第21話 いろんな意味で恥ずかしい。

「これが……私?」

 なんだかすごくありがちなセリフを呟いてしまったような気がするけれど、そうとしか言いようがない変わり様だった。

 なぜかスポーツの後のように肩で息をして体温が上昇しなんならちょっと湯気が出てる気がするなつみさんとヤッスーさんが両側を支える大きな手持ち鏡に映っていたのは……どう見ても男性にしか見えない私だった。

「ど、どうよこれ!?どうよ!?」

「完璧、完璧よぉぉぉぉ!!!」

 私も興奮してるけど、二人の興奮がちょっと最高潮過ぎるので少しだけ冷静になる。

 いつもと何が違うのかと言われると説明が難しいけれど、いろいろなところが少しずつ違うことによって、「男性っぽさ」が物凄く増している。

 そこへさらにこの衣裳……スーツだ。

 スーツと言ってもサラリーマンの皆さんが来てるような物ではなく、なんというか……執事が着てるみたいなイメージの、黒いパリッとした細身シルエットのスーツ。

 追加で長めの銀髪ウィッグを被せられ少し片目を隠しつつあちこち毛先を遊ばせている。

 ……なんていうか……一言でいうと、ホスト感が凄い。

「きゃぁーー!!もう最っっ高!!写真撮って良いわよね!!いやもう撮る!!我慢できないから撮る!!」

 言いながらもうスマホを構えて動き回りながらいろんな角度で連射を決めるなつみさん。

 ヤッスーさんも仕事をやり遂げた顔をしている。とても満足げだ。

 二人は大興奮だし、私も見事な仕事に感服しているけれど、一つだけ疑問が浮かぶ。

「なつみさんって、こういうタイプが好きなんですか?」

 個人的な印象としては、こういうチャラい感じの男の人はあまり好きじゃないと思ってたんだけど……。

「え?全然好きじゃない!!」

 合ってた!?

 あんまり好きじゃないどころか全然好きじゃなかった!!

「え、じゃあなんでそんなに興奮を…?」

「だって、普段全然そういうタイプじゃないなぎさ君が、こういう格好をしてるから良いんじゃないの!!」

 そういうものなのだろうか……?

 ヤッスーさんも首がもげそうなくらい激しく頷いている。

 どうやらそういうものらしい。

 アレかな、ギャップとかそういう話なのかな。

 ふむ……と考え込むために片手を顎に当てると……

「きゃー!!それいい!!すっごく良い!!死ぬ!!語彙力が死ぬ!!良すぎて語彙が死ぬ!!良い!!!ただひたすらに良い!!」

 なんだかポーズを決めたと思われた様子だ。

 写真なんてそもそもほとんど撮らない人生だったし、自撮りすらほぼしたことが無いという今どきの女子高生としては失格な私だけれど、この写真がインスタに載るのか……と考えるとさすがに棒立ちというのも格好つかないわよね……。

「あの、なんかその……男の人の映えるポーズとかって、どんなのがあるんですか?」

 とは言え自分で考えても思いつかないので質問してみると、なつみさんの動きがピタリと止まって、スマホのカメラ越しに見ていた私の顔を、直接じっくり見てきた。

「なぎさ君……初めて撮影に前向きになってくれたのね……!!アタシは嬉しい……!」

 涙こそ流れてないけど、泣きそうな顔で感動してくれるなつみさん。

 ……私そこまで後ろ向きだったかな……いや、うん、まあ、前向きでは無かったけど。

 そして二人の指示で色々なポーズをした。

 ズボンのポケットに両手を入れて、ちょっと顎を上げて斜め下にあるカメラを見下ろすような強気ポーズ。

 壁にもたれかかってみたり、腕を組んでみたり、床に座って女子の格好だとまずやらない大股開きで座ってみたり、四つん這いになって胸を寄せるみたいな動きをしたり、女の子座りをして頭上にあるカメラを見上げたりした。

 ……最後2つは完全に女子のグラビアポーズだよね……?と思ったけれど、なつみさんがめちゃくちゃに、それはもうめっちゃくちゃにテンションが上がっていたので、良しとした。

「ぐぎゃんがわいい!ぐぎゃんがわいい!!」

 というよくわからない鳴き声みたいな言葉を吐き出しながら息も絶え絶えだったので、止められなかったし。


「はぁーー!!最高!!今日最高!!」

 ひとしきり写真を撮ったなつみさんが、額の汗を拭きながら爽やかに声を上げた。

 なんだかさっきよりも肌ツヤが良くなってる気がするけど、きっとエステの効果が時間を経て出たのだろう、と思うことにする。

「ねえヤッスー、この眉ってさ」

「ああこれはね、男性用のアイブロウなのよ。やっぱり濃さと強い線がね…」

 そして二人は撮影した写真を見ながらメイクについて語り合っている。

 プロだ、プロの仕事だ。

 私はまだまだあそこの領域には到底辿り着けないけど、それでも一応ちゃんと話は聞いておいた方が良いよね……と座っていたベッドから立ち上がろうとしたその時だった。

 本当に突然、何の前触れもなく―――――私のお腹が、空腹を訴える音を部屋中に響き渡らせた。

 音量調整を間違えた時のスマホくらい大きな音が出た。ビクッとした。自分から出た音にビクッとした。

 私はあわてて二人の方を見ると――――あああっ!驚いた顔してる!!凄い音がしたな、みたいな顔されてる!!

 いやいやだってほら、この店には行ってからもう、なんやかんやで3時間も経ってるし!!

 12時にご飯食べても3時にはお腹がすく、人間ってそう言うものでしょ?だからおやつが存在するんだもんね!

 さらに私は今日ほとんど何も食べてない!一本で満足するバーと栄養ドリンク二本だけ!そりゃあお腹もすくってものですよ!

 とかいろいろ言い訳と自己弁護を頭の中で並びたてたものの―――――


 死ぬほど恥ずかしいんですけど!!!

 

 自分の体温が沸騰していくのを感じる……下手すれば蒸発するよこんなの……!!

 一瞬の沈黙の後、なつみさんとヤッスーさんがどっと笑い声をあげた。

 うん!それで良い!むしろ変に気を使って優しくされた方がつらかったから、これはもう笑ってくれた方が良い!!

「そっかそっか、考えてみればもうこんな時間だもんね。ごめんね。ご飯食べにいこ!じゃあヤッスー、今日はこれで終わりってことで」

「そうね、だいぶたっぷり時間使ったけど……ま、正規の料金だけでいいとするわ。本当ならオネエ高いのよ?その代わりと言っちゃあなんだけど……お店の宣伝、バッチリお願いねっ」

 バチーンと音がしそうなほどのウィンクを、なつみさんは「はいはーい」と軽くあしらいながら帰り支度を始める。

 けれどヤッスーさんも改めてそれ以上念押ししたりはしないので、その辺りは信頼が感じられる。

 ……とか言ってる間にも私の沸騰はまだまだ止まる様子を見せないので、一刻も早く外へ出ないとたぶん死ぬ。恥ずか死ぬ。

 とは言え、なつみさんを置いてさっさと外へ出るような礼儀知らずなことはさすがに出来ない。

 私は割と礼儀を重んじる女なのです。

 と同時に、彼女に恥をかかせない彼氏でありたいのです。

 その後も少しだけ二人は会話を交わすと、今日の分のお会計をクーポンと電子マネーで支払って、最後に私となつみさんが丁寧にお別れを言って外へ出た。

 最後までヤッスーさんは笑顔で手を振って見送ってくれた。

 良い人だし腕も良いのは間違いないので、きっと今後も何かお世話になる事があるだろうと思う。

 そうしてようやく外へ出ると……ああ、風が気持ちいい。 

 沸騰していた血液が少しずつ冷やされていくようで、ようやく少し落ち着きを取り戻す。

「じゃあ……ご飯食べよう!」

 なつみさんは満面の笑顔で、朝も見せてくれたサンドイッチ入りの籠を目の前に掲げた。

 数時間前に見た美味しそうなサンドイッチの映像が脳内に蘇ると……はしたない私のお腹は再び鳴き声を上げるのです……やめて!私のお腹!!

「ふふふー、実はアタシもお腹が減りました!じゃあ行こう!これでようやく、本当の目的が一つ果たせる!」

「本当の目的って……あ、VLOG!?」

 そうだった、今日はそれの日だった。

 いや別に忘れてたわけじゃないんだけど、いろんなことがあり過ぎて頭の隅に追いやってしまっていた。反省反省。

「今からデートってのもあまり時間は無いから、ピクニックにしましょう!公園でランチピクニック!場所の目星はちゃんとつけてあるからね!」

 言うなり私の手を取って再び走り出すなつみさん。

 さっきは引っ張られるだけだったけれど……今回は私もしっかりと手を握り返し、一緒に走る!

 引っ張られるだけじゃなくて、横に並んで走れる友達でいたいものね!

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