第29話 想いと覚悟
「小谷なつみさんの配信に出てる彼氏のなぎささん……あれ、先輩ですよね…?」
「―――――それでごまかせると思ってるなら、先輩は椎瑠の気持ちを舐めてますね」
「決まってるじゃないですか。椎瑠の、先輩への愛ですよ。こんなに先輩のこと愛してるんですから、気づかないわけないんです。バカにしないでください」
まるで一種の攻撃であるかのように、しぃちゃんの言葉が私の心に刺さる。
これは……もう確信してるんだ、「なぎさ君」が私だと。
けれど、それを認めてしまう事は出来ない。
もちろん、しぃちゃんはそれを周りに言いふらすような人間では無いと知っている。
でも、「誰にも秘密」だと約束したから。
なつみさんと、約束したから。
それを破る事は、私には出来ない。
したくない。
「何と言われようと、違うよ。違うんだよ、しぃちゃん」
密着した状態から抜け出そうとするのも忘れて、私はただ否定する。
「そんなに椎瑠が信用できないですか……?」
表情は見えないけれど、耳元に伝わる声に悲しさや寂しさが乗っているのがわかる。
……なつみさんとの約束であろうとも、しぃちゃんに嘘をついているのは確かなのだから、私も心が痛む。
でも、簡単に白状してしまってはなつみさんに顔向けが出来ない。
私は一瞬の隙をついて体を起こす。
体は相変わらず足でがっちりロックされているけど、ようやく顔を見合わせることが出来た。
……しぃちゃんは真っすぐこちらを見つめていて……その目は真剣そのものだった。
その視線の強い圧に心の扉を押し開けられそうになるけど、なんとか耐える。
「私は、しぃちゃんの事を心底信用してるよ。でも、違うものは違うの」
「……じゃあ、これを見てください」
寝転がったままポケットからスマホを出して、溜息を添えて目の前に出されたその画面には……
「っ!」
いつだったか、なつみさんとのデートで行ったたエステへ入っていく私となつみさんの写真かせ映っていた。
「えっ!?なんでこんな……」
「すいません。あの日偶然見かけて……でもなんか話しかけづらい雰囲気だったから、声かけるタイミングを図ろうと少し後をつけてたんです。そしたら……なんか怪しげな建物に入ってくのが見えたから……あとで「何してたんですかぁ?」とか、からかってやろうと思ってつい盗撮を……」
「……つい、でやったら駄目よ?こういうのは」
頭がグルグルと回転し始めた私に今できることは、正論の説教くらいだ。
マズいマズい、アレを見られてたの!?
ということはつまり……
「その後しばらくして、出てきたのは――――」
スマホをスワイプすると、出てくるもう一枚の写真。
それは、なつみさんと「なぎさ君」が並んで建物から出てくる写真……。
「一瞬混乱しましたけど、椎瑠にはわかりました。この男の人の恰好してるのが先輩だって。それから、見たことなかった小谷先輩の動画を見たら……先輩が「彼氏のなぎさ君」として動画に出てるんですもん……びっくりしましたよ」
マズいマズいマズいマズいマズい!!
これはさすがにマズい……!!
「……いや、それは最初から中で彼氏さんが待ってて、私は別のタイミングで建物を出たのよ……?」
苦しいけど言い訳するしかない。
「何時ですか?」
「え?」
「何時ごろ、出たんですか?」
「……そんなの覚えてないわよ……」
「だいたいで良いんです。何時ごろでした?」
落ち着いて、えーと……確かあの時は実際は昼過ぎに店を出たから……それより遅い時間……。
「4時頃……だったかしら?」
「椎瑠、向かいにあった喫茶店で5時まで待ちましたけど、出てきませんでしたよ」
「!? な、なんでそんな時間まで待ってたの?」
「だって……先輩が男装して小谷先輩の彼氏になってるなんて信じられなくて……信じたくない気持ちもあったし……だから、あの建物から先輩が出てきたら、アレは椎瑠の見間違いだったんだ、って納得できると思って……でも、先輩は―――――出て来ませんでした」
そこでしぃちゃんは顔を逸らしたけれど、それは今までに見たことのない悲しそうな表情だった。
胸がズキズキと痛む。
……実は裏口から出たとか言い訳は出来そうだけど、二人で入ったのに一人だけ裏口から出る合理的な理由が思いつかないし、そもそもあのビルの裏口がどこにあるのか私は知らない。
しぃちゃんが見ていたという喫茶店から見えない位置に裏口があればまだ言い逃れられる可能性はあるけれど、エステビルの反対側が壁や建物でそちらには裏口が無い事だってあり得る。
逆に、喫茶店から見える位置に裏口が存在していた場合、そこからも出てこなかったのは明白だ。
そしてしぃちゃんは、きっとあのビルの裏口の位置も調べてる。
気になることはとことん追求のしぃちゃんなのだもの。
……見えない裏口というほんのわずかな可能性にすがって嘘を重ねるのは……さらにしぃちゃんに対して不誠実な態度を積み重ねた事にしかならない。
あれはもう一か月以上前の事だ……それからしぃちゃんは、ずっと葛藤しつつも変わらない様子で接してくれていた。
この展開は私にとっては突然だったけど、しぃちゃんにとっては、一か月以上溜め続けてきたモヤモヤして気持ちが、もう溜めておけなくて溢れ出てしまった結果なのかもしれない……。
辛かった……のかな、しぃちゃん……。
しぃちゃんからすれば、隠し事をされていたということは、信頼されていないのだと思ってしまうのも仕方ないことだ。
私としては誰にも……家族にすら言って無いことなので、しぃちゃんを信用できないとかでは全然無いのだけど……それは伝わらないよね……。
―――もう、私はなんて迂闊なんだろう……知らずにしぃちゃんを傷つけてしまった……。
ここで私が取るべき選択肢は何だろう……いや、もうこれは……ひとつしかないよね……
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