第34話 話し合い。
「あなたの実力はわかったわ。料金的にも負担が少ないし、確かにあなたに気を遣う必要もない。条件的には申し分ないわね」
どうやらなつみさんもしぃちゃんの実力は認めてくれたみたい。
これは採用が決定なのかな?と思ったその時、
「けど、すぐに採用ってわけにはいかないわ」
そんな言葉が飛び出した。
「どうしてですか?」
そう尋ねつつも、予想していたような雰囲気のしぃちゃん。
「まあ簡単に言うと……目的が分からない、ってことね」
「目的、ですか?」
「そりゃそうでしょ。なぎさちゃんの後輩らしいけど、急にきて働かせてほしいなんて、いったい何が狙いなのかわかったもんじゃないわ。しかも、アタシたちの秘密を知ったうえで来てるんでしょ?怪しんで当然じゃない」
そうか……私からしたらしぃちゃんは信頼できる後輩だけど、面識のないなつみさんからしたら、警戒するのも当然だ。
なにより、確かに私も理由は知りたい。
「なるほど、志望動機というやつですね。面接っぽいですね」
なんか楽しそうねしぃちゃん?
「動機は凄くシンプルですよ」
言いながら、しぃちゃんは私に視線を向ける。
「先輩と一緒に居たいからです♪」
「不採用」
すぐさま不採用を告げるなつみさんなのでした。
「そんな動機の子、雇える訳無いでしょ」
「どうしてですか?映像関係に興味があるとか、なつみ先輩の大ファンだからとか、それっぽい理由ならいくらでも作れるけど正直に言ったんですよ」
「覚えておきなさい、正直が良いことだとは限らないのが大人の世界の醜さなのよ!」
良いこと言ってるような酷いこと言ってるような!
「はぁ~……これだから子供のころから仕事してる人間は……大人の世界の理屈を持ち出して、人の心を抑えつけようとするのはやめてください。あなただって本当は、そういうの嫌いなタイプでしょう?」
「うっ……それは、そうだけど……」
「自分がされて理不尽だと感じたような「大人の理屈」を、自分の都合のいいように振りかざすのなんて、つまらない大人になり始めた第一歩だと思いませんか?」
「う、ううっ……」
しぃちゃんは口が上手い。
本をたくさん読んでるからなのか語彙力が高く、人を言いくるめるのが得意で、学校でも先生を言い負かしている場面をたまに見かけるくらいだ。
「……わかったわ。今のはアタシが悪かったわよ。けど、だからって雇うってわけにはいかないわ」
「どうしてです?」
「あなたが秘密をバラさないとも限らないでしょ。編集は確かに助かるだろうけど、その危険を冒すほどのメリットとは思えないわ」
「だったら契約書作ってください。秘密をバラしたら罰金として1億円払う、とかでいいですから」
「いちおく……そんなお金あるの!?」
「無いですよ。だから絶対に話さないです。これに関してはまあ、信じてくださいとしか言えないですけど、そこの信用はなぎさ先輩に保証してもらいましょう」
「えっ私!?」
急になんか振られた!
「椎瑠のことが信用できない、と小谷センパイが言うのなら、それはつまり「椎瑠の事を連れてきたなぎさ先輩」の事も信じられないという事です。信用できないような人間をこの場に連れてきたと、思いますか?」
「ああなるほど、そういう事ね。それはホントに私が保証するわ。しぃちゃんは絶対に、私たちの秘密をばらすような子じゃない。それだけは絶対よ」
そこはもう、出会ってからの一年間で積み上げてきた信頼があるからね!
私はしぃちゃんと見つめあい、ひとつ頷いた。信頼の確認だ。
「……なんか、ずいぶん仲が良いのね……」
なつみさんがジト目で口をとがらせてちょっと拗ねたように言ってくる。
……どういう感情だろ……?
「そうね、仲は良いの。だって、なつみさんに出会うまではたった一人の友達だったから。……あ、そうだ、なつみさんが見て私をスカウトしてくれた演劇部に助っ人で出た時の男装、あれもしぃちゃんにやらされたのよ」
「えっ、そうなの!?」
「そうそう、ね、しぃちゃん」
あれ?今度はしぃちゃんが仏頂面だ。
「……やはりアレがきっかけでしたか……いや、確かに椎瑠がやらせましたし、あの時撮った写真は一生の宝物ですけど……その結果として小谷センパイのような人に見つかってしまうとは……迂闊でした……!」
天を仰ぐしぃちゃんと、何か悔しそうに俯くなつみさん。
……どこまでも対照的な二人ね……。
「けどそういう意味では、小谷センパイは椎瑠に借りがありますよね?」
突然顔を正面に向けて攻勢に出るしぃちゃん。
「借りって……」
「だって、椎瑠がなぎさ先輩をあの場に出さなかったら出会えなかったわけで、このカップルチャンネルも誕生しなかった。つまり椎瑠は、ななつぎチャンネル産みの親!ななつぎチャンネルの母!……ですよね? こ た に せ ん ぱ い ?」
「ぐ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぬ……」
しぃちゃんのかなり強引な理屈ではあるけど、言い返す言葉の出ないなつみさん。
確かにアレがすべてのきっかけであったことは確かなんだけど……母なの?
後輩で友人のしぃちゃんが……母なの?
「……その件に関しては感謝するわ。あなたのおかげで、アタシは最高の彼氏を手に入れられたわけだしね」
不意に褒められてしまいました。
いやいや最高の彼氏だなんてそんな……照れちゃうなぁ。
まだまだ精進しないとだよー。
「手に入れたとかいうのやめてくれます?なぎさ先輩は別にあなたの物じゃないんで。ビジネスパートナーですよね?」
「いやいや、最初はそうだったかもしれないけど、今となってはもう……ねぇ?本物のカップルに負けず劣らずというか、お互いに愛を持って接してるというか……?」
なつみさんがチラチラこっちを見てくる。
同意して欲しそうなのはなんとなく察したけど……はたして今の私たちの関係は本物のカップルに負けず劣らず愛を持って接しているのだろうか……?
そう考えるとさすがに迷ってしまう……。
「違うみたいですよ。残念ですね小谷センパイ」
「……なぎさちゃーん……」
ニヤニヤしぃちゃんと、泣き顔なつみさん。
「ご、ごめんね。確かに仲良くなったとは思うし、なつみさんの存在が私の中でなんていうか……特別?みたいに感じてるのも確かだと思うんだけど……本当の恋人って言われると……わかんないなぁ……そもそも女同士だし……私は男女の恋愛も良く分からないし……女同士となるともっとわからないし……難しいよね。 しぃちゃんもよく私の事好きって言ってくれるけど……それは友達としてってことよね?」
私の正直な気持ちに、二人ともが何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
「……小谷センパイ、苦労しますね……」
「……アンタもね……」
なんだかわからないけど二人が突然握手をした。
……え?なんで???
急に仲良くなったの……!?
その後もしばらく、雇う雇わないで押し問答のような時間が続いたけれど、ふと時計を見るともう月一恒例の生配信が始まる直前だった。
「あっ、大変だよなつみさん!もう配信の準備しないと!私も着替えるから!ごめんねしぃちゃん、ちょっと待っててね!」
「はーい、いってらっしゃいませー」
「いやアンタもう帰りなさいよ!」
……二人きりにさせるのはちょっと心配だけど、男装にはそれなりに時間がかかるので私は浴室の脱衣所に着替えを持って入る。
着替えていると、外から何か話し声がする……き、気になる……!
けど、声を荒げて喧嘩してるって感じでも無いので、いったい何を話しているのか……あとでちゃんと聞いてみようっと。
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