四つの事故

完全に修理が終わっている状態ではない大広間には時々隙間風が吹いた。

しかし、そんな寒さを感じさせないほど一同は熱気を帯びていた。

先程の告白のあと、泉美と氷佳琉の両側には警察官が1人づつ待機した。


「さて、僕の集めた情報によれば、もう一人犯罪を指摘しなければいけない人物がいます。その人物は四つの事故に関与し、若月一郎弁護士を毒入りタバコで殺害し、清照くんに化けた黒部幸造を殺害した人物です」

すると土田は別の資料を手に取った。しかし、上下逆さまに持ってしまい。急いで持ち替えた。

「その人物の行動を振り返りましょう。まず、若月弁護士を利用して遺言状を先に見ることができたのです。するとその人物が命を狙う必要があるのは二人。清武くんと清智くんです」

その刹那。一部の人間は犯人に感づき、その人物に視線を向けた。

立華に関しては、話を始めた瞬間からその人物を凝視していた。流石にはやとちりである。

「でも、ブレーキとボートで命を狙われたのは新菜様でしたよ」

新館が質問を挟んだ。

「ええ。その事が僕を悩ませていました。でも調査によって簡単に導き出せました。まずブレーキ事故ですが、清武くんの車で起きています。新菜さんを狙ったのではなく、清武くんを狙っていたら新菜さんが偶然乗り込んだという見方も出来ます。

次に、ボートについて。二槽のボートのうちひとつに新菜さんは乗りました。あのボート小屋に停めてあるのは新菜さんのボートと清智くんのボートです。そして、事件当時はバタバタして気づきませんでしたが新菜さんがあの日乗っていたのは清智くんのボートだったんですよ。この時点で清智くんを狙ったとわかる。

では遺言状が読み上げられて、次に狙われたのは確実に新菜さんでした。それについてはカモフラージュであり、犯人の目的が変わったのです。今までは財産の全てを自分の息子に相続させるために邪魔な清武と清智を狙っていましたが。多少財産が減ったとしても、新菜さんを狙う方が楽だと考え、マムシを仕掛たのだと思います」

この時の清照の表情は一言では言い表せないほどに崩れていた。

「清智くん寝室の放火についてはおそらく前から決めていて、実行のチャンスがなくマムシの後になったのだと思います。あくまでも想像の域を出ませんが。

ちなみに証言も得ました。AZAGAMIの長野工場で働く社員が、ブレーキ事故の先日に犯人が工具を持ち出すのを見ており、ボート沈没の前日には、金属や木材に穴をあける工具を持ち出しているのを見ていました。さらに、マムシについてはその日の朝方、キノコ取りをしていたご夫婦が山から下っている犯人の姿を目撃しています。犯人はこの町の人なら知らない人のいない有名人。あの儀兵衛さんの娘さんですからね。記憶にも残るでしょう。それに、静ヶ原は噂や情報の伝達が速い。それほど調べなくてもある程度事実に近づけました」

すると、土田は資料から目を離した。

「朱音さん。四つの事故はあなたが起こしたんですよね」

朱音は落ち着いている。タバコを吹かし始めた。

「まあ、土田さんなんてことをおっしゃいます。どれも事故ですよ。不慮の事故にすぎません」

朱音は認めようとしない。

立華は先入観から、当初より朱音を怪しんでいた。しかし、先入観通りだったので驚いていた。

「では、黒部幸造についてです。最も動機が不明なこの殺人。実はAZAGAMIという会社自体が大きく関わっているんですよ」

すると、土田は話すのを止めた。そして、廊下側に耳をすませるようにした。

「そろそろなんだけどな。おかしいな、皆さん楽な姿勢でお待ち下さい」

土田は訳の分からないことを呟くと、キョロキョロしている。何かを待っているのだろうが、姿勢を崩す物など1人もいなかった。


沈黙が続いた、土田だけが何かを待っている。

その時だった。阿座上家の電話が鳴ったのだ。土田は走って電話を取りに行く。

三分ほど待たされただろうが。ついに一同の中には正座を崩す者も現れた。

「朱音さん。やっと最後の情報が届きました。僕の元上司に沖沼警部と比々谷警部と言う人がいるんですが、AZAGAMIの東京工場と名古屋工場を調査し、武器製造。兵器製造。海外への輸出などについて摘発したようです」

その時の反応はバラバラだった。朱音はさすがに動揺し、同じ秘密を共有していたであろう黄名子、蒼葉、辰吉は顔を真っ白にした。

その息子達と新菜は武器製造という単語に氷つくほど驚いていた。

「どういうことです!AZAGAMIは真っ当な精密機器製造会社ですよ!そんな事有り得ません」

朱音は最後の抵抗に出た。しかしその姿は虚しかった。

「朱音さん、諦めて下さい。これが黒部幸造殺害の動機です。同時に進之助さん殺害にも大きく関わり、泉美さんの爆弾の入手経路にも繋がります」

立華は状況が理解出来ていないようだった。

「土田くん。説明を頼むよ俺にはさっぱりだ」

「ええ。まずは僕が若月弁護士から受けた依頼について話さないといけません。若月弁護士はAZAGAMIの武器製造について調べて欲しいという手紙を僕にくれました。おそらく、自分でも調べていたんでしょう。そこで、朱音さんに遺言状を見せてくれるように頼まれた。その時に交換条件として武器製造について教えて貰ったんだと思います。もちろん武器製造について奉公会と阿座上家の人々以外に知られてはいけません。その結果若月弁護士はタバコに毒を仕掛けられて殺害された。

次に、黒部幸造は火災直後、消防に通報できませんでした。進之助が止めたんです。なぜなら黒部幸造の務めていた名古屋工場には武器製造の部署があり、黒部はそこで勤務していました。武器を製造している部署で火災が起きました。消防に通報しますか?しませんよね。それにより被害は拡大した。

泉美さんの爆弾の入手経路ですが、もちろん長野工場にも武器製造部署はあるはずです。おそらく長野工場から始めた事業なので。そして、爆発の数日前に泉美さんが長野工場に出入りしているのが目撃されています。工場内に、阿座上家にも来たことのある従業員がおり、あなたの顔を覚えてました。

さて、肝心な黒部殺しですが…」

すると土田は獲物を狙う鷹のように朱音を見つめた。

朱音は身体を硬直させている。

「あなたは信一くんの次に清照くんに化けた黒部に比較的早い段階で気がついたんじゃないですか」

「ええ。清照とは違う点が多すぎましたから。食べ物の好みだとか、体型だとか」

新館は耐えきれなくなったように質問した。

「では、なぜ朱音様はその事を誰かに言わなかったのですか」

「それは、朱音さんは言えなかったんですよ。黒部は進之助殺害の目的を果たすまでは、阿座上家にいられるように、武器製造をネタに朱音さんを脅していたんです」

立華と新館は納得した。

同時に、黒部殺害の動機もうっすらと見えた。

「しかし、黒部は目的を果たすと金でも欲しいとゆすったのかも知れません」

「ええ。その通りです」

朱音は諦めの色を見せて口を聞くようになった。

「そうでしたか。それで金を渡す訳にもいかず殺害した。そう言うわけですね」

「土田くん。その殺人については証言はないのか、物証はないのか」

立華はまくし立てるように言った。

「まあ、ないですね。もし、物証もしくは証言できるという方がいたら手を上げて下さい」

土田のまるで教師のような言い方に一同の力は抜けてしまった。

しかし、土田はしっかりとある人物を見つめていた。

それは清照である。

「清照くん。何か言いたそうですね」

「その。僕は…」

「清照くん。君は顔を隠して阿座上家に侵入し、その後塀を飛び越え外に逃げたと見せかけて菊畑に隠れ、その後寅丸くんに匿って貰ったと言っていたね」

清照は頷き、顔を伏せた。

「その時間に菊畑にいたとすると、目撃したんじゃないかな。朱音さんが黒部を殺害する瞬間を」

立華はあまりに酷だと思った。息子が、母の犯罪の証言者であると、土田は言ったのだ。

「はい。僕は見ました。母が包丁で黒部を刺すところを」

清照は諦め、涙を流しながら告白した。

息子は母の犯罪を認めたのだ。

これまで、こと事実を隠していることがどれだけ辛かっただろう。土田には想像もつかない。

「ええ。仕方ないわ。全てを認めます」

朱音は潔かった。もちろん、黄名子と蒼葉は憎悪に満ちた黒い目を向けている。

一同には衝撃が走った。儀兵衛が死んで以来、実質的に阿座上家を仕切っていた朱音は殺人犯であり、清武、清智、新菜を殺そうとしていたのだ。

「犯人はわかりましたが。まだ全てが終わった訳ではありません」

土田が静寂を切り裂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る