第26話 それは突然の新展開。

「小谷なつみさんの配信に出てる彼氏のなぎささん……あれ、先輩ですよね…?」


 それを言われるのは二人目だった。

 一人目はエステのヤッスーさん、そして二人目は今……放課後の他には誰もいない文学部の部室で、なぜか二人で床に寝転がって抱き合ったような形になっている学校の後輩……近橋 椎瑠(ちかばし しいる)……しぃちゃんだ。

「―――え?なぁにそれ?突然どうしたの?名前が同じなだけで全然似てなくない?」

 正直動揺していたけれど、さすがに二度目なので一度目の反省を活かして、もし言われたらこう反論しようとあらかじめ考えていた言葉をすぐに口にした。

「―――――それでごまかせると思ってるなら、先輩は椎瑠の気持ちを舐めてますね」

「……気持ちっ……て……?」


「決まってるじゃないですか。椎瑠の、先輩への愛ですよ。こんなに先輩のこと愛してるんですから、気づかないわけないんです。バカにしないでください」


 ―――――――――……んんんんんんんんんんんんんんんんん……!


 この子は!本当に!!

 すぐそういうことを言うんだから!!


 ダメダメ、混乱したらしぃちゃんの思うつぼだわ。

 ちょっと落ち着いて、なんでこうなったのか、改めて今日一日の流れを振り返ってみよう―――




 ―――――朝の私は、通学電車の中でだいぶご機嫌だった。

 混んでいた中でしっかり椅子を確保できたのもあるけど、動画配信を始めてもう3か月目になろうとしていて、月に一度の収益が昨日振り込まれたんだけど、それが今までで最高収益だったのです。

 鳥にお弁当を奪われる動画がバズってから登録者数が増えて、再生回数も全体的に以前よりも増えつつある。

 正直言うと、なつみさんが一人でやっていた時のファンはカップルチャンネルになったことでそれなりの数減っていた。

 きっとなつみさんを恋愛的な気持ちで見ていた人たちからすると、カップルでイチャイチャしてる姿なんて見たくない……という思いもあるのだろうし、その気持ちはわかる。

 けれど、この3か月でじわじわと増え続けて前と変わらない……なんならちょっと前より増えたらしく、頑張った甲斐があるし、収益も増えたという単純な喜びもある。

 そんなわけでウキウキと、これからも頑張ろう、という決意を胸にしつつも学校へ。

 母が倒れた時には、学校をやめて働こうかと考えたこともあったが、母にも弟にも強く止められたし、働くにもちゃんと就職するなら確実に高校は出た方がいいと考え直した。

 まあ、このまま配信者としてやっていくなら学歴は必要ない気もするけれど、さすがに何十年も続けられる仕事だとは思わない。

 特にカップルチャンネルなんて結婚して夫婦チャンネルにでもならない限りはずっと付き合い続けるのはむしろ不自然なものだし。

 ……私となつみさんの未来に結婚は無い。

 そもそも偽カップルだし、なによりも法律が改正されない以上は無理な話だ。

 いやまあ……将来的には改正されるかもしれないけど……って、違う違う何考えてんの私。

 そもそもなつみさんだってあくまでも仮の彼氏として私を選んでくれてるだけだし、そんな関係10年も20年も続くはずはない。

 きっと、ある程度の時期が来たら別れたことにしてお役御免よ。

 ……その時には、なつみさんには普通に男性の彼氏が出来てたりとか……えっ、なにこれなんかすっごい嫌な気持ち。

 ……まさか嫉妬……いやいやいやいやそんなそんな私がそんな嫉妬なんて……ねぇ?

 ……ねぇ?


 誰に問いかけてるのもよくわからない「ねぇ?」を心の中で連発してる間に、浮かれ気分はすっかり落ち着いてしまったけれど、まあ学校だしちょうどいい。

 ともかく、私一人になったら配信者なんて大変な仕事とても続けられる気がしないので、毎日の学校はしっかり通ってちゃんと卒業して、出来れば就職したい。

 配信者は……続けられるだけ続けたい気持ちはあるけど、社会人になったらどこまで自由な時間が取れるのかなぁ……ブラックな会社に就職しないようにしないとな……あれ、社会人になっても続けられるのかな なつみさんの彼氏……二年後か……まあ、無理ではないかな?

 ――――……なるべく、続けられると良いなぁ。


 そんな感じで始まった一日はあっという間に終わり、放課後。 

 今日は撮影が無いので部活へ向かう。

 以前はバイト三昧でほとんど顔を出せなかった部活だけれど、配信を始めてからはわりと顔を出せるようになった。

 なにせ文芸部は現状、私と後輩の二人しかいない。

 詳しくは知らないのだけど、噂によると何年か前の先輩たちが何か問題を起こしてほぼ廃部状態だったらしく、誰一人として部員の居ない部活だったのだけれど、怪我で陸上部を辞めざるを得なかった私が「今更他の部活に途中参加するのも嫌です」と告げたら、先生が文芸部を復活させてくれて、私が唯一の部員になった。

 そこへ今年後輩が一人入ってきて、二人になったという経緯がある。

 文芸部自体はそんなに人気のない部活じゃないと思うけど……まあ、先輩が二年の一人だけっていうのはさすがになんか入りづらい雰囲気があったのだろうというのは凄くわかる。

 ……数か月前の私は、まだ怪我で陸上をあきらめたことを引きずっていて、あまり笑顔もなかったから、仕方ないよね。

 誰もいなかったあの頃の部室を思い出しながら文芸部の扉を開けると……

「あら、今日は来たんですね先輩。来たり来なかったり……シフト表作ってほしいくらいです」

 椅子に座り、シンプルな茶色い紙のカバーがかけられた文庫本から目を離さないまま、たった一人の後輩 しぃちゃん が声をかけてくる。

 黒髪に眼鏡に三つ編み、という実に文芸部らしい……というのは偏見かもだけど、文芸部にぴったりの外見をしているしぃちゃんは、隣の椅子に座る私に一瞬だけ視線を向けるとまた読書に戻った。

 少しクールな印象はあるけれど、実は意外とそうでもないというか……クールに見えて実はグイグイコミュニケーション取りに来るタイプで、あまり人と関わりあいたくなかったあの頃の私はそれを疎ましく思いつつも、彼女のおかげで少しずつ閉じていた心を開いていけた部分がかなりあるので、そういう意味では私にとって恩人でもあるし、とても大切な友人でもある。

 実は、その太めの三つ編みの表に出ない内側にだけ、赤く染めた髪が隠れているのは、多分学校で私しか知らないと思う。

 本人曰く「ハードボイルドでしょう?」とのことだけど、果たしてその表現があってるのかどうかは今でもよくわからないでいる。

 まあでも、おとなしい子に見えて牙を隠しているみたいな意味で言えば、三つ編みの中の赤髪はしぃちゃんを象徴しているな、という気はする。


 そんなしぃちゃんの隣で、私も読書を始める。


 相も変わらずロマンス小説が好きな私だけれど、今となってはなぎさ君としてイケメンとしての仕草やセリフを勉強する時間でもあったりする。

 ……いやまあ、深く入り込んじゃったら普通にキュンキュンしながら読むんだけどね。

 本の世界に入り込みつつと、ふいに耳に入る生徒たちの嬌声やチャイムの音、スポーツ系部活の喧噪を遠くに聞きつつ、流れる穏やかな時間。

 ああ、こういう時間はとても好きだ。

 なつみさんといるときは楽しいけれど、妙にドキドキしてしまうから、この本当に穏やかな時間はここでしか味わえない心地よさがある。

 隣のしぃちゃんに私が心を許しているという証明でもある。

 特に会話が無くても一緒にいられる、そういう存在は本当にありがたい。

 そんな時間がしばらく続いたが、少し休もうかな……というタイミングでしぃちゃんがすこし大きな音を立てて本をパタン……と閉じる。

 これって、しぃちゃんが私と話をしたい時のさりげないアピールなんだよね。

 かわいい。

 それがまた、不思議と私が休もうとするタイミングと重なる事が多くて、それも一緒にいるときの心地よさにつながっている。

「ね、しぃちゃん。私が居ない時に何か面白いこととかあった?」

「先輩が居ない時は、この部室には椎瑠 独りですよ?独りで何が起きるって言うんですか」

「そりゃまあ……そうだね、えへへ」


「――――と言いたいところですけど、ありましたよ。面白いこと」

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