第35話 アタシたちは恋をしている。
・なつみの視点。
「あっ、大変だよなつみさん!もう配信の準備しないと!私も着替えるから!ごめんねしぃちゃん、ちょっと待っててね!」
「はーい、いってらっしゃいませー」
「いやアンタもう帰りなさいよ!」
なぎさちゃんが着替えに行ったので、部屋にはアタシと……生意気な後輩女だけが残された。
さすがに気まずい時間が少し流れるけど、生配信の時間が迫っているのでそうも言ってられない。
「……じゃあ、アタシも準備するから、アンタは帰りなさい」
「手伝いますよ。何しますか?」
「……聞いてなかったの?帰りなさい、って言ったのよ」
「椎瑠は、手伝います、って言いましたけど……聞いてませんでした?」
この子ホント生意気!!
……でも、なぎさちゃんが本当にこの子のことを友達だと思ってて信じてるのも伝わってくるから……たぶんそこまで悪い子ではないんだと思うけどさ……。
「あー、もういいわ。けど、今日は本当に何の企画もなくただの雑談配信するだけだから、別に手伝ってもらう事なんてないのよ。邪魔にならないようにカメラの後ろにでも座って、声を出したり映ったりしないようにしてね」
「……はーい、わかりましたー」
……一瞬の沈黙がなんか怖いわね……何か企んでないでしょうね?
とは言え、実際に時間はもうあまりないので気にしてる場合でも無い。
生配信はいつもソファに横並びで座る形で配信しているので、ソファが良い感じに映る角度に三脚を立てて、そこにスマホをセットする。
「あ、それやりますよ」
「……いいわよ、自分でやるから」
……生意気後輩が声をかけてくるが、なんとなく断る。
「まあまあ、実際にそこにセンパイが座った状態でこっちでセットした方が早いでしょう?カメラとソファを行ったり来たりして画角を調整する必要もないですし」
「それはまあ……そうだけど」
ウチの配信は文字が反転したりしないように外カメでやってるので、座った位置からは画角の確認が出来ず、セットして録画してソファに座り、それを再生して確認、という作業が必要になるので、まあここをやってくれるというのは確かに助かる。
……なぎさちゃんはシンプルに帰還音痴なので任せられないしね……それはそれで可愛いんだけど。
ちなみにコメントは手元にタブレットを用意してそれで読むスタイルね。
「じゃあ、センパイそこ座ってください」
「……わかったよ」
まあ今日はとりあえずやってもらってもいいか。特に準備が必要ない雑談配信とは言え、一応何を話そうかといろいろ考える時間は欲しいし。
「出来ました」
「早いわね」
考える間もなく出来たようなので、ソファを立ち上がり確認しに行く。
「……ちょっと上が空いてない?もうちょっと下向けたの方がアタシたちの顔が中心に来ると思うんだけど」
「それはそうなんですけど、ちょっと上を空けた方が良いと思ってたんですよ。センパイはたまに興奮して立ち上がるじゃないですか、そうすると首のところで切れちゃって表情が見えないんですよね。ほら、センパイって面白い顔するじゃないですか」
「褒められてるのか失礼かまされてるのか判断に迷うわね……」
そんなツッコミはスルーされて生意気後輩の話は続く。
「他にも、全身ファッション見せるために立ち上がったりもしますし、少し上に空間作った方が良いと思うんですよね。あと、これとか」
そういってカバンから出したのは、巻き物みたいな紙と太い筆ペン。
「なにこれ」
「状況によってリアルタイムでテロップ出してる配信とかって良いと思うんですよね。でも、今の配信スタイルだと難しいじゃないですか。だから、何かあるごとにこの紙に書いて後ろの壁に貼ったりすることで途中から来た人にも状況を伝えやすい場面とかあると思うんです」
「なるほど……」
その為にもちょっと上に空間を作っておいた方が良いのね……くそぅ、何よこの子的確なこと言ってくるじゃないの。
「とりあえず、今日の日付で「何年何月何日の生配信」とか書いとくだけでも、切り抜かれたりした時に興味を持った人が元動画に辿り着きやすくなりません?」
「それは、そうかもね」
動画は増えれば増えるほど、見たいものに辿り着くのが難しくなる。
特にライブ配信は短い動画と違ってその中で起こった事を全部タイトルに書ける訳じゃないから……見たいと思う人が見つけられずに諦めることは減るかしれない……それはそのまま、再生数の増加にもつながる。
「でも……紙に筆ペンは読みやすいけど映えないよねぇ。アタシ字が下手だし」
正直アタシの字がずっと飾られてるのは、見映えが悪い気がする。
わかりやすさはあるかもしれないけど、見映えは大事だ。
「だったら、なぎさ先輩に書いてもらったらどうですか?確か、子供のころ書道やってたとかで上手いですよ」
「本当に?そんな話聞いたことなかったな……」
その途端に、生意気後輩の顔が勝ち誇ってきた。
「まあ、付き合いの長さが違いますからねぇ」
「……ぐっ……長いって、いつからよ」
「………去年からですけど」
「だった一年じゃないのよ!よくそんな、幼稚園の頃からの幼馴染ですけど?みたいな顔出来るわね」
「それでも、小谷センパイよりは長いですけどね? 小谷センパイの知らないなぎさ先輩のこと、たくさん知ってますけどね?」
「はぁ?アタシだってアンタの知らないなぎさちゃんの事、たくさん知ってますけど?」
ぐぬぬぬぬぬ、とにらみ合いが続きそうになるけど、ダメダメ、そんなことしてる場合じゃない。
「……ふぅ、まあ今は良いわ。アンタとはいつか決着つけるからね」
気持ちを落ち着かせて、ソファに座ってなぎさちゃんの着替えを待つ私に、再び話しかけてくる生意気後輩。
「――――小谷センパイ、一つだけ聞いても良いですか?」
「……なによ、手短にしてよね}
そこで、一瞬の沈黙。
何よ、そっちから聞きたいことがあるって言ったくせに―――と、顔を向けた瞬間にそれは不意打ちのように飛んできた。
「小谷センパイは、なぎさ先輩のこと、本気で好きなんですか?」
――――――その質問の意図に一瞬悩んだけど……あまりにも真剣な瞳から放たれる視線が、すぐに理解させた。
ああ、そうか、この子も――――
「……好きよ」
「そうですか……私もです」
それきり、その場から数分間言葉が消えた。
アタシたちは恋をしている。
同性の女の子に、恋をしている。
今時珍しいことでも無いのかもしれない。
ありふれたことかもしれない。
でも、大きな声で言うにはやっぱり勇気がいる。
そういう恋だ。
その意味でアタシたちはきっと同志なのだろうけど……でも同時にライバルで。
ただでさえ叶う可能性の低い恋で、もし夢のような未来でこの恋が叶ったとしても、幸せになれるのはきっと片方だけ。
「……面倒な恋をしたものね、アンタもアタシも」
「……それに関しては、同意します」
そして二人で、少しだけ笑った。
この子のことは気に入らないし、仲良くできるとも思わないけど……ま、少しだけ……本当に少しだけ、心強いかな。
同じ悩みを抱えている人間が、少なくとも もう一人いるって事実はさ。
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