第23話 サンドイッチィィィィ!!!
「それよりほら、今日はピクニックだよ。正直に言うと僕は今、ものすごくお腹が空いています!」
話が進まなそうだったので僕が進行役になる。そんなことも少しずつできるようになりましたとも。
「はっ、そうね。実はなぎさ君は今とてもお腹が空いてるの!なんたってさっきまでもうお腹がきゅるきゅるとそれはもう可愛い音を……」
「んなぁ!!それはいいから!いわなくていいから!」
恥ずかしいでしょそれは!
「そんな腹ペコリンモンスターなぎさ君にお弁当を作って来たよ!えーと、ちょっとカメラ持ってて」
「誰が腹ペコリンモンスターなのさ。カメラは持つけど」
カメラ代わりのスマホを受け取って、なつみちゃんを画面に収める。
うーん、画面越しでもかわいい。この可愛さを損なわせてはならないので、カメラの責任は重大だ。
「さてさて、今日アタシの作って来たお弁当は―――こちらっ!」
「おーー、って一度見たけどね」
「ちょっと、そういうこと言わないの。ちゃんと初見のリアクションしてよ!」
「いや、それはだって……嘘っぽっくなっちゃうじゃん」
そもそも偽彼氏というおっっきな嘘をついているので、それ以外の部分ではなるべく正直で居たいのです。
「でも、めちゃめちゃ素敵なんだよ!これは本当に!見てください皆さん、この映画とかドラマ以外ではあまり見たことない竹で編んだ籠!おしゃれ!」
僕はカメラの画角に籠となつみさんの顔を一緒に収める。
「いや籠はいいのよ別に」
「よくない。こういうところにもこだわるの、やっぱり素敵だなって思うよ」
「えへへー」
遮断……する程ではないか。
嬉しそうに笑ってくれると僕も嬉しい。
こうして、「彼氏」を自分に降ろして演じていると、時折本気でなつみさんの事が愛おしくなる。
恋人同士を演じた役者さんが相手を好きになるのってこういう気持ちなのかな、とか素人ながらに納得してしまうなぁ……。
「はい、じゃあ開けまーす。ちゃんと撮って、ちゃんと撮ってよ!」
「はいはーい」
「どるるるるるるる……」
自らの声でドラムロールを奏でるなつみさんだけど、巻き舌は全く出来ていない。それはそれで可愛い。
「じゃん!!」
開けると、朝も見たけれど変わらず色鮮やかなサンドイッチが並んでいる。
ちゃんと断面が綺麗で、断面萌えの人たちにも好評なことだろう。たぶん。
やっぱりこれ、空腹に負けて朝食べちゃわなくて良かった。このなつみさんの努力の結晶は、動画に残したいもんね。
「うーん!!美味しそう!!なつみちゃん天才!可愛いうえに料理もできる!!」
「まあそうね!アタシって……実はそうなのよ!」
おどけて見せるなつみさん。
こういうセリフが、言い方なのかなんなのか全く嫌味っぽく聞こえないのがなつみさんの凄いところだ。
「じゃあ、なぎさ君カメラこっちー。んで、カメラを三脚に置いて……よし、これで二人とも映るわね」
スマホ用の三脚を地面に置いて、二人ともが映る画にするなつみさん。
それなら最初からそうすればいいというのはまあそうなんだけど、最初はやっぱり臨場感が欲しいから手持ちで始めるのが好きなのだとか。
室内でしっかり企画をやる時とかは最初から固定カメラなのだけど、今回はいつもと違う外ロケということもあって、手持ちから始めたのだと思う。
そんなことよりも――――だよ。
なつみさんがサンドイッチを籠から取り出して、僕の口元に近づける。
「はい」
知ってる、これは「あーん」の流れだ。
普段なら恥ずかしくて断るけども、今日の空腹ではそんなやり取りをする時間すら惜しい!
朝見たときからものすごく美味しそうだったあのサンドイッチ!!
あれがついに食べられる!!!
その喜びと引き換えなら、あーんの恥ずかしさくらいなんてことないのさ!!
「あーん」
やっぱりきた!なんだか空腹すぎて逆に頭が冴えているのか、すべてがスローモーションのように見える!!
なつみちゃんの「はい」から「あーん」までたぶん0.5秒くらいしかなかったのに、凄い文字数頭の中で言葉が浮かんでた!!
これが……ゾーン……!!
僕は今、サンドイッチが食べた過ぎてゾーンに入っている!!
「あーん」
ゾーンに入った僕ならば躊躇いもなく「あーん」に応える。
なつみちゃんの「わっ、あーん やってくれるんだ!」という嬉しそうな顔も鮮明にわかるよ!!
暖かい太陽の光、爽やかだけど少し塩のにおいがする海からの風、周囲の人々の穏やかで幸せそうな喧噪。
今ならば、その全てが僕の食事を祝福してるかのようにすら感じるよ!!
そして、なつみさんの作った極上においしいであろうことが確定しているBLTサンドが口に近づいてきて、ふわりとパンの匂いが鼻孔をくすぐり、ついに、ついにサンドイッチが口に入ろうとした、まさにその時だった―――――
全てがスローモーションに見える視界の端に、猛スピードで突進してくる鳥の姿が見えた……と思った次の瞬間……サンドイッチは姿を消していた……!!
「――――――は?」
「きゃぁああ!!」
あまりに咄嗟すぎて呆然とする僕と、驚いて声を上げるなつみさん。
慌てて視線を空へ向けると、飛び去る鳥の足には僕の口に入るハズだったサンドイッチが――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
サンドイッチ!!サンドイッチぃィィィィイィィイィィイイイーーーーー!!!!
せっかく、せっかく食べられると思ったのに!!
―――いや待て違う、落ち着け僕。
今すべきはサンドイッチの心配じゃなくて――――
「な、なつみちゃん大丈夫!?怪我とかしてない!?」
危なかった。
僕は今極限の空腹状態ではあるが、だからと言って彼女よりもサンドイッチを優先してしまうのは動画とか関係なく人としてダメなラインを超えてしまうし、さらにはそれを動画に残してしまうという不手際を起こしたら、信用を失っていたところだった。
いやまあ、配信ではなつみさんがカットしてくれると思うけど、彼女の信頼を失ったら何の意味もないもんね。
そんなギリギリの踏みとどまりと、突然の鳥に心臓をバクバクさせつつなつみさんの様子を窺うと――――
驚いて尻もちをついたような姿勢のまま目を丸くして口を開けて驚愕の表情を浮かべていたかと思うと、次の瞬間にはそれが笑顔に変わり、2秒後には爆笑に変わっていた。
「……は、はは、あはははは!!!見た!?見た今の!?あんなのバズり動画でしか見たことないよ!!あはは!あっ、撮れてたかな!?今の撮れてたかな!?」
「……凄い楽しそう!!」
思わずそんなツッコミを入れてしまった。
いやまあ確かに食べ物を奪われる動画バズってるの見たことあるけど!
「あははは!あー面白っ!あはははっ!!」
あまりにも楽しそうに笑うので、僕もつられて笑ってしまう。
そんな僕を見て、また笑うなつみちゃん。
少しの間、二人で笑った。
なにこれ楽しいな!
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