第30話 出会い。

「――――ごめん!」


 正直に謝る!!

 それしかない!!

 すぐに観念するとは思わなかったのか、少し驚いたような顔でしぃちゃんは言葉を返す。

「そのごめんねは、何に対してですか?椎瑠に黙ってたことですか?それとも嘘をついたことですか?」

「――――両方、かな」

 ごめんなつみさん。秘密を漏らしてしまうことになるけど、今しぃちゃんに真摯に向き合うためには、そこは認めなくちゃいけない。

「……言わないんですか?」

「……何を?」

「なつき君として活動してることは黙っていてくれ……とか」

「……どうして?」

「どうしてって……椎瑠がバラしたらどうするんですか?」

 私はその言葉に、本当に純粋に、ただただ思った言葉を返す。

「しぃちゃんは絶対にそんなことしないってわかってるから、言う必要無いでしょ?」

 私が黙っていたのはあくまでもなつみさんとの約束があったからで、最初からしぃちゃんが言いふらすなんてことは微塵も考えてないった。

 しぃちゃんは、私を困らせる為に秘密を言いふらしたりなんか、絶対にしない。

 それは信頼とかじゃなくて、もうわかりきってる事実。

 そういう子だから、私はしぃちゃんのことを……本当の友達だと、思えたんだよ。

「……そういうとこ、ホントズルいですよね、先輩は……」

 言って、少し笑うしぃちゃん。

 窓の外を見つめて、何度か肺の中の空気を入れ替える時間呼吸が過ぎ去った時、しぃちゃんが口を開いた。


「少しだけ……昔話をしてもいいですか?つまらない女の子が、素敵な女の子に憧れた――――少し歪な、初恋みたいな物語を」




 近橋 椎瑠が筒美なぎさと出会ったのは、中学一年の時だった。

 なぎさは高校で初対面だと思ってるが、実はそうではなかった。

 正確には、初対面は高校で間違いではないのだが。

 ただ一方的に椎瑠が、見つけたのだ。


 運命を感じるその相手を。


 あの頃は椎瑠も陸上部だった。

 自らすすんで入部したわけではなく、昔から本ばかり読んでいて体力のなさを心配された親に勧められて入ったのが陸上部だった。

 実際、それほど強豪校でも無かったのでわりと緩い雰囲気で運動が出来て体力もそこそこ付いたので、その選択は間違って無かったのだろう。

 それになにより――――筒美なぎさの存在を知る事が出来た。

 椎瑠は中一の時、陸上部の先輩たちが出場する地区大会を部員として応援に行った。

 気は進まなかったが、周りの部員が全員行くと言うのに一人だけ行かないわけにもいかない。

 近橋 椎瑠は流されやすい子だった。

 芯が無い、と言い換えても良いくらいに。

 本は好きだけれど、自分から書いたりするほど夢中になっていたわけではなかったし、陸上部も言われたからやってるだけで本気でもない。

 自分でもそれに気づいてたが、まだ12、3歳で決めることでもないだろうし、そのうち何か見つかるだろうし、見つからなくてもなんとかなるだろう、と考えているような少し冷めているというか、楽観的というか……そんな子だった。

 この大会にも後ろ向きな気持ちで参加したのだけれど―――――そこで、筒美なぎさを目にとめた。

 と言っても、最初はすらりとした格好良い人だな、という程度の認識だったが……1000m走の準決勝を走り終え、決勝進出を決めた直後、彼女は突然足を抑えて倒れ込んだ。

 辺りが騒然として、怪我であることは明白だった。

 ああ、もうこれはダメだな……かわいそうに、決勝は棄権だろうな……。

 椎瑠はそう気の毒に思いつつもなんとなく目が離せないでいると、彼女は立ち上がり笑って見せた。

 周囲に対してもなんでもないと手を振っているが、足は引きずっていて、明らかにもう走るのは無理だろう。

 ……そう思っていたのに、その数十分後に彼女は足にテーピングをグルグルにまいて決勝に出てきた。

 スタート直後こそわりと走れていたけれど、途中からやはり足が痛み出したのか、片足を引きずり始めた……しかし、それでも、走ることをめなかった。

 そんな様子に周囲は「がんばれー」と声を上げ、圧倒的な最下位でゴールする頃には皆拍手で彼女を讃えていた。

 これはこれで一つの感動的なスポーツの形なのかな、椎瑠はそんな風に考えてしまいそうになったけれど……彼女の顔を見て、そんな考えはどこかに消し飛んだ。

 彼女の表情には、ただただ悔しさしか存在しなかった。

 何とか完走して周りにそれを讃えられたことに対する満足感など欠片も存在せず、力を出しきれなかった後悔のみで彩られたその顔を――――――美しいと思った。

 その時、椎瑠の心の中に生まれたぼんやりとした気持ち。

 それがなんだったのか、その時にはまだわからなかったけれど……今にして思えば、憧れなのだと思う。

 特に夢や目的もなく生きていた椎瑠には、全力で力をふり絞り全力で悔しがれるあの女の子の姿があまりにも眩しくて、とても印象に残った――――。



「えっ、あの時にあの場に居たの!?」

 私は話を聞いて、思わず声を上げた。

 中二の時の地区大会……今でも思い出すと胸に刃物を突き付けられたような冷たい感覚に襲われる。

 私の人生にとって、確実に分岐点になった日だから……忘れられるわけがない。

「でも……なんでそれを見て私の事気にしてくれたの?あの、一目惚れ的なやつ?」

「いや、別にそういうんじゃないです。ただ印象に残ったなーっていう話です」


「あ、そうなの……?そうなんだーー……」


 ――――――――これは恥ずかしい……これは!!恥ずかしいやつ!!


 自分が!一目惚れされるような整った容姿であると!勘違いするなよ私ぃ!!

「大丈夫です。ちゃんとその時から、可愛い子だなーって思ってましたよ。一目惚れはしませんでしたけど」

 うぐぐ、ニヤニヤされている……!

「……で、まあ話には続きがありまして……それから一年後に飛ぶんです」

 強引に話を戻された。

 けどまあ、それはそれで助かります。

「……ん?一年後……?なんかあったっけ……?その年は……特別何かは無かったと思うけど……」

 決していい思い出ではないけれど。

「――――そうですね、何もなかったんですよ、特別なことは、何も……」

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