第22話 イチャイチャしてる気がする
そうしてテンション上げて走っていたら、なつみさんをあっさり追い抜いてしまった。
元陸上部の血が騒ぎ始めたのでそのまま走っていたらなつみさんが追い付けなくて転びそうになったので、慌ててしっかりと胸で抱きとめる。
……いつどこに触れても全身柔らかいな なつみさんは……!
「ひぎゅ!」
なつみさんから変な声が出た。
別にどこか痛めた様子は無いけどまた顔が真っ赤だ。
「ごめんごめん、なつみさん大丈夫?」
「へ?う、うん、大丈夫、大丈夫。だい……じょうぶ……じゃない気もする……!」
「えっ、ど、どの辺が!?ごめん、どこか怪我した!?」
「怪我はしてないけども!」
してないの……?
なんだか大丈夫なのかそうじゃないのかよくわからないなつみさんが心配なので、今こそアレなのでは……?
「よし、じゃあアレしましょう」
「アレ……って、何を?」
「こういう時の定番と言えばそう……お姫様抱っこですよ!!」
エステされながら休んだせいかだいぶ体力も戻っている。
今ならいける!
「へ!?おひ、お姫様抱っこ!?なんで!?」
「え?なんか、そういう流れかなって思ったんだけど……違う?」
転びそうになった女の子を抱きとめて、その子の様子がおかしい。
つまりお姫様抱っこチャンスなのでは!?
「どう?なつみさん、お姫様抱っこ、しても……いいかな?」
その問いかけになつみさんの眼球がなんかぐるぐるぐるぐると動き回り――――
「だ、だめっ!!」
断られました。
真っ赤な顔、うわずった声、ぐるぐるおめめの組み合わせで断られました。
まあ、本人が言うなら無理にとは言わないけど……なんだかちょっと、残念な気持ちになる私なのでした。
「さあ着いたわよ」
なつみさんがビックリするくらい可愛いドヤ顔を見せたのは、駅から徒歩で15分程度の場所にある、海沿いの公園だった。
海に面した白い石畳のような通路、綺麗に整えられた芝生と、等間隔に植樹された樹木の美しさ、海が見える位置に置かれたいくつものベンチには、既に何組かの恋人たちが愛を語らっている。
なるほどここは確かに、「映える」という言葉にぴったりだ。
「ここでご飯食べよ。じゃあ動画とるけどOK?」
言われて、慌てて自分のスマホを取り出してインカメで確認する。
……うん、エステの効果で肌もつやつやだしとても健康的に見える。
なによりも、さっきのメイクでいつもより男性っぽさが強い。
やっぱりプロの仕事って凄いのね……メイクでここまで変わるのかと思うと、ちょっとメイクの勉強もした方が良いという気持ちになる。
まあでも、化粧品を買い集めるお金がないからその辺はなかなか難しいけど……プチプラでも何個も買いそろえたらそこそこするしなぁ……って、すぐにお金のことを考えてしまうのは本当に貧乏が根っから沁みついている……!!
今、私の……いや、『僕』のすべきことは、なつみさんの彼氏なぎさ君として振舞うこと!!
それ以外のことは考えない!!
…………よし!
「いいよ、始めよう」
意識的に声を低めに調整する。
出番だよ『なぎさ君』!
私の準備が整ったのを見て、なつみさんがカウントをはじめる。
「じゃあいくよー、3、2、1……はい!」
はい!と同時にカメラを持った手の手首の辺りを、もう片方の手で叩いてパン!と音をさせる。
最初は何のためにやってるのか謎だったけど、編集する時に、その音の波形を目印にして音と映像を合わせるんだという話を聞いて、目からうろこが落ちたものです。
そして今ではその音は、私にとってもスイッチを入れるきっかけの一つになっている。
「なっつみん☆」
「なぎさのっ」
「「ななつぎチャンネル―☆」」
毎回恒例の始まりの挨拶。
こういうの意外と大事みたい。
「さてさて、今日はVLOGだよ なぎさ君」
「そうみたいだね。で、ここはどこなの?」
「ここはねー、××駅の近くにある海が見える公園だよ!見て見てー、めっちゃ綺麗でエモいよね!」
カメラを海側に向けるなつみさん。
編集もするにはするけれど、基本的にはワンカットでどうにか出来るならしたいというのが正直なところのようで、流れの中でロケーションをちゃんと撮影しておきたいらしい。
「そんな公園で今日は、ピクニックしまーす!」
「えー、外なので日差しが辛いでーす」
色々と動画を撮影する中で流れ的に、「なぎさ君」にはちょっと面倒臭がりのインドア派みたいな設定が出来た。
これは、私があまり家を空けられず外出系の企画を嫌がる流れから生まれたキャラなのだけど、結果的に室内企画が増えて二人とも助かっている。
あまり頻繁に外出するとファンに出会う可能性が増えるし、画面越しならともかくリアルで会うとさすがに性別がバレる可能性がある。触られるかもしれないものね。
とは言え、全く外出しないのも不自然過ぎるので、基本はお部屋デートしつつ動画を撮影して、たまにはこうして出かけるという設定なのです。
「まーたなぎさくんはホント現代っ子!」
「いやいや、同い年同い年。っていうかなつみちゃんがそれ言う?僕はアナログ人間なので、デジタルネイティブ世代にはついていけないよ」
「いやいや、同い年同い年」
二人でふはっ、と笑う。
こういう楽し気な会話も自然と出来るようになってきた。嬉しい。
「ま、いつものようになんだかんだ言いつつちゃんとアタシが行きたい、って言ったら付き合ってくれる優しい彼氏でーす」
「やめっ、やめろってそういうの……!」
腕を組んでくるなつみさんに本気で照れるなぎさ君です。っていうかこんなの誰だって照れるでしょ!!
「なつみちゃん、もうちょっと自覚して……!キミは最高に可愛いんだから、迂闊にそういう事されると死ぬほど照れる……!」
「えへ、えへへへへ、えへへへへへへへ」
なつみちゃんは褒められると弱いのか、撮影中でもたまにちょっとお見せ出来ないデレデレ笑顔を見せてしまうので、そういう時は僕が手で顔を隠してあげる。
これはファンの間で、なぎ遮断と呼ばれているとかなんとか。
「ねー、もうみんなもほんと、常に褒めてくれる彼氏を選ぶんだよ!!日々自己肯定感が爆上がりだから!!アタシ最近肌の調子めっちゃ良いからね!」
「自己肯定感と肌の調子って関係あるの?」
「ある!凄くあるよ!」
「じゃあ、これからも毎日褒めるね。今日も明日もずっと可愛いよ、なつみちゃん」
「ふへ、ふへへへ、ふへへへへへー」
本日二度目の、なぎ遮断発動なのでした。
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