第37話 突然の大ピンチ
「あれ?連絡先交換してるの?」
ばっちり着替えて化粧もして、心も「なぎさ君」に整えて風呂場を出ると、なつみちゃんとしぃちゃんが横並びに座ってお互いのスマホを何やら見せ合っていた。
「え、ええまあそうね。一応知り合いにはなったからね、連絡先の交換くらいはね」
「そうです。そうですね」
二人は少し慌ててスマホの画面を隠しつつどこかよそよそしい態度。
……なんか怪しいな……けど、二人が仲良くしてくれるのは嬉しい。
嬉しいので、
「うんうん、二人とも、これからもよろしくね!」
後ろから二人の間に飛び込んで、首に手をまわして、ぎゅっと抱き寄せる。
右手になつみさん左手にしぃちゃん。両手に花だ。
「きぴっ!」
「ちょっ……やめ…ください」
なによもう二人とも照れちゃってー。いいじゃんいいじゃん。仲良くなるのは恥ずかしいことじゃないぞ!
その瞬間、なつみさんのスマホからアラームが鳴り響いた。
「ヤバっ!生配信10分前だよ!準備しないと!」
慌てて立ち上がり、既にバッチリ決まってた髪形と化粧を改めて鏡で確認するなつみさん。
それを見て、僕もしっかりスイッチを切り替える。
「―――そうだね、みんな待っててくれてるだろうから。配信はしっかりと、真摯にやろう」
なんだかバタバタしてしまったけれど、そんなことは見てくれる人たちには関係ない。
見てよかった、楽しかったと言って貰える配信をやるぞ!!
その瞬間、先ほどまでとは違い少し戸惑っているしぃちゃんの姿が目に入る。
度胸満点のしぃちゃんでも、初めて生配信に立ち会うのはさすがに緊張するのかもしれない。
僕は座っているしぃちゃんと視線を合わせる為に自分も膝ついて顔を近づける。
「ごめんね、また後でちゃんと話をするから、生配信が終わるまで待ってて」
「――――は、はい…」
おや、今までにない反応。
ちょっと頬を赤くして、ぽーっとしてる。
そうか……ちゃんとした「なぎさ君」で接するのは初めてだからなんか……緊張させちゃったかな。
文化祭の男装の時は、あくまで見た目だけでキャラとしては完成されてなかったから、また受ける印象が違うのかもしれない。
「生配信、見てて。きっと……しぃちゃんも楽しませてあげる」
安心させようと、そっと頭を撫でてあげる。
「―――――!?……ひゃ、ひゃい……」
ひゃいとは……?
顔を真っ赤にして固まってしまったしぃちゃん。
……余計に緊張させてしまったのかな……なぎさ君としてなつみちゃん以外と触れ合うことはあまりないから、まだ距離感が難しいな。
「ちょっとなぎさ君、本当にもう始まるよ!!」
「はいはい!行きます!!じゃ、見ててね」
時間が迫ってるので、とりあえずしぃちゃんに声をかけて定位置のソファに座る。
僕が画面の左側、右側になつみちゃん、横並びでカメラに向かう。
左右はいつの間にか何となく決まった。最初の頃は逆だったりもしたけど、なんかこの形に落ち着いた。
特に意味があるわけじゃないけど、固定した方が視聴者さんも見やすいらしい。
考えてみれば漫才師さんとかも大体左右の立ち位置決まってるよね……位置を固定することが見やすさにつながるなら、変える理由もないよね。
とか言ってる間に、生配信が始まる。
「じゃ行くよー、3、2、1……スタート!」
なつみちゃんがスマホに近づいて、配信開始をタップして、カメラをのぞき込んでドアップから始まる、というのもいつも流れ。
今日はしぃちゃんが居るからやってもらおうと思えばできるのだけど、これはこれで不思議とファンが多い。
毎回「ガチ恋距離」…?のドアップから始まるのが好きなのだそうな。
まあ確かに可愛い。僕の彼女は、圧倒的に可愛いのです。
「あっ、はじまったはじまった。やっほーみんな、お待たせ―」
ドアップのなつみちゃんの後ろで僕も手を振る。
ドアップになりつつも画面をすべて覆わずに絶対に後ろに僕が移るスペースを残しておいてくれるのは、なつみちゃんのプロの技だ。
「おっ、たくさん来てくれてるー。ありがとー」
言いながら、カメラ目線を外さないままソファに戻ってくるなつみちゃん。
そして横に座るとアイコンタクト。
「なっつみん☆と!」
「なぎさの!」
「「ななつぎチャンネルー!」」
もう生放送でもなれたものです。
「さてさて、今日は雑談配信ってことだけど、なぎさくん何か話したいことある?」
「ええー?急に振るのやめてよ。っていうか、まあ皆さんに言うのもあれですけど、ちょっと直前までバタバタしてたでしょ?」
「あははー、してたねぇ」
「だから話すこと考える時間あんま無かったんだけど……まあ、アレだよね……最近暖かくなって来たよね」
「急に天気の話するじゃん。よっぽど話すことないじゃん」
「でも天気の話って基本じゃない?なつみちゃんは、好きな季節ある?」
「雑談が過ぎるわよ?でもまあ、たまには良いかしらね。アタシはねー、どっちかって言うと冬の方が好きかなー。夏はほら、虫が出るじゃない?」
「あー、僕も虫苦手。別に家の外にいる分には好きにしてくれと思うんだけどね……なんであいつら家の中に入って来るんだろうね……許せねぇよ……」
虫は本当に苦手で、普段なら驚いても女の子らしい悲鳴を上げたりしない僕ではあるけど、虫だけは悲鳴が出てしまう程だ。
「おおぅ、虫に対する怒りが凄いねなぎさ君。まあでもわかる。わかるよ。許せねぇよな……!」
そんな感じで本当に何気ない雑談を繰り広げる。
月一の生配信も、時にはゲーム実況したり何か企画をやることもあるのだけど、雑談配信は本当に緩くファンの皆さんとコメントを通じてお話するだけ。
がっつり収益や再生回数を狙いに行かないこういう緩さや、リアルタイムで直接コミュニケーション出来る機会も大事なんだよ……と、なつみちゃんが語っていたのできっとそうなのだろう。
「それはそうとなつみちゃん、さっきから気になってるんだけど……それなに?」
ソファの前にはローテーブルが置いてあるのだけど、そこに何か巻き物のような紙が置いてある。
「ああこれ? これはちょっとアドバイス貰ってね、この後ろの壁にテロップ代わりに文字書いて貼っとけば今何してるとか、いつの配信だとかが一目でわかっていいんじゃないか、って」
「へぇー、なるほどいいかもね」
ちらりとしぃちゃんの方を向くと、グッ!と親指を立てられたので、アドバイスをしたのは彼女なのだろう。
あんなに険悪そうだったのに、良いアイディアだと思ったら取り入れる、いい意味でのこだわりの無さというか、柔軟さがなつみちゃんの良いところだ。
「でも、何も書いてないよ?」
紙を手に取るけれど、広げても白紙。
「アタシは字が下手なので、そこはなぎさ君にお任せします。確か書道やってたのよね?」
「ええー?やってたけど……子供の頃の話だよ?」
って、書道やってた話なつみちゃんにしたっけかな……さてはこれもしぃちゃんだな?と目線を向けると、再びグッと親指を立てられました。
いい仕事しました!じゃないのよ。むしろ恥ずかしいのよ。
まあでも、久々に文字書いてみるのも良いかな。
上手くいってもいかなくても、どっちにしても配信のネタにはなるし。
「まあまあ、とにかくなんか書いてよ」
渡された筆ペンを受け取ると、机の上に紙を広げられたので、書く態勢に入る。
んーと……まあ、とにかく何か書いてみるか。
腰を上げ、紙に向かい合う為に前かがみになったその瞬間だった――――――
突然上から、ぽとりと何かが目の前に落ちてきて、紙の上に乗った。
それは、黒くて、テカテカしてて、足がたくさん生えてて、触覚が――――――Gだ……!
さっき虫の話をしたばかりでこれ……!
気づいたときには、もう体が拒否反応を示していた。
やばいやばい、止められない……悲鳴が、生配信中に女の子の悲鳴が出てしまう……!!
「きゃああああああああーーーーーー!!!!!」
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