第14話 複雑なロジック

「私、彼と婚約したい。」


「「は?」」


 その選択は、完全に俺の想像の外側であった。というより、考えてすらいなかった。


「嘘だろルー!おい!嘘だと言ってくれ!」


「お前は一旦黙ってろ。」


「うっ・・・・・・」


 ルーシアの父親が混ざると話がさらにややこしくなると判断した俺は、もう一度彼に催眠魔法を施した。今度もちゃんと効いたようで、ルーシアの父親はその場でパタリと倒れた。

 相変わらず、魔法への耐性が無い相手には効果抜群で超便利。と、自分の魔法が上手くかかった事に関心している場合ではない。


「あ〜ちょっと待て、いやだいぶ待て。何だ今のは。」


「何って、婚約よ。」


「誰と誰の?」


「私と、貴方の。」


「は?」


 ・・・・・・俺の耳がおかしいのだろうか。それとも俺の脳がおかしいのだろうか。いや、きっとおかしいのは彼女の発言だろう。


「正気か?」


「正気よ。」


「そうか、正気なのか。」


「えぇ。」


「・・・・・・どうしてこうなった。」


 俺がそう尋ねると、ルーシアはいっさい動揺せずに答えた。どうやら冗談や何かの間違いとかではなく、マジな話のようだ。

 俺は正直、すぐには理解ができなかった。というか、今でも理解できていない。どのような思考回路を持っていたらそのような判断ができるのだろうか。


「お父さんは、私が嫌々あなたと同部屋になっている。もしくは、あなたが無理やり同部屋になろうとしていると思っているでしょ?」


「あぁ、大方、その二つのどちらか、もしくはその両方だろうな。」


「つまり、私があなたと同じ部屋になることを望めば良いのよ。」


「な、なるほど?」


 ルーシアの言葉を聞いて、だんだんとその意図が分かってきた。


「つまり、恋人のフリをすると言うことか?」


「そういう事よ。どう?名案だと思わない?」


「なるほどな。」


 言われて、俺は頭の中で考える。

 ルーシアの父親、アレン=ハーンブルクはS級魔法師であり、ドイツの顔とも言える魔法師だ。そんな彼が、長い時間ここに留まるとは思えない。仕事は大量にあるだろうし、国家の最高戦力であるこの男が長時間国外にいることを、所属先であるドイツ政府やドイツ魔法協会が認めるわけがない。おそらく、長くても2、3日の間時間を稼ぐ事が出来れば、彼は帰国する事になるだろう。

 だが、一度帰国させる事に成功したとしても、1週間後辺りまたやって来て、また校舎や施設をぶっ壊されたら意味がない。

 だから、俺たちに求められている事は、ルーシアの父親が納得した状態で帰国してもらう事だ。そして、来ないような状況を作り出せばいい。


「確かに、お前の父親が帰るまでの間、頑張って演技して納得させれば・・・・・・」


「安住地がゲットできるってわけよ。」


「安住地って何だよ。まぁ間違ってはいないけどさ。」


「じゃあ早速作戦を始めましょ。」


「あ、あぁ・・・・・・」


 言われて、俺は睡眠魔法を解除した。同時に、目が覚めるように促す。すると、数秒で、ルーシアの父親は目を開けた。


「ここは・・・・・・」


「気付いた?お父さん。」


「あぁ、良かった、アレは夢だったのか・・・・・・。そうだよな、俺のルーが、あんな事言うわけないよな。」


 どうやら、先ほどまでの出来事は夢だったと思っているようで、彼は1人で安堵していた。残念、お父さん、ちゃんと現実です。


「突然で悪いけど、お父さん。伝えなければいけない事があるの。」


「あぁ、言ってみろ。俺はルーのためなら何だってしよう。」


 この流れ、何処かで見た事があるなと思いながら、俺は2人の会話に注目した。

 そして今度は計画通りに、ルーシアは核弾頭を投下した。


「私、彼と結婚したい。」


「は?」


「・・・・・・」


「嘘だろルー!おい!嘘だと言ってくれ!」


 ルーシアの父親の顔が、一瞬で真っ青になった。もちろんこの顔を見た事がある。

 前回はここで俺が催眠魔法をかけたが・・・・・・


「お父さん言ったよね、私の恋人になる男は、お父さんよりも強い人じゃないとダメだって。」


「あっ・・・・・・」


「健斗は私にあまり興味がないみたいだけど、私は彼に恋しているの。」


「あっ・・・・・・」


「今は無理だけど、絶対に振り向かせたいの。だから、私の事を応援してくれない?」


「あっ・・・・・・」


 計画には無いセリフの数々、その一言一言の威力は強力で、ルーシアの父親のメンタルをぶっ壊した。嘘だとわかっていても、思わず騙されてしまうようなルーシアの演技は、まるで本当に俺に恋しているかのような仕草であった。

 あいつ、友達いないのにすごいな。


「本気なのか?ルー」


「えぇ、本気よ。嘘じゃないわ。」


「わかった。ならば俺も覚悟を決めよう。」


 そう言ってルーシアの父親は、静かにその場を立った。先ほどまでの、今にも自殺してしまうんじゃないかと思うような負のオーラは消え去り、今はいっそ清々しいような顔をしていた。


「いいか、ルー。お前に初恋の相手ができた時、お前の母親から伝えるように言われている事がある。絶対に逃すな、だそうだ。」


「お母さん・・・・・・。えぇ、わかったわ。絶対に、振り向かせる。」


 ルーシアの父親は、そのまま部屋の玄関の方まで歩くと、俺たちに背中を向けたまま言った。


「じゃあな、ルーシア。良い報告を待っている。」


「えぇ。」


 ルーシアが返事をすると、ルーシアの父親は玄関の扉を開けて外に出た。そして、こちらを振り向かずに、出て行った。

 ミッションコンプリート、どうやら作戦は大成功のようだ。


「素晴らしい演技だったよ。」


「ありがと。」


「演技は得意なのか?」


「いいえ、苦手よ。」


 俺が尋ねると、ルーシアはとびっきりの笑顔のまま、そう答えた。

 どれだけ自信がないのだろうか。



 *



「2人を同部屋にしてみたけど、凄く面白い事になったね。」


「アレ、お兄ちゃんの仕業だったの?」


「本当は、ルーシアと戦わせて健斗の実力を測るのが目的だったんだけどね。僕が想像していたモノよりも、だいぶ面白くなっているようだね。」


「お兄ちゃん・・・・・・」


 それにしても健斗のあの一撃、惚れ惚れするレベルで凄かったなぁ〜

 この4年間、一体どこで何をしていたんだろう。


 ___________________________

 どうでもいい話

 偶然ではなく必然だったかも。

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