第28話 策士?

「……わかったよ、しぃちゃん。あのね、私は――――」

「はーい冗談でしたー!騙されたー!」

 ……は??

 ふいに体を離し、にぱっと笑うしぃちゃんに、私は激しく戸惑う。

 ……結局またからかわれたってこと……?

 いやでも……それは酷くない?

 戸惑いは、少しずつ怒りに変わる。

「ちょっと、それは無いでしょ?私はしぃちゃんが真剣だと思ったら、私も真剣に応えなきゃって思ったのに……そういう気持ちを弄ぶのは違うでしょ?」

 しぃちゃんは私をからかったりするけど、本気の気持ちを馬鹿にするようなそういう子では決してなかった。

 なのにどうして……?

 私の怒りを感じ取ったのか、しぃちゃんは笑顔を曇らせて目をそらし、外から窓を突き抜けてくるわずかな喧噪にかき消されてしまいそうな声でささやいた。

「だって……先輩、いま断ろうとしてたでしょ?」

 その顔は、先ほど見せた笑顔が虚勢であったことを雄弁に語っている。

「断られることのを避けるには、冗談にするしか……ないじゃないですか……」

 その声は少し震えているように感じた。

 ……確かに、私は断ろうとしていた。

 本気の告白だったけど、それを感じて冗談にしようとしたってこと……?

 いやでも……それすらも冗談で私をからかおうとしてる……違うよね、さすがにこれは悪ふざけの度を越えているし。

「ごめん……でも、どうして急に告白なんて……私、しぃちゃんとは仲のいい先輩後輩としてこれからも――――」

 顔を上げた私の視界に飛び込んできたのは、思いっきり変顔をしたしぃちゃんでした……。

 ――――その意味を理解出来なくて混乱が真っ先に来たけど、直後に私の顔は真っ赤に染まった。

「こ、こらぁぁぁーー!!!やっぱりからかってたのね!!」

「あはははは、先輩かーわいい。椎瑠は、怒ってる先輩が一番かわいいと思うんですけど、どうですか?」

「う、うるさーい!もーーう!!」

 立ち上がって近づくとしぃちゃんが逃げるので、狭い部室の中でちょっとした追いかけっこみたいになる。

 こちとら運動経験者で、しぃちゃんは運動が苦手なはずなのに、なぜか妙にすばしっこくてなかなか捕まえれないのもいつもの事だ。

「こら!待ちなさい!」

「うふふふ、つかまえてごらーん!」

「砂浜の恋人同士みたいなこと言わないの!」

 なんだかんだ言いつつも、こうやってると段々楽しくなってくるので私は単純だな、と凄く思う。

 まあでも、楽しいならその方がいいよね!

 ……とか思っていたのに

「……いっ…!」

 その瞬間にふいに足が痛み、しゃがみこんでしまう。

 陸上を引退する理由になった足の怪我は、日常生活にはもう支障はほぼ無いのだけど、たまにこうして古傷が痛んでしまう。

「っ!先輩、大丈夫ですか!?」

 しぃちゃんが慌てて駆け寄ってくる。

 本当にこの子は……普段は意地悪なこともするのに、いざという時は本気で心配してくれる。

 良い子なんだよなぁ、本当に。

 そして私は、そんないい子を罠にかけるわい子になる!

 すぐに痛みは治まったのに、しばらく痛いふりを続けて……

「先輩、あの、ごめんなさい、椎瑠はその……」

「えいっ」

 近づいてきたところで、がばっと胴体に抱きついてしぃちゃんを拘束!

「いえーい、捕まえたー」

「うわー、ズルい!先輩それはズルい!」

「ふへへー、騙しあいじゃーい」

 がっちり構えたけれど、しぃちゃんが逃げようとして暴れたので、二人でもみ合って床に倒れ込む。

「あいてて、大丈夫?」

「えー…先輩、やらしいです」

 気づけば、格闘技で言うところのマウントポジションみたいな感じでしぃちゃんを組み敷いてしまっていた私。

「ちがっ、ごめん…」

 と慌てて立ち上がろうとすると、なぜか私の胴体に足を絡めて動きを封じてくる。

「しぃちゃん!?」

 続いて驚いてる私の胸元を掴み、引き寄せる。

 結果的になんか、二人が凄く密着したまま床で寝てる状態が出来上がった。

 これなんか既視感が……はっ!さっき見たアレだ!

 これはよろしくない!!

 とてもよろしくないですよ!!!

「ちょっ、ちょっとしぃちゃん!?あの、あのこれこれこれ、あの……ドエロくない!?」

 さっきのドエロ本で見た感じのやつでした!

 離れようとしたけど、がっちりとホールドされててなかなか上手く離れられない。

「あの、しぃちゃん……?」

 さすがにこんなに密着したの初めてで、しぃちゃんの体温すら制服越しに伝わってくる。

 っていうかしぃちゃん着やせするタイプなのかな……!思ったよりその、胸のふくらみが凄いよ……!

 さらにぎゅっと抱きしめられて、私の右頬がしぃちゃんの左頬とくっつく。

 本当に何!?急にこの熱い抱擁!?

「ねぇ、先輩……」

「ひやっ!な、なに?」

 耳元から声が聞こえて、ぞわぞわしてしまう。

「ふぅ~」

「ひゃあああ!!なんで!?なんで耳に息吹きかけたの!?」

「なんとなく」

「なんとなくでやらないでほしいかな!?」

 何なのこの流れ!?

 しぃちゃんの真意を掴みかねていると、再び耳元で囁かれる。

「先輩、一つ質問して良いですか?」

「……この状況で?」

「出来れば」

「なんで?」

「……ちょっと、聞きづらいことなんで、顔を見合わせてない方が良いかな、って」

 なるほど……と納得しそうになったけど……

「だからってこんな密着する必要ある?」

「まあ、離れるよりはくっつきたいですよね。椎瑠は先輩大好きっ子なので」

「またそういう……」

 からかわれてるだけだとわかってても照れるんだよねそれ……!

「わかったわよ、なぁに?何が聞きたいの?」

 またなんか、変なこと聞いてからかおうとしてるんだろうと高をくくっていた私は、突然耳元に突き付けられたその言葉に―――


「小谷なつみさんの配信に出てる彼氏のなぎささん……あれ、先輩ですよね…?」


 一瞬体を固くするしかなかった。

 

 もしかして、私の反応を確認するためにこの体勢になったのだろうか……だとしたら、この子策士だわ……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る