復活と出生の秘密

その吉報が土田に伝わったのは、立華がピアノ講師の坂手紀子を紫崎琴海と疑った翌日の事だった。

土田にかかってきた電話の主は新館であり。彼はとても興奮した様子で土田に話し始めた。

「土田さん。清武様の意識が戻られたようです」

「ほんとですか!それは良かった」

「骨折が酷いようですが脳などには問題もなくいつものように威勢よくしているようです」

「分かりました。さっそく病院にむかいます」

「それは大丈夫です。立華警部にも連絡しましたが土田さんを迎えに行くと言ってましたので」

「おお。それは助かります。連絡ありがとうございます」

土田は清武に関係する資料を鷲掴みにしてカバンに詰め込むと宿の前で立華を待った。

するとパトカーはかなりのスピードで土田のもとにやってきた。

「土田くん。聞きましたか」

「ええ。清武くんの回復ですよね。話を聞きに行きましょう」

土田は助手席に乗り込むと、パトカーはおそらく法定速度を超えたスピードで走り出した。


「さすが清武くんといったところですな。もう、威勢よく看護師や医者に文句を言ったり、暴れたりしているそうだよ」

それはいいことなのか、土田は一瞬戸惑ったが、狂気こそ彼の正常なのだ。

「それは良かった。にしても彼は重要な証言者です。氷佳琉さんが一連の犯人であるか否かそれは彼の証言ひとつで大きく変わると思います」

土田はそう言うと。外の景色に目を向けた。


「俺はもう大丈夫だ。家に帰らせてくれ。上手い飯が食いたいんだよ!そこの看護師、この足のやつを外してくれ、歩きにくくて仕方ない」

遠目からみた清武は病み上がりとは思えなかった。前以上に威勢はよく。想像以上に病院に迷惑をかけていた。

土田は重要な参考人と知りながらも、近づきたくなかった。

しかし、清武が先にこちらに気づいてしまった。

「土田さん。立華警部久しぶりじゃないですか。俺を襲ったヤツは捕まえましたか」

「まあまあ、清武くん。部屋で落ち着いて話そうか」

警部がなだめる。まるで暴れ犬とその飼い主のようだ。

「もちろんです警部。酒でも貰ってパァーっとやりましょうよ」

「酒はまだ早いと思うぞ。とりあえず部屋へ行こうか」

そんなやり取りのあと。新館も到着し取り調べが始まった。


「清武くん。襲われた時の状況を教えて貰えないかな」

土田は出来るだけゆっくり落ち着いた口調で質問した。

清武の反応は鈍い。もしかすると殴られたショックで記憶が飛んでしまったのかもしれないと思った。

だが、狂気の役者はそんなに弱く無かった。

「ああ。覚えてますよ。高那神社近くの茂みからヤツは飛び出て来ました。俺は後ろに目はついてねぇ。だから気づかなかったんです。初めの一撃は頭に当たりました。でもそんなに強い力じゃなかった。だから俺も反抗に出ました。殴られながらタイミングをよんで棍棒を掴んで、引っ張るとヤツの右の前腕に噛み付いてやったんだ。それこそ血が出るほどな、そしたらヤツは獣のように声をあげてますます強く殴ってきた。流石にそこで意識を失ったってわけです」

彼の語った内容は常軌を逸していた。

暴漢に噛み付くとは、さすがである。

血が出るほど噛んだと言う証言を聞いて土田は倒れていた清武の口からかなりの血が出ていた事を思い出した。

あれは犯人の血だったのだ。

「分かりました。では犯人の顔を見ましたか」

「顔は隠してたから見えなかった。でも、叫び声は女だった」

これは重要な証言である。阿座上家の一族もしくは関係者で女性の右腕を調べれば犯人は一目瞭然というわけである。

「よし。署に連絡して氷佳琉の右腕を調べさせろ」

立華は素早く近くの警察官に指示を出した。

すると病室を飛び出した警察官と入れ違いで黄名子と七清が入ってきた。

「おや。黄名子様に七清様。清武様はお元気ですよ」

新館は席を立つと二人を案内した。

土田も聞きたいことはもうなかったので席を空けて、家族三人の再会を見守る事にした

「もう。お兄様のバカ。ほんとに心配したんだから」

七清が清武に近づきながらそう言う。

清武も大口を叩くことはできず、「迷惑をかけてすまない」と七清と母に向けて謝った。

「良かったわ。夫とあなたを失ったら私どうしていいか分からなかった」

黄名子も元気な息子を前に涙が滝のように流れた。

「母さん。心配してくれてありがとう。ところで快気祝いのフルーツはないのかい」

狂気の役者はこれが正常である。七清は笑い。黄名子も涙を拭って笑顔を見せた。


立華のもとに警察官が戻ってきた。

「報告ご苦労」と立華は警察官を労うと、土田と新館のもとに歩み寄った。

「氷佳琉の右腕には傷など無かったらしい」

と囁くようにいった。

「つまり、清武様を襲ったのは別の人物と言うわけですね」

新館が難しそうな顔に戻る。

そんなわけで、家族の再会の後ろでは新たな謎が浮かび上がってしまったのだった。



「氷佳琉さん。もし誰かに指示をされて清照さん、清智さん、新菜さんを襲ったのだとしたらその人物を教えて下さい」

土田は立華と共に氷佳琉の取り調べをしていた。

「わかりません」

氷佳琉はどんな質問にもこの調子である。

目には光が灯っていない。何もかも諦めているようだ。

「では質問を変えますよ。桜谷孤児院での生活について教えて下さい」

すると、突然氷佳琉は震え出した。

「あそこは地獄みたいな場所です。職員はすぐに変わり、ご飯もろくに与えられず、暴力も日常茶飯事でした。夜になると狭い部屋にギュウギュウ詰めで寝て、朝は叩き起こされました。それに、院内にはいじめもあった。厳しい上下関係がありました。思い出しただけでも恐ろしい。立華警部、もしこの現状が変わっていなければ調査して下さい。そして子ども達を救ってあげて下さい。お願いします」

土田たちは圧倒的された。

さっきまで、全てを投げ出し虚無の表情をしていた氷佳琉があまりにも饒舌になったからだ。

それにとどまらず、やはり桜谷孤児院は酷い場所である事も分かった。

この前の院長は氷佳琉がいた頃とは変わっているだろうが、酷い環境であったことは土田も立華もよく承知していた。

「ああ。俺たちもこの前行ってきた。孤児院で暴力行為などがあればもちろん。桜谷警察署に連絡して対応してもらう。だから心配するんじゃない」

立華は落ち着かせるために優しく言葉をかけた。

「氷佳琉さん。曽野泉美は孤児院時代どんな性格だったかな」

土田は質問を続けた。

この質問に少し動揺を見せた氷佳琉だったが答えはシンプルだった。

「わかりません。覚えてないです」

「そうか。わかったよ」

土田は諦めて警察署を出ることにした。

土田一慶と言う男は元々刑事だった。しかし刑事時代の土田には大きな欠点があった。

犯人に同情し、捜査に遅れや混乱を生じさせてしまうことがあったのだ。

今回の事件について、土田は十分な証拠と情報を握っていた。

しかし、すぐにそれを突きつける気にはならなかった。


警察署を出るとすぐに立華が追いかけてきた。

「待ってくれ土田くん。溝口神官が今すぐ高那神社に来て欲しいと電話してきた」

立華はそれを伝えるために走ってくれたようだ。かなり息が上がっている。

「分かりました。向かいます」

「もし良ければ俺が送るぞ。なんだか新菜に関する重要な話が聞けそうな予感がする」

この時ばかりは土田も立華の言葉の意味がわかった。やはり彼の妄言だと思っていたものは、犬神家の一族に関係があるのだ。

「僕もそんな気がしていたところです」

土田はそう答え。立華の運転するパトカーに乗り込んだ。



「土田さん!大変なことがわかりましたよ。きっかけは雨ノ宮啓弐の手記といくつかの手紙が厳重に封印されているのを見つけた事なのですが」

溝口は期待を裏切らない。おそらくその封印を破ったのだろう。

「そこに新菜さんの出生について重要な記述があったんじゃないですか」

土田は溝口より先に、要点を言った。

「はい。さすが探偵さん。話が早くて済みます」

「では詳しくお願いします」

立華の要望に対して、溝口は要点をまとめて話始めた。

「まず、啓弐には年の離れた妻がいました。祝世さんのことですが、儀兵衛様は祝世さんのことを愛していたようです。阿座上儀兵衛伝にもあるように、儀兵衛様と啓弐は衆道のちぎりが結ばれていました。おそらく啓弐は男色であり、女性に対して不能だったんだと思います。儀兵衛様は美男子と言う話ですし、啓弐にとって祝世は世間体を保つための妻に過ぎなかったんです。

すると、祝世と啓弐に子どもができることはありえない。そこで、啓弐の手記を読むと全ての謎か解けます。啓弐は祝世と儀兵衛様の関係を黙認していたんです。そして生まれた子供が新菜様の母にあたる雨ノ宮晴美と言う事になります。

つまり、新菜様は儀兵衛の実の孫と言う事になります。これは想像ですが、儀兵衛は衆道のちぎりを守ったのと同時に、実の孫である新菜様を守るために阿座上家の養子にして、遺言状でも有利な立場にしたと思われます」

これは新事実である。

もし新菜がほんとに儀兵衛の孫娘だとすれば、遺言状であれほどの優遇がされていたことの説明ができる。

しかし、土田と立華は知っていたような顔をしていた。

「溝口さんありがとうございます。まあなんとなく予想はできていたんですが」

土田の最後の言葉に溝口は驚いた。

「えっ。なんでですが。私の大量の文書と向き合った時間はどうなるんですか」

「大丈夫ですよ。最後のダメ押しになったことは確かです」

「なら良かった。ちなみに、武器製造は東京工場と名古屋工場にあるようですよ」

溝口は疲れたような顔になり階段を登り始めた。

そんな溝口よ背中を見送りながら立華は名古屋工場と言う言葉に引っかかっていた。

「名古屋工場と言えば、進之助が工場長で火災があり黒部が火傷をおった場所だな。もしや」

土田がそこで話を遮った。

「立華警部は推理力に満ち溢れてますね。僕はたくさんの資料を集めてやっとわかりましたよ」

土田は宿に帰った。

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