第33話 要望

「で、アンタは何の用事があってここへ来たの?」

 なんだかんだで全員落ち着いて、ちゃんと距離を置いて、四角い机を三角に囲んで座り、お茶を飲みながら本題に入る。

 そう、しぃちゃんはとにかくなつみさんに会わせろというばかりで、なんで会いたいのかはどうにも教えてもらえなかった。

 まあ、変なことはしないだろうという信頼はもちろんあるのだけど、妙なことを企んでそうな気もしなくはない。

 ちょっと怖くもあったけど実は楽しみでもあった。

 しぃちゃんは何の目的もなく、当然先ほどのような喧嘩をするためだけに来るような子じゃない。

 ……たぶん、きっと、信じてる。


 ……さて、何が目的なのかな……?


「そうですね、単刀直入に言いますね」

 しぃちゃんは姿勢を正して、私となつみさんを交互に見つめて、言葉を伝えてきた。


「椎瑠を、二人の仲間に加えてください」



「……はぁ?仲間って何言ってんの?アタシたちはカップルチャンネルなのよ?そこによくわからん女の子が入ったらおかしなことになるでしょ」

 なつみさんが正論を突き付ける。

 それはそうだろう、カップルチャンネルの中に、「彼氏と仲良さげな後輩の女の子」なんて存在が入るのはあまりにも大きなノイズというか、視聴者の皆さんによからぬ想像による嫌悪感を抱かせてしまう。

 しぃちゃんもその事は当然分かっているはずだけど……。

「そんな事はもちろん分かってます。だから、出演者じゃなくて、裏方としてです」

「「裏方?」」

 私となつみさんの声が揃った。

「ええ、椎瑠は考えたんです。お二人の間にはい……お役に立つにはどうしたらいいか」

「ちょっと、今「二人の間に入る」とか言いかけなかった?」

 なつみさんのツッコミをスルーしてはなしを続けるしぃちゃん。

「色々と調べたんですけど、小谷センパイは自分で企画も立てて準備して撮影して編集してますよね?」

「それがなによ」


「大変ですよね?」


「……別に、平気よ」


 さすがにそれは嘘だと思う。

 学校にも毎日通って、モデルの仕事もして、動画の企画を考えて撮影の準備をして実際に撮影して、それを編集する。

 それに加えて毎日のSNSの更新、大変じゃないハズが無い。

 実際、この何か月か一緒に仕事をして、打ち合わせの途中にウトウトしてしまう様子は何度か見た。

 本人は決して口には出さないけど疲れはたまっているだろうと思う。

「そこで、椎瑠の出番ってわけです。実はちょうど一か月ちょっと前から、動画の編集の勉強を始めたんですよ」

 そうだったの?

 ……ん?ちょっと待って、一か月ちょっと前ってもしかして、私となつみさんを目撃したときから準備して――――

「偶然にも、同時にカメラの勉強も始めましたし、企画を考える勉強も始めました」

 それ、絶対偶然じゃないよね?

「そんな椎瑠がスタッフに入れば、かなり小谷センパイの労力を軽減できると思うんですよね。もちろん、色々撮影用の道具を手配したりとか、そういう雑務もこなしますし、なんならスケジュール管理もやります。端的に言うとマネージャー兼撮影スタッフですね。どうですか?悪い話じゃないでしょう?」

 ……確かに悪い話じゃないけど……

「お断りよ」

 なつみさんはきっぱりと拒絶した。

「今までも、外部の編集スタッフを入れようって話は確かにあったわよ。けど、編集はやっぱり自分でやりたいし、撮影の場に部外者が居るとどうしても気を使ってしまうからいつも通りの自由な空気にならないのよ」

 そこはなつみさんなりのプロのこだわりだ。

 特に編集を自分でやるのはぜったに譲れないらしい。

 けど、しぃちゃんも引かない。引くつもりが無い。

「もちろん仰ることはわかります。だから、椎瑠がやるのは粗編集までです」

「……ほう……」

 なつみさんは「そう来たか」みたいな顔をしているけど、私は詳しくないのでイマイチ分からない。

「……粗編集…ってなに?」

「簡単に言うと、いらない部分を全部カットして使える場面だけ繋げる作業ですね。そこから細かく間を詰めたり字幕入れたりいろいろ作業はあるんですけど、元々の素材が長い映像であればあるほど、とりあえず粗編集でいらない部分をカットするだけでも、負担は減ると思います」

 そういうのを粗編集って言うのね。へぇー。

「どうですか小谷センパイ?この形なら単純に作業量が減って、しかもセンパイが仕上げをすれば「らしさ」は消えないと思いますけど。もちろん、あとから「あのシーンが入ってない」みたいなことがあればすぐに対応します」

 なるほど、細かい部分はわからないけど悪い話じゃないと思う。

 そういうのも依頼すればやってくれる人はいるだろうけど、関係性としてにやり取りに気を使わなくて済むだけで心理的な負担は軽いだろうし。

「……いくら取るの?」

「そうですね、椎瑠もまだ素人ですから一本当たりいくらとかじゃなくて、とりあえず月5000円からで良いです。もし実力を認めてくれて、任せる部分を増やしたいというならもうちょっと貰いますけど」

 お金の話だ!

 まあそうよね、しぃちゃんが友達とは言え無償で作業してもらうというのは筋が違うものね。

 しばらく考え込んでいたなつみさんだけど、どうにもすぐにOKという空気ではない。

「確かに悪い話じゃないけど……正直、あなたの実力が未知数過ぎてすぐに雇うってわけにはいかないわ。なにか参考になるものを――――」

「もちろん持ってきてます。どうぞ」

 待ってましたとばかりに言葉を遮る勢いでしぃちゃんが差し出したのは、小型のUSBメモリだ。

「……準備が良いわね…」

「そりゃもちろん、こちらはプレゼンする側ですので」

 どやぁ。

 しぃちゃん、気持ちはわかるけどドヤ顔はもうちょっと抑えよう?

「まあともかく見てみましょう。話はそれからね」

 編集用のデスクトップPCとは別に、普段使い用のノートPCをカバンに持ち歩いてるなつみさんはそれを取り出して、USBメモリを差し込む。

「……嫌がらせでウィルスとか仕込んでないでしょうね?」

 なつみさんは多分冗談でそう呟く。

「まさか、しぃちゃんはそんな事しませんよ。ねぇ?」

 しぃちゃんは、目を逸らした。

 ……しぃちゃん?

「え、嘘よね?しぃちゃん嘘よね?」

「はい嘘でーす。そんなことするわけないじゃないですか」

「また騙された!!」

 けど、ぺろっと舌を出したその表情可愛いなもう!憎めない!!この子ホント憎めない!!

「そこ、イチャイチャしないっ」

「え?別にしてな…」

「はーい、ごめんなさーい」

 否定しようとした私と、素直に謝るしぃちゃん。……え、今のイチャイチャだったの?

「ったく……再生するわよ」

 釈然とする気持ちを抱えつつもUSBの中に一つだけ入っていた動画を再生すると……それは、私たちの配信から切り抜いた場面を編集した動画だった。

 切り抜き動画自体は、ちゃんと許可を取って出展動画を示せば問題ないスタンスではあるけど、これはいわゆるただ切り抜いただけの動画とは全く質が違っていた。

 40本近くある動画と月一ライブ配信のアーカイブから様々な場面を抜き出し、私たち二人の関係性を分かりやすく見せつつ、その場面がより面白く見えるように前の配信でのやりとりを挿入したりして、これだけ見れば私たちの動画の面白さがより伝わるような素晴らしい編集に、格好良かったりお洒落だったり場面に合わせたBGMを乗せて、さらには元動画には入って無かったテロップも不自然なく入れている。

 これはもう、私たちの「ななつぎチャンネル」全体の魅力を初見の人たちにも十二分に伝える事の出来る応援動画だ。

 しかもそれをSNSなどで飽きられづらい90秒程度にまとめて、短い時間で楽しくみられて、かつ宣伝として申し分ない、びっくりするほど出来の良い動画だった。

「凄い……これ、しぃちゃんが作ったの?」

「はい、ここ一週間くらいはずっとこれに掛かり切りでしたけど……その分、良いものが出来たと自分でも思います」

 どやぁが出たけど、いやこれはそうなるよ。納得のどやぁだよ。

 っていうか、今日も含めて最近凄い眠そうだったのって、これをずっと作っていたからなのね……?

 これはさすがにしぃちゃんの本気を感じる。


 このレベルの編集が出来るなら、仲間になってもらえたら私たちのチャンネルにいい影響が出るんじゃないかと、素人ながらに思えてしまうほどに。


 ……でも、なつみさんは――――どう思ったんだろう?

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