第15話 外見という入り口。

 手を離しても私が付いてくるのを確認すると、どこかに電話をかけるなつみさん。

「すいません、今日これから行きたいんですけど、空いてますか……?そうなんですよ、すいません急で。……はい、はい、友達と二人なんですけど……あっ、いけます!?ありがとうございます!じゃあすぐ向かいますー!」

 何か話がまとまったみたい……?

「じゃ、行きましょ」

 と手を差し出してきたなつみさん。

 ……え?手を繋ごうってことなのかな……いやその、さっきは半ば強引に掴まれて抵抗はしなかったけど、改めて手を握ろうって言われるとちょっと照れるよ……?

 戸惑っていると、当たり前のように手を握ろうとしていたことに気付いて少し照れたのか、なつみさんの顔も赤くなっていく行くけど……

「んっ!」

 ともう一度手を差し出してきた。

 ……ひ、引かないつもりだ!

 ―――――んんんん……え、えい!!

 私は自分でわかるくらい不器用にぐいっと手を繋ぐ。

 ちょっと強く握ってしまったかな?と思ったけど、なつみさんはなんだかとても嬉しそうに「ふへへー」と笑っていたので、たぶん大丈夫だったのだと思う。

 そのまま隣に並ぶ……のはさすがにちょっとためらわれるので、少し後ろを歩きながらも手は離さない。

 ………そういえば私、女の子と手をつないで歩くの初めてだな……というか……家族以外とは初めてかも?

 女の子の友達は居たけど、あまりべたべたしないタイプの子とか、ちょっと照れ屋さんな子が多かったからな……なんか、不思議な感じ。

 今の私にとって堂々と友達だと言えるたったひとりの後輩のしーちゃんは、わりとグイグイくる子ではあるけど……手を握ったことは無かったな。

 そうか……今私、手をつないで歩いてるんだ……。

 ………………してないっ!

 ドキドキなんてしてないっ!

 女の子同士で手を繋いでそんなドキドキすることないでしょ?ないよね?

 だから気のせい、これはきっと、気のせい。


 頬が熱を持っているのは、少し強い日差しのせいにした。



「着いたわ、ここよ」

 10分ほど歩いて立ち止まったなつみさんが見上げたのは、雑居ビルの2階にかかっている看板……

「――――エステ?」

 そこには、『エステサロン ルアナラニ』という店名がお洒落な字体で書かれていた。

 ……なんでエステ……?

「ここはね、仕事で知り合ったメイクさんが独立して開業したエステなんだけど、前から来てって言われてたのよ。だから、丁度良いかと思って」

「……ちょうど良いかと思って……とは?」

 デートの予定がエステとは……どういうこと?

「あの、デートはどうなったの?」

「デートは中止。けどせっかく今日一日予定を取ってあるから午後にはまた別の事を考えてるけど……でもその前にエステ」

「どうして?」

「どうしてって……ほら、ちゃんと見て」

 なつみさんは、持っていたスマホの裏面を私に向けて来る。

 お気に入りのスマホケースは裏が鏡になっていて、ちょっと前髪直したりメイク直したりするのに便利なのだそうだ。

 なるほどスマホはいつでも出せる場所に入れてるだろうし、常に人目を気にする立場にあるなつみさんのような人にピッタリのスマホケースだな、と感心したものです。

 それを顔に近づけられたので、鏡に映った自分の顔を見てみると……うわぁ、我ながら酷い……むくみは時間経過で少し収まったけど、相変わらず髪はぼさぼさだし目の下の深いクマが出きてるし元々薄い二重だったまぶたが完全な一重になってる……ううっ、情けない!

「そんな顔で動画に映ったら視聴者さんが心配しちゃうでしょ。多少は化粧で隠せるけど、それよりもしっかりエステで肌ツヤから整えて貰いましょ?」

 言ってることは凄くよくわかるんだけど……でも……

「いや、そんな、私はエステなんて勿体なくて……」

 どうしてもエステは高級なイメージがあって、気後れしてしまうしそんな余裕はない。

 しかしなつみさんは、私の顔を両手で包み込み、真っ直ぐに目を見て来る。

「ダメよ、表に出る人間はね、自分を磨くことを怠ってはいけないの。今の時代ルッキズムだのなんだのと言われがちだけど、不潔、不健康そうに見える人より、綺麗で肌ツヤが良い方が絶対に人の目を引くわ。特に私みたいな……私たちみたいな仕事は、SNSで不意に流れてくる画像や動画をまず見て貰う必要があるし、サムネで興味を惹かなければならない配信も、外見は必ず付いて回るの。良くも悪くもね」

 それは……そうだけど……。

「でも、見た目だけが全てじゃないでしょう?」

「もちろんそうよ。でもね、見た目は、入口なの。最終的には中身が重要だけど、入口をしっかり整えれば整えるほど人は入りやすくなるし入ってくれる人が多くなる。だったら、綺麗にしない理由はないでしょう?」

 ……なつみさん程の見た目を持つ人が言うと説得力が凄い……!

 それに、中身が重要と言ったところで私たちのような素人……なつみさんは半分プロみたいなところだけど、そんな人間が自分たちで作ったものが本物のプロたちが本気で作ったモノにはやっぱりなかなか勝てない。

 もちろん、私たちの世代だからこそ作れるものもあるけど、大体は誰かがやってたものをアレンジするような企画が多い。数もこなさないといけないからね。

 そういう中で私たちにある強い武器、最強の武器は、このなつみさんのビジュアルなんだ。

 ……私がその足を引っ張る事は、絶対に避けたい……!

「わかった。確かになつみさんの言うとおりだと思う……けど、やっぱりお金がちょっと心配で……エステって、いくらくらいかかるものなの?」

 一回で1万円以上取られちゃうようなイメージがあるんだけど……それはさすがに痛い……!

「ふっふっふ……」

 なつみさんはそれはもうドヤ顔でちょっと鼻の穴を膨らませながらスマホを操作している。……鼻の穴が膨らんでても可愛いのはもはやバグじゃない……?


「これを見なさい!」


 どどーん、と以前テレビで見た古い番組を紹介する映像に出て来た、水戸黄門の印籠みたいに見せて来たその画面には―――――

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