第20話 プロのお仕事
「おーい、そろそろ終わったー?」
そこへ丁度、ベストなタイミングでなつみさんが扉を開けて部屋に入って来たので、私はもう居てもたってもいられずに駆けだして、なつみさんに近づいて両手を掴む。
「へっ?な、なに?」
「なつみさん……私、なつみさんの事ぜったい幸せにするからね!」
「は、はい???な、ちょっ、へぇ??ど、どどどどどどうしたのよ急に!?」
なつみさんの顔がまたしても凄い勢いで真っ赤になっていくが、今の私は止まらない。
そのままの勢いで、グッとハグをする。
「はみゃみゃりゃゃゃ!!??」
どういう声なのそれなつみさん?
「絶対に、幸せにするよ……なつみ」
今のは彼氏として、私の……僕の最大限のイケボでハグをしたまま耳元で囁いた。
すると、急になつみさんが重くなった。
重く……重……なつみさん!?
手を離すと、全身脱力したなつみさんがへなへなと足元に座り込んでしまった。
なんだか顔もぽーっとしてるし、立ち上がれなくなってるみたい!
「ど、どうしたのなつみさん!?大丈夫!?」
「だ、だいじょう……だいじょうぶ……じゃない!!大丈夫じゃないわよ!もう、もーーうもう!!」
座ったまま小さな駄々っ子みたいに手をバタバタさせるなつみさん。
「お、怒ってるんですか?」
「おこっ……怒ってはいないわよ!!むしろ喜んでるのよ!!」
「……喜んでるんですか?」
「喜んでないわよ!」
「どっちなんですか!?」
困惑する私、混乱するなつみさん、そしてそれを見て笑うヤッスーさん。
私の初めてのエステはこうして幕を閉じたのでした。
……いや、エステってこういう事じゃないよね!?
「なーんだ、バレてたのね」
ひとしきり落ち着いた私たちは、改めてゆっくりと話し合いをすることになり、ヤッスーさんが私……というか「なぎさ君」の正体に気付いたことがなつみさんにも伝わった。
「そりゃそうよ。オネエ舐めんじゃないわよ。今まで積み重ねてきたメイクの中には男装メイクも山ほどあるのよ。それなりに上手く出来てたけど、メイク前の顔を割り出すのなんてプロには朝飯前なのよっ」
ふふんっ、とドヤ顔をしつつもクルっと回転するヤッスーさん。動きが軽やかでしなやかだ。きっと何かスポーツ経験者だな、たぶんだけど。
「あちゃー、これはしまったなぁ。連れて来るんじゃなかったかなぁ」
なつみさんはそう後悔を口にしつつも、その表情はなんだか晴れやかな笑顔だ。
「よく言うわよ。バレること前提で連れて来たんでしょ?あなたがこの結果を想像できない訳ないもの」
えっ、そうなの!?となつみさんの表情を伺っていると―――
「……バレたかっ」
と舌をペロっと出しておどけて見せられた。
……えっ、なんでこんな時でもそんな可愛い顔できるの。表情管理完璧すぎるでしょ。
正体バレであんなにも困惑してしまった私としては本来ならちょっと怒ってもいい話のような気もするけれど、可愛すぎて怒れない。
美人は得だぁ!!
でもその美を見て私も幸せな気持ちになってるので、結果的にありがとう。
「正直言っちゃうとね、誰かにしっかりメイクを習いたかったのよ。アタシの独学男装メイクも結構イケてるとは思うんだけど……やっぱり限界があるし。……となったらまあ……ヤッスーかなー、って」
「あらあらそれはどうして?どうしてこのオネエをご指名頂いたのかしら?」
とても嬉しそうに、そして煽るようにグイグイ詰めるヤッスーさんと、あからさまに嫌な顔をしつつも少し照れてる様子のなつみさん。
「うるっさいわね……適任だと思ったからよ、それ以外に何の理由が必要なの?」
ヤッスーさんから目を逸らしつつそう言い放ったなつみさん……口調は怒ってるけど本当は怒ってないのが丸わかりですよ。
私に対しては見せない態度……なんだかとっても新鮮。
そしてちょっとなんていうか……嫉妬……にも似た気持ちが自分の中に会ってビックリした。
いや、違うからこれは…!
友達、友達として、私より仲が良さそうでちょっと……さっきの初めての友達みたいな浮き上がった気持ちがそうさせてるやつだから!
わ、私が一番の友達なんだからね!とかそんなツンデレみたいなこと思ってるわけじゃないから!!ないから!!
え、なにこれ私なつみさんのこと大好きみたいじゃん。
いつの間にそんなことになってるの……?
自分でもさっぱりわからずに首を傾げて間にも、二人の会話は進んでいく。
「ふふーん、まあいいわ。オネエは全てお見通しなので。ちょっと待ってて、今最後の仕上げをするから。なぎさちゃーん、ちょっと顔上げて―」
「えっ?」
不意に名前を呼ばれて言われるままに顔を上げると、目の前にペン先があった。
一瞬ビックリしたけど、よく見るとアイブロウだ。どうやら眉毛を描こうとしてるみたい。
「はいじっとしててねー」
目を閉じた方が良いのかな……?とか悩んでる間にも、どんどんとアイブロウが目の付近に当てられていく。
目を閉じるのも空けるのも、自然にそっと触れる事で合図を出してくれるので全く迷わない。
これが、人にメイクをすることを仕事にしてるプロなんだなぁ……。
「―――ん、こんなもんかしらね」
作業はほんの数分で終わったようだけど、私はまだ鏡を見れていないので、どうなっているのか全く分からないでいるんだけど……なつみさんが物凄く目を輝かせている。
「うん、うんうんうん。うんうん!!さすがねヤッスー!!なぎさ君めっちゃイケメン!!!これこれ、これなのよアタシのやりたかったことは!!」
ご満悦だ。凄く興奮しておられる。
「写真、写真撮っていい!?良いわよね!?良いって言ってお願い!!ロック画面にするからー!インスタにあげるからー!」
「それだと恥ずかしいからちょっと嫌ですね!?」
「どっちが?インスタが?ロック画面が?」
「……どっちもです」
「どっちか許して!」
「……じゃあ、インスタなら」
「そっち!?」
「いやだって、インスタは『彼氏のなぎさ君』として載せるならそれはまあ……仕事のうちですし」
今の私は病院着みたいなゆったりした服を着ているので、これならまあ体型で性別がバレる事もないでしょきっと。
もしも私が巨乳だったらバレてた可能性はあるけど、幸いな事にその、スレンダーだからね。
幸いなことに!これは、幸いな事!!彼氏を演じる上で胸の小ささは幸いな事!
待って、違う、今問題はそこじゃない。落ち着いて私。
「だからまあ、インスタはともかく……ロック画面は完全プライベートじゃないですか……それはなんか……恥ずかしいです……」
なつみさんがスマホを開くたびに、私の写真がバーンと出て来るのかと思うと、すっっっっごい恥ずかしい!!
「むしろアタシとしてはロック画面こそ本命だったのだけど……!!……でもわかったわ……そこは折れるわ……インスタで最高に格好良いなぎさ君を紹介できる名誉に比べたら……!ロック画面にしなくても見ようと思えばいくらでも見られるわけだし……!」
いくらでも見られるのも恥ずかしいけれど……インスタにあげたら携帯からは写真消してください、とも言えないし言ったところでインスタに上がってるなら意味はないので諦めよう。
それよりも、だ。
「あの、写真撮るのは良い……というか了承しましたけど、その前に鏡見せて貰えませんか?私まだ自分で仕上がり見てなくて…」
「ああそうか、そうね。ヤッスー、鏡は?」
問いかけられたヤッスーさんはなぜかすぐに動かずにじっとわたしを見つめている。
な、なんでしょうか……。
「――――待って、どうせなら完璧に仕上げたいわ。なっつみんのことだから、ウィッグとか衣裳も持ってきてるんでしょ?それも含めてバッチリ決めたいわ。衣装に合わせてメイクも変えたいし、ウィッグもちょっと調節したい」
ヤッスーさんのその言葉を聞いて、なつみさんの目がらんらんと輝いていくのがわかる。
「それ!!それ最高!!天才ねヤッスー!!待ってて!!」
なつみさんは、古い漫画だったら足がぐるぐる回転してるくらいの猛ダッシュで一度部屋の外に出たと思うと、同じスピードでキャリーケースを引いて戻って来た。
「さあ!始めましょう!!」
興奮のあまりちょっと目が血走ってるなつみさんと、なんだか悦楽の笑顔を浮かべているヤッスーさん。
二人が、「ふふ、ふふふふ、ふふふふふ」と笑いながら迫ってくるのちょっとホラーだよ!?
ここから数十分……私は人生で初めて、着せ替え人形の気持ちが理解出来た気がしたのでした――――
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