第8話 懲罰委員会

「はぁ、疲れた〜」


 解放された頃には既に、太陽は沈んで辺りは暗くなっていた。照明の光を頼りにまだ慣れない育成学校の内部を歩き、やっとの思いで家に辿り着いた時には既に20時を超えていた。普段なら、ご飯とお風呂を済ませ団欒している時間帯だろうか。


「おかえりなさい、ずいぶんと遅かったじゃない。」


「あぁ、ただいま、色々な奴らに振り回されてな。少し、いやだいぶ遅くなったわ。」


「その腕章っ!もしかして・・・・・・」


「成り行きでな、俺は断ろうとしたんだが、逃げきれなくて・・・・・・」


 俺の左腕には、懲罰委員会の生徒である事を示す腕章が巻かれていた。俺の必死のお願いは残念ながら実らず、懲罰委員会の一員にさせられてしまった。

 一体何処で間違えたのだろうか、できるだけ面倒事は避けるように動いているつもりなのに、次から次へと面倒事の方からこちらにやって来るのはどうしてだろうか。


「そう。疲れているようだし、とりあえずお風呂に入って来る事をおすすめするわ。」


「あぁ、そうさせてもらう。」


「お風呂ならもう沸いているわよ。出たらご飯にしましょ、今日はあなたの当番の日だけど帰って来るのが遅かったからもう作ってしまったわ。」


 ルーシアはもう既にお風呂に入ってしまったらしく、彼女はパジャマ姿で俺を出迎えた。とても可愛いらしく、思わず動揺してしまいそうになったが、今はそんな事よりも自身への疲労の方が大きかった。そこで俺は、素直に彼女の言う事に従う事にした。


「あ、あぁ、何から何まで悪いな。助かる。」


「別に。これは単なるついでだから、感謝される筋合いはないわ。」


「そうか。」


「えぇ・・・・・・」


「でも一応、どういたしましてと伝えておくよ。ありがとな。」


 そう伝えて、俺は脱衣所へと足を運んだ。

 こういう面倒事に巻き込まれた時は、温かいお風呂に入ってゆっくりするに限る。向こうの世界にいた時もそうだったが、現実逃避したい時はお風呂が一番なのだ。


「ふぅ・・・・・・」


【ずいぶんとお疲れのようね、健斗。】


 湯船に浸かってひと息入れると、俺の契約相手であるルキフェルが声をかけて来た。いつの間にか姿を顕現させた彼女は、深紫色の髪を頭の上で結ぶと、俺の隣に腰を下ろしていた。もちろん、その美しい身体を隠すモノは何も付けていない。もう何度も彼女と一緒にお風呂に入っているというのに、未だに慣れないのは仕方のない事だろう。


「おいルキフェル、お前サラッと一緒に入るなよ。」


【仕方ないでしょ。こうでもしないと、私はお風呂に入れないんだもの。】


「一緒に入るこっちの身にもなってくれよ。」


【別に私は気にしない。まぁ、健斗以外に見せるつもりは無いけどね。】


「はぁ・・・・・・」


 俺と出会った結果、ルキフェルはお風呂と出会い、ハマった。ハマって抜け出せなくなった。その結果、こうして時々俺のお風呂タイムに乱入してきては、風呂を楽しむようになった。


【そう言えば一つ、伝え忘れていた事があったわ。】


「何だよ改まって。」


【私は別に、貴方の生き方に口を出すつもりは無いわ。でも一つだけ、貴方も私も万能じゃ無い。1対1ならば負ける気がしないけど、世界が敵に回ったとなったら、流石の私でもどうにもならないわ。】


「そこはわかっているよ。」


 俺は、ルキフェルの事を誰よりも信じている。だからこそ、彼女の心配している事がよくわかった。そして、何故心配しているかも・・・・・・


【力に溺れて人類と敵対するような事はしない事をおすすめする、私と同じようにならない事を祈るわ。】


 そういう彼女の声は、何処か寂しそうに聞こえた。



 *



「こんばんは、父さん」


「聞いたよ明日人、失敗したんだって?」


「はい・・・・・・」


 父親である藁科結人の家へとやって来た明日人は、今日起きた出来事の報告を行った。健斗を風紀委員に取り込む事に失敗し、魔法協会に取られた上で懲罰委員会に入る事を許してしまった。


「そっか、それは残念だったね。まあでも、有栖川さんのところで鍛えられれば、良い魔法師になるんじゃないかな。まぁ今のままでも十分強いみたいだけど。」


「父さん・・・・・・」


 明日人は、申し訳なさそうに下を向いた。魔法協会に先を越されてしまった事自体は、それほど悪い話では無い。日本魔法協会は、今の所信用できる。彼らは、日本の利益の事を第一に考えているし、国を裏切るような事は絶対にしないと言える。

 でもできるなら、明日人としては同僚になりたいと思っていた。健斗は、友達を作るのが苦手な明日人にとって唯一と言っていい親友であったからだ。


「それにしても、あの可愛いかった健斗君がこれほどまでに成長するとはね。それで、どうしたい?彼を連れ戻したいかい?」


「いいえ、健斗が自分で選んだ道なら、応援してあげたいと思います。」


 健斗の未来を上手く誘導する事はしても、無理やり方向転換させるような事はしたくなかった。彼が道を外しそうになっているとかならともかく、魔法協会なら文句はない。


「そう。じゃあ仕事の話はこれぐらいにして、今日もゆっくりしていきなさい。」


「やだよ父さん。父さんの家に泊まると、母さんのせいでいつも遅刻するじゃん。最近は健斗が学校にいて楽しいし、今日は帰るよ。母さんによろしく言っといて。」


「わかった、咲夜さくやには僕の方から言っておくよ。じゃあな、気をつけて帰れよ。」


「うん、ありがと。」


____________________________

どうでもいい話

スキンヘッド先輩が風紀委員会の下っ端になった頃、我らが主人公は懲罰委員会の下っ端になって働いておりました。

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