第25話 なつみ、心の叫び。

 帰りの電車の中、たまたま時間帯が良かったのかわりと空いてる車内で、アタシは椅子に座ったまま心の中で怒っていた。


 なぎさ君のああいうところ、本当によくないと思うんだ!!だ!!

 あんな、向こうから、あーんとか……!

 しかもあんな小さいプチトマト!!

 食べる時、アタシの唇がなぎさ君の指に触れ……触れ……!!

 ぎゃわわわわわわわわ!!!!

 ほんと、ほんとよくない!!!!

 ……いやその本当によくないかと言われると……その、まあ、ね。

 すっっっっっっっっっごいキュンとしちゃったけど!!

 しかもあの後なに!?指についた果汁をペロって、ペロって……!!

 なにあれあんなの間接キッスじゃん!!

 むしろなんであれを平然と出来るの!?

 こちとら、唇が指に触れちゃっただけで死ぬほどドキドキしてたのに!!

 あっ、なんか腹立ってきた!!

 私だけこんなにドキドキしてるのになぎさ君は全然意識してないのなんか腹立ってきた!!

 よし、改めて文句を――――おおおおぉおおおぉぉおお!?!?!?!?

 ね、寝ている!

 隣に座っていたなぎさ君が、寝ている!

 そうか、そうよね、今日は疲れたよね。

 仕方ない、この怒りは胸にしまって、今は目的の駅に到着するまで寝かせてあげよう。

 ……それにしても、寝顔まで良すぎる…!

 なにこれちょっと口開けて間抜けっぽさがあるの可愛すぎない!?

 寝顔が超綺麗とかじゃなくてちょっと隙がある感じ、解釈一致です!!

 とか思っていたら―――……アタシの方になぎさ君の体が傾いてきた。

 えっ、ちょっと待って、これアレじゃない?

 肩にコテンって頭乗せちゃうやつじゃない!?

 ダメダメダメそんな超素敵イベント、今のアタシの心臓が耐えられる気がしない!

 今日一日でアタシのキュン死ゲージはもう振り切れる寸前なんだから!

 かといって起こすのもかわいそうだし、避けたら椅子にどさって倒れちゃうし……こ、ここはやはりアタシが肩で受け止めてあげるしかないのでは!!!

 はちきれそうな胸の高鳴りを抑え込みつ、ぐっと体に力を入れて衝撃に耐える!!

 その肩に、なぎさ君の頭が乗っかろうとしたその瞬間、電車がカタン、と揺れて少し位置がズレて……


 ぽわんっ


 奇跡的に、アタシの胸に乗りました……。


 ……………!?!?!???!?!?!?!%$#%&%@@@??????


 待って待って待って待って。


 待って!!!!!


 アタ、アタシの胸を、胸を枕になぎさ君が……!!!!寝ている!!!!!

 いやその、まあアタシはそれなりに胸ある方だと思うよ!?そんなに爆乳って程ではないけど、細いのに胸大きいの羨ましいなんて言われることもある。

 でもまさか、それが枕として使われる瞬間があるなんて想像もしてなかったわよ……!

 ど、ど、ど、どうしよう。この距離だと心臓の音でなぎさ君が起きてしまう!!だってこんなにうるさい音が聞こえないわけないもん!!

 落ち着いて、落ち着くのよアタシ。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた人生じゃないの……!

 今アタシが取れる選択肢は何!?

 1・このままキープ(キュン死ゲージ限界突破で心臓が破裂するから無理)

 2・起こす(かわいそうだし、何より寝顔を見ていたいから無理)

 3・何とかして肩に戻す。

 現実的なのは3よね……!

 でも、頭って意外と重いらしいし、アタシのか弱いパワーで起こさないようにそっと持ち上げて肩に戻すことは可能なの……?

 これは失敗できないミッションよ、しっかり考えて――――――はうあっっ!!


 お、恐ろしい……今、我ながら恐ろしい考えが脳裏に浮かんでしまったわ……!


 ――――逆はどうかしら?


 持ち上げるのではなく、そっと下へ……その方が難易度は下がるんじゃない……?

 そして、その行き着く先は―――――膝……!!

 そう、膝枕……!

 禁断の膝枕……!もちろんこれもキュン死ゲージが限界突破する可能性はあるけど、でもなんか気持ちとして胸よりは恥ずかしくない!だって恋人同士なら定番のやつだし!

 普通の恋人同士って、胸枕しないもんね!

 ……しないわよね?

 アタシが知らないだけで皆してるのかしら……?

 一瞬「胸枕」で検索しようかと考えてしまったけれど、エロワードだったら広告とか汚染されそうな気がして止めた。

 危機管理能力!

 ともかく、世間的にはどうであれ、アタシ的にはこの胸枕状態はとても恥ずかしい!

 なので――――膝枕大作戦を決行しようと思う!!

 それしかない!

 覚悟を決めて大きく深呼吸をしたアタシは、そっと両手でなぎさ君の肩と頭を赤ちゃんを抱き替えるように優しく支える。

 いやまあ、赤ちゃん抱いたことないけど、たぶんこんな感じだと思う。それくらい優しく、しかし絶対に落とさないように注意深く。

 そしてゆっくり……ゆっくりと、ちょっとでも揺れたら爆発する爆弾を扱うくらいゆっくりと下へと。

 ヤバい、呼吸するのも忘れて息が苦しい。

 でも、もうちょっと、もうちょっとで足に――――到達した……!!

 ワンピースのスカート越しに伝わってくるなぎさ君の頭部の重みがなんだか不思議な感じ!!

 何かしら、この達成感と満たされた気持ち……!

 アタシ膝枕するの初めてなんだけど、こんな気持ちになるのね……!

 この……あれよ……すっごい愛おしい……!!

 ワンちゃんとか猫ちゃんが膝の上に乗ってきてくれた時の喜びを数倍に増幅させたみたいな感じ!!

 好きぃ!!アタシ、なぎさ君好きぃぃ!!

 叫びたくなるのをぐっとこらえて、アタシの膝で眠るなぎさ君を、せっかくなので見つめる。

 はっ、これは……予期してなかった幸せ…!!

 膝枕は、なぎさ君の横顔が凄くよく見える……!!

 肩にコツンだったとしてもそれはそれで尊かっただろうけど、それだと顔はこんなに見えなかったわよね……結果的に大勝利!

 ああ、幸せ……いろいろあった一日だったけど、最後にこんな幸せが訪れるなんて……。

 この幸せを一生残したいという気持ちで、アタシはスマホカメラのシャッターを切る。

 シャッター音でなぎさ君を起こしてしまわないように、無音カメラで撮る。

 アタシみたいな人間は、無音で写真が撮れるカメラアプリを入れているものなのです。

 別に盗撮するとかじゃなくて、静かな環境でカメラの音が周りに迷惑かけちゃうかもしれないけど写真は撮りたい、っていう時に凄く便利だからね。

 インフルエンサーとしては、良い写真はいくらあってもいいし、撮れるチャンスを逃したくない!

 黙って撮るのはちょっと気が引けるけど……ごめんなさいこれを撮影しないという選択肢はアタシには無いです!!

 一生この写真で幸せになれるから!!

 絶対残したい!!

 まずは、なぎさ君のソロショットを一枚。

 アタシの目線に近い状態で上から。

 そして、アタシの顔入り自撮り画角で一枚。

 まあ、一枚っていうか……連射だけどね!!

 はぁー、目が幸せ。

 ルッキズムだなんだといわれる時代だけど、顔のいい子は男女問わずに見ると一瞬で幸せになれるのよね……あの感覚を否定されても困っちゃうわ。

 アタシの自撮りもみんな喜んでくれてるし、最高に可愛い瞬間をみんなに届けられてアタシも幸せ、みんなも幸せ。

 それでいいじゃない?

 というわけで、このなぎさくんの写真も、本人の許可が取れたらインスタに―――――………と、そこまで考えて思考が止まる。


 ―――――やっぱりやーめた。


 ……この写真はまだ、アタシだけの宝物にする。

 みんなに共有したい気持ちはある、凄くあるけど……!

 でも、ちょっとだけ。

 この寝顔の写真を持ってるのはアタシだけっていう幸せに、浸って居たいじゃない。


 だってこんなの――――彼女の特権なんだから!


 その時のアタシの顔は、きっと動画が回っていたらなぎ遮断が発動していたような気がしないでもない。



 ―――それから数日後、サンドイッチを鳥に奪われる動画はSNSで見事にバズり、Vlog本編への誘導もうまくいってかなりの再生数をたたき出した。

 その流れで、ホスト風コスプレなぎさ君が出来るまでとして、ヤッスーの店を紹介した動画もそこそこ再生されてお客さんが増えたらしく、ヤッスーから感謝のメッセージが届いた。

 万事オッケー!

 さすがアタシ、完璧ね!!


 ……同時に、電車内に偶然居合わせたファンが撮影した、周りになぎさ君の寝顔を見せないようにと犬みたいにガルルルルと周囲を威嚇してるアタシの動画も、ファンたちの間でちょっとだけバズったみたいだけど……まあ、それもまた良しとしましょう!


ちなみに、寝顔写真はなぎさ君に「恥ずかしいから消して消して」と言われたけど……絶対に表に出さないという条件で保存を許可されました。


 ……良かった……一生の宝にします!!

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