第5話 二人の日常がはじまる。
「はーい、今日の撮影はこれで終わり。お疲れ様、なぎさ君」
「――――……ふわー、疲れたぁ……!お疲れさまでしたぁ……」
ここは、マンションの一室でありつつ撮影スタジオでもある部屋。
なつみさんが家の事情で部屋で撮影できないときはここを借りているのだとか。
私もここへは初めて来たけど、家と学校の途中にあるのでとてもありがたい。
「どう?もう撮影にも慣れた?」
「いやぁ……まだまだ……。毎回疲れ果てるよ……」
まさかの配信者デビューを決めてしまってから一週間ほどが経過していた。
あれからまさに怒涛というべき日々が続き何度か動画を撮影したが、一つ気づいたことがある。
「じゃあ、これから次の動画撮影のための打ち合わせと、SNSに乗せる写真の撮影と……衣装の方向性とかも決めたいわよね。あ、待ってて、何か飲み物持ってくるから」
……なつみさんは、ものすごく真面目だ。
インフルエンサーとかいう、具体的には何をしているのか外からはよくわからない職業だけど、毎日SNSは更新するし、動画の企画・撮影・編集も自分でやってる。
もちろん学校に通いながらだし、なつみさんは他にも読者モデルもやっているのでいつ寝ているのかと心配になるけど、本人が言うにはちゃんと寝ているらしい。
適当な気持ちで出来ることじゃない。
実際に一緒に仕事をしていても、並々ならない覚悟を感じることが多くて、正直ちょっと尊敬の気持ちすら抱き始めている。
「はい、なぎさ君。……あ、今はなぎさちゃんだね、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「ありがとう。じゃあ紅茶お願いして良いかな。……それと、撮影スタジオにいる間はなぎさ君で良いよ。ここにいる間は、私……僕はなつみさんの彼氏のなぎさ君。そうしよう?」
正直、そんなに簡単に切り替えられるほど器用でも無いので、そのくらいに割り切ってくれた方が助かる。
「そ、そう?えへへへへ。なぎさ君。はい紅茶」
なんだか凄い嬉しそうななつみさん。
なつみさんは凄く可愛いけれど、照れた時は可愛さと同時にちょっとニヤケ顔が凄いことになってしまう。
さっきは咄嗟に、これ画面に映していいのかな……?と思って手でなつみさんの顔を隠してしまったくらいだ。
「じゃあ、打ち合わせ始めるね。なぎさ君はやってみたい企画とかある?一応、アタシの企画ノートがあるから、この中から選んでくれてもいいし、それとは別に何かあるなら言ってね」
私がやりたくない企画を無理やりやらせるようなこともないし、スケジュールも私の都合を最大限汲んでくれる。
とは言え、なつみさんも忙しいから完全に私の都合だけで、というわけにはいかないけれど……そこは一緒にやっていくのだし私も出来る限り協力しようとは思っている。
……こんなに気遣いの出来る人なのに、最初だけなんであんなに強引だったんだろうと思ったりもするけど……まあ、強引でもない限りこの「役目」を引き受けることは無かったと思うから、そういう意味ではなつみさんは正しい選択をしたのだと思う。
私に内緒でカップルチャンネルにするといきなり発表したのはちょっとだけ恨んでは居るけどね……!
とは言え、最終的にやると決めたのは私自身なので、そこはもう言っても仕方ない。
少なくとも、自分ひとりでは決してやらなかったことを、頼れる相手と一緒に始めることが出来て、それが収入になるならそんなありがたいことはない。
まだ収益のお金は入ってないからどうなるかわからないけど、しばらくは頑張ってみる!!そう決めた!!
それからしばらく企画に対しての話し合いが続き、1時間後にはいろいろと形になった。
「うん、これで次の撮影でやる企画は決まったね。じゃあ次は……来週の月曜日ね」
10分前後のちゃんとした長い動画の配信は週三回。
そのほかにもショート動画とかSNSの更新とかもいろいろあって、撮影は週二回のスケジュールで一気に撮ってしまう流れだ。
ちょっとした動画は平日の放課後でも撮影できるけど、時間のかかるものは週末の休日を使って撮影する。
……私は撮影だけすればいいけど、企画の準備や編集もするなつみさんの自由な時間はちゃんとあるのか少し心配になる。
……これで私が収益を半分貰うの、さすがに申し訳ない気がする……。
以前にも一度その話はしたのだけれど、なつみさんは配信以外にもいろいろと収入があるので大丈夫、無理やり誘ったんだし半分貰って?と押し切られてしまった。
他に収入があるのは確かだろうけど、それが仕事量に対する正当な収入を受け取らない理由にはならないのでは……。
とは言え、3分の1とか4分の1となると、私としてはそれだったら普通にバイトしてもいいかな、となってしまうのも確かなので、申し訳ないと思いつつ甘えさせてもらうことにした。その分、ちゃんと役に立とう。
なつみさんにとって価値のある「彼氏」でいられるように努力するぞ……!
と、そこでふと私も話したいことがあったのを思い出す。
「そういえば、「なつき君」のキャラクターの事なんだけど……もうちょっとしっかり設定を作った方がいいと思うんだ」
「あー……そうね、それはアタシもそう思ってたけど……時間大丈夫?」
時計は夜の8時ちょっと前。
そろそろ帰らないと家で待ってる弟が心配するかもしれないけど……こういうことはなるべく早く決めちゃいたい。
「もう少しなら大丈夫、ありがとね、私の時間ちゃんと気にしてくれて」
「そりゃあ……彼女ですからね。彼氏のスケジュールは把握しとかないと」
言いながらニカっと笑うなつみさん。冗談っぽく言っているけど、そういうの本当にありがたい。
「うん、ありがとう。なつみちゃんは最高の彼女だよ」
ちょっと声を低く、「なぎさ君」としてお礼を言う。
「ひうっ……ど、どういたしまして……!」
なつみさんは恥ずかしがり屋さんなのか、わりとすぐに赤面する。
それがとてもかわいいので「彼氏」としては、その可愛さを引き出したくなる……!
「そんなわけで!」
「どんなわけ!?」
「私の中の「なぎさ君」は、普段はわりとおとなしくてなつみちゃんの方が立場が上っぽいんだけど、時々不意にイケメンな言動で彼女を照れさせてしまう……みたいな設定で行きたいんだけど……」
そこで私は小さな机の向こう側にいるなつみさんに向けて体を乗り出して手を伸ばし、顎を少しだけ持ち上げて――――
「……なつみちゃんは、こんな彼氏……どう思う?」
私の中の最大限の「男性の色気」を出して伝えてみる。
やってるこっちもだいぶ恥ずかしいなこれ!!
「ぴゃっ!うぴぴぴぴゃゃゃ」
なつみさんが変な音を出しながらフリーズしてる……どうやら効果的なようだ。
なつみさんがちゃんと魅力を感じてくれる彼氏じゃないと、見てる人たちにも良い彼氏だと思ってもらえないだろうし、とりあえずはこの路線で良いのかな……?
「ぷぴゃあ!な、なにそれ!?そんなのどこで覚えたの!?」
「あ、戻って来た。おかえりー。どこでって……たぶん、色々と呼んだ恋愛小説とか少女漫画とか、そういう中から作り上げた理想の彼氏……なのかな?ずっと格好いい人よりも、たまにこういうの出す方がギャップで良いかなぁ、って」
「恐ろしい子……!彼氏の才能が凄い……!」
……初めて聞いた言葉ね「彼氏の才能」。
喜んでいいのかな……?
「うん、アタシの彼氏が最高で嬉しいわっ!だから……それに恥じない最高の彼女になねから……アタシから、目を離しちゃやだよ?」
グイっと顔を近づけてくるあなたこそ、彼女の才能が凄いよなつみさん……!!
なんでこんなにドキドキさせるの!?
私今まで女子にこんな感情抱いたことないんだけど!?
……なんというか……私は恋愛というものに対して疎いという自覚がある。
異性にときめいたことはもちろんあるけど、それが恋かと言われるとよくわからない。
同時に、同性に憧れるという経験もあまりない。
なつみさんのように、ファンの多くが同性っていう有名人も何人かは知っているけど、どうしてそんなに同性に熱狂するのか理解はできなかった。
……でも、今はなんかわかる……!
だってなつみさんの可愛さ凄いもん!!
顔が良いだけじゃなくて、仕草の一つ一つが「可愛い」を形にしたような動きでありつつ、時には格好良さもあって、こんなの憧れるしかない。
こうなりたい、と一度は願ったことがある理想の女の子……それがなつみさんなんだ。
ヘタしたら嫉妬してしまいそうだけど……あまりにも遠すぎて嫉妬は一瞬で通り過ぎた。
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない……みたいな言葉をネットか何かで見た記憶があるけど、たぶんそれだ。
ここまで可愛いともう嫌いになるのも無理で好きになるしかないんだよね!
「じゃあ、最高の彼氏彼女になる為に、もうちょっと設定詰めてもいいかな?」
「なぁに?まだ色々考えてくれてるの?嬉しい嬉しい!」
「考えてるっていうか、基本的には素の私をベースにしつつ男の子として違和感が無いように――――」
結局話し合いは一時間以上続き、慌てて帰宅した私は待っていた弟に土下座で謝罪したのでした―――
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