良かれと思って協力を申し出たのですが……やっぱりこの配信は、二人きりの方が良いですよね。ですから、わたくしはもう今回限りでこの配信にかかわらないと誓います」
……やっぱりそうなのねしぃちゃん……自分が悪者になることでこの場を収めようとしてるのね……。
確かにそれは解決策として悪くないと思う。
仮にこの流れで「新人スタッフさん」が叩かれたとしても、それは友人のしぃちゃんとは違う存在しない人間。
架空の存在を作り上げることで、実在する人間の誰も傷つかない……そういう意味では良く出来た解決法なんだと思う。
でも――――――なんか気に入らない!!
「ちょっと待って!!」
私は――――僕はそう声を上げた。
このままいけば無事に解決しそうなこの流れを、ぶち壊すために――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます