第3話 秘密の始まりと秘密の日々。
よし、逃げよう。
くるりと体を回転させて歩き出した私の背中に、「待って!」となつみさんが抱き着いてくる。
それはもうがっちりと、ぎゅーっと抱き着いてくる。
や、柔らかっ!!えっ!?待って、何この背中に当たる感触……胸!?胸なの!?
あのさぁ……体は細くてスラッとしたスタイルなのに、胸だけはしっかり大きいっいなに!?なにがどうしたらそんなことになるの!?
私の持ってないもの全部持ってるじゃんこの子!!
可愛さ余って憎さ……憎さ……いややっぱ可愛いな!!
許容量を超えすぎると結局可愛さが勝つんだね!!初めて知ったよ!
「お願い、話だけでも聞いて欲しいの……!」
……くっ、私にはこの子を振り払うことが出来ない……!
仕方ない、話くらいは聞いてみようかな……。
「…………ストーカー?」
「うん、まあでもまだ家とか学校は特定されてないんだけど、毎日のようにDMが来たりしつこくコメントしてきたり……凄く困ってるの……」
校舎の壁に寄りかかって、うつむくなつみさん。
それだけでも絵になるな、凄いなこの子。
「そんなのブロックしたらいいんじゃない?」
「したよ、でもいくつもアカウントを作り分けたり新しく作ったりして来るから、きりがないの……」
そうなのか……有名になるのも大変なのね……。
「どんな事を言ってくるの?」
「基本的には好きとか付き合いたいとか結婚したいとかそういう事なんだけど……最近はなんか、妄想でデートして楽しかったね、とか……」
「うへぇ……キッツイねそれ……」
「でも、暴力的な事とか卑猥な事を言ってくるわけじゃないし、現実で付きまとってくるわけじゃないからなかなか対処が難しくて……」
まあ確かにそのくらいだと、警察とかも動いてくれないだろうなぁ……。
「親とかには相談したの?」
「親はダメよ。……親は……アタシがこういう活動をしてる事に否定的なの。変なのに付きまとわれてるなんて知られたら、やめさせられちゃうよ」
「……うーん、気持ちはわかるけど……でも何か危ないことが起きてからじゃ遅いんじゃない?ちゃんと大人に相談した方が……」
「事務所の人には相談したのよ?でも、そのくらいは有名税だから我慢しなさいって。熱心なファンなのは間違いないから良いお客さんだ、って」
それは………事務所としては良い客かもしれないけど……なんかあった時に責任取ってくれるのかなその事務所……。
「大変だとは思うけど、話を聞いた限り私に手伝えることではないんじゃないかな……そりゃ体育会系ではあるけど、男の人が本気で襲ってきたら守れる自信ないよ?」
「あ、違うの、その……ボディガード的な事じゃなくて、その、アタシの彼氏として、一度だけ男装して配信に出て欲しいの」
「―――――ん??なんて??配信……に?私が?」
なんでそうなるの???????
「考えたんだけど、そういう人が寄ってくるのってやっぱりアタシに彼氏の陰が見えないのが大きいと思うの。だから、ある時そういう人たちをみんな追い払おうと思って、彼氏いるよ!って言っちゃったのね?」
……なるほど、それがどの程度効果的なのかはよくわからないけど、彼氏が居るとなったら去っていく男性ファンが居るというのは何となく理解出来る。
「でも、居るなら姿を見せろっていう流れになっちゃって……アタシもムキになって、じゃあもう毎月月末にやってる月一の生配信に彼氏連れて来るから!って……」
「……言っちゃったんだ……」
「……言っちゃった♪てへぺろっ♪」
可愛いけども!迂闊ですね!!
「でもそれなら、誰か男の人に頼んだ方が……」
「誰に?アタシの身近な男子なんて、みんなアタシのこと狙ってるし、この学校の誰かを選ぼうものなら、そいつと付き合ってるなんて噂が広がるじゃない。嫌よそんなの」
………みんななつみさんを狙ってるというのがあながち言い過ぎでもないのが恐ろしい。
でもまあ確かに、学校の誰かを選ぶというのはだいぶリスクが高いのも確かかも。その人がSNSとかやってたらすぐに嘘がバレそうだし。
「だとしても、なんで私なの? なんか接点あったっけ?}
話したのも今が始めてだと思うんだけど……。
「前に、演劇部で男装してたの思い出したの! 外見も完全に男に見えたし、声もわりとハスキーだからごまかせるし、恋愛小説とか書いてるって聞いたから、男の人のセリフも考えられるでしょ?なによりも男のなぎさくんは実在しないから、特定されて嫉妬したファンに変な事されたりもしない!完璧じゃない?」
「それは……そう……なのかな?」
理に適っているような、そうでもないような……。
「お願い!一回だけでいいの!ちゃんと彼氏が居るってみんなに見て貰えたら、それできっと納得してくれるから!お願い……!私を助けて……!!」
ううっ……そんな涙目で言われると……断りづらいなぁ……。
「……い、一回だけ、ですよ?」
思えば、あの瞬間が運命の分かれ道だったんだ……。
「なっつみん☆と!」
「な、なぎさの!」
「「ななつぎチャンネルー!!」」
そして今日も私は……いや、僕は動画を撮影している。
なんだかんだとカップルチャンネルとしてファンも増えて来たし、実際にあれからなつみさんにしつこく言い寄ってくる男は減ったらしい。
けど――――こんなのいつまで続けられるんだろう?
もしもバレたら、きっと炎上とかするんだろうなぁ嫌だなぁ。
なにより、今このチャンネルの収入が私の家族を支えている……!
絶対にばれないようにしなくっちゃ……!
「ねー、どうしたのなぎさくん、ぼーっとしちゃだめだぞ♪」
唇が近づきそうなくらいに顔を近づけられて、思わず心臓が跳ね上がる。
「―――……ん?どしたの?」
首を傾げて上目遣いで見つめて来る視線……なんなのよ、なんでドキドキしてるのよ私は……!!
ただ、お金の為にやってるんだから……別になつみさんと一緒に居たいとか、思い始めたり……してないんだからー!!
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