おとり捜査と立華の暴走
さて、読者諸君には氷佳琉が連行されるに至る経緯を詳しく記す必要がある。
話は清照、清智、新菜が警察署に一時保護されている時に遡る。
三人の前に現れた土田と立華と新館はある作戦について説明を始めたのだ。
それこそ、暴漢の正体を炙りだすための大作戦である。
「君たちにはおとり捜査をしてもらうことになる。正直に言うと危険だ。綿密にこちらで作戦を立てたが少しでも失敗したら命の危険さえある。だから僕の話をよく聞いてくれ」
土田は大量の資料を広げて、作戦を説明し始めた。
「まず、三人に伝えないといけないのは桜谷孤児院の現状だ」
その後、土田が話た桜谷孤児院の現状は多少話を盛っていたが大筋は正しく。三人に院出身者に悪意ある殺人を犯す動機があると思わせるには十分なほど説明した。
「そして、桜谷孤児院の出身者は君たちの身近にいる。まず、寅丸くん。そして女中の二人、曽野泉美と萩屋氷佳琉だ」
寅丸の名前を聞いた新菜の衝撃は大きく、また泉美と氷佳琉の名前を聞いて驚きが1番大きかったのは清照だった。
「泉美さんと氷佳琉が孤児院の出身なんて、知らなかった」
清照が氷佳琉だけ呼び捨てにした事に一同は特に違和感を抱く暇もなく、話は進んだ。
「今日の夜作戦は実行する。君たち三人は清武くんの回復を祈るために高那神社に行きたいと言う。そこで僕達が止める。
ここからが重要だ。新菜さんは寅丸くんに9時に阿座上家を出発することことを伝えてくれ。彼の事だから全力で止めると思う。しかし、家の中で怪しい動きをするものがいないか見張るように言えばなんとかなるだろう。あとは新菜さんの演技力次第だ」
新菜は不安そうに頷いた。
「次に清智くん。寅丸くんだけではなく七清さんにも協力してもらいたい。特に蒼葉さんについて適当な説明をすることと、家の中で怪しい動きをする者がいないか、9時に出発することを伝えてくれ」
清智は頭の中で何度もその言葉を繰り返すように、聞き入っていた。
「最後に、清照くん。女中のどちらかに9時に阿座上家を出発することと、朱音さんに適当な説明をするように伝えてくれ。それによって桜谷孤児院の出身者に犯人がいた場合炙り出すことができるかもしれない。
さて、全ての準備を終えた三人は高那神社に向かってくれ。もちろん警察と我々が近くにいる。しかし、犯人が狙うなら高那神社の可能性が高い。だからそこでは厳戒態勢をひく予定だ」
もちろん三人の顔は強ばっていた。事前準備も含めて、一瞬も気を抜けない作戦だからだ。
また、身内から犯人を炙り出すだす事に対しても抵抗があっただろう。
しかし、三人は了承し阿座上家に舞い戻ったのだ。
話は、氷佳琉が連行された直後に戻る。
「おかしい。氷佳琉のはずは無い。土田さん何かの間違いですよね」
常に冷静で長男的存在の清照がここまで取り乱している姿に新菜と清智も言葉が出なかった。
「土田さん。僕の話を聞いて下さい。氷佳琉が犯人ではない証拠になるかもしれない」
清照は立ち上がると、土田の前まで来てしっかりした口調で話を始めた。
「僕は隠していたことがあります。爆発から新菜と土田さんを救った時のことです。実は爆弾を床下にいて偶然発見したのではなく、氷佳琉が爆発時間を教えてくれたんです。寅丸に匿って貰っていた僕ですが、氷佳琉に見つかってしまったんです。そこで全てを打ち明けました。その後で氷佳琉が新菜さんが危ない。爆弾が13時に爆発する。これだけを教えてくれました。誰が仕掛けたか聞いても答えてくれません。場所も教えてくれませんでした。だから、阿座上家中を探していたら、土田さんあなたに遭遇して逃げることになったんです」
土田は、廊下で追いかけて、迷子になってしまったあの一連の出来事は清照が爆弾を捜索している時に起こったのだと理解した。
「しかし、清照くん。今の話だと氷佳琉さんが仕掛けて。罪の意識から爆破時刻を教えただけとも考えられるよ」
清照はすぐに反対した。
「待ってください。僕が狙われたのではないですが、味噌汁に毒が盛られたて時です。話を聞いた限りでは氷佳琉がこぼしたらしいじゃないですか。予想に過ぎないです毒を盛った誰かの悪事に気がついて僕達を守るためにわざとこぼしたということも考えられるんじゃないですか」
やはり清照は氷佳琉が犯人と言う事を受け止めていないようだ。
今、清照が言ったこともやはり想像の域を超えていない。
「とにかく、今日は戻ろう。君たちはよく作戦をこなしてくれた」
土田の後ろでは新館もなんともやりきれない表情をしていた。
土田はまだ安心は出来ないと思っていた。
ブレーキ、マムシ、ボート、火災、黒部の死についてはどうしても情報が足りなかった。
とにかく、宿に戻ると「犬神家の一族」を読みはじめた。
翌朝。氷佳琉の取り調べが始まったが、彼女は口を開かなかった。どんな質問にも分からない。もしくは無言と言う反応しか見せなかった。
そんな彼女も清照に関する質問が出ると、顔色を変えてることを立華は見抜いていた。
しかし、どんなに上手く質問してもボロを出すことは無かった。
いきずまった立華はまだ話を聞いていないある人物の存在を思い出した。
「ピアノ講師の坂手紀子という女がいたな。朱音、蒼葉、七清にピアノを教えるために阿座上家に出入りしてる女だ!」
立華は近くにいた若い刑事が驚くほどの声を出し聞いた。
「ええ。住所なら分かりますが」
刑事が答えると。立華は走ってパトカーに乗り込むと若い刑事を急かして出発した。
「警部何か気づいたんですか」
「はははっ!俺としたことが、すっかり忘れてた。土田くんは紫崎琴海の居場所を言わなかった。しかし、おそらく俺たちの知っている人物だ。そこで我が愛読書である犬神家の一族を思い出した。青沼静馬の母親、青沼菊乃は琴講師として犬神家に平然と出入りしていた。坂手紀子は皮膚病で顔が少し変わっている、朱音さんたちが気づかない可能性もある。つまり!坂手紀子は紫崎琴海だ!」
若い刑事は内心めんどくさかった。
たま犬神家の一族か、と心の中で思うと無駄足を覚悟をで坂手紀子の家まで立華を案内した。
坂手紀子の家は小さなアパートの一室だった。
「よし。待ってろよ紫崎琴海!」
警部は暴走している。失礼なことを言おうものならいつでも止めるつもりで若い刑事は後を追いかけた。
扉をノックするとすぐに坂手は現れた。
「どちら様でしょうか」
「私は静ヶ原警察署の立華と言います。率直に伺いますが、あなたは紫崎琴海ではありませんか」
率直過ぎると思いつつ、その真剣や剣幕は誰の邪魔も受け付けない強いものだった。
「まぁ。それは誰かしら」
「とぼけても無駄ですよ。あなたは阿座上家の三姉妹から金を受け取り、息子の紫崎真琴と共に姿を消した。そして息子に遺産を相続させるために、事故に見せかけて新菜さんや清智さんを狙った。どうですか」
「立華警部さん。申し訳ありませんが人違いでございます。私は、夫がいた事はありませんし子供もおりません。阿座上家にはただのピアノ講師としてお世話になっております。それだけです」
立華はまだ折れていなかった。
「いや。でも待ってください。あなたは…」
そこで若い刑事が二人の間に入った。
「失礼しました。調査の御協力感謝します」
「おい。まて、話は終わっとらんぞ!おい!」
無理やり立華警部を引っ張って刑事はパトカーに戻った。
「なぜ遮った!坂手、いや紫崎琴海は何か隠している」
「そんなわけないじゃないですか。落ち着いて下さい。土田さんにちゃと聞きましょう」
「うーん」
立華は犬のように唸るとそこから一切喋らなかった。
「警部それは大失敗でしたね」
土田は宿で大笑いしながら立華を出迎えた。
「えい。なんとでも言え!」
「ところで、立華警部、朗報です。ついに犬神家の一族を読み終わりましたよ。いやぁ、素晴らしい作品でしたね。立華警部が推薦する理由もわかりましたよ。阿座上家にそっくりな家族構成出し、逆さの死体なんてそのままじゃないですか」
立華は嬉しかったが、今更その感想を述べられてもなんとも遅すぎて呆れるばかりだった。
「ああ。それは良かった。何か分かったか。と言っても状況が本とは違い過ぎる。今更遅いと思うがな」
しかし、土田は確実に何かを得た顔をしていた。自身に満ち溢れ。笑顔がこぼれていた。
「いえいえ。この小説に登場する金田一耕助と言う探偵には脱帽ですよ。僕にない物を全て持ってます。おかげでこの事件の推理で解き明かさなければならない部分が明確になりました」
「そうか。なら良かった。氷佳琉が口を割らんのだ。ぜひ氷佳琉が犯人である決定的証拠を見つけてくれ」
すると、土田は難しい顔になった。
「それに関しては清武くんの回復を待った方が確実かと」
「俺は大恥を晒してしまった。だからせめてもの願いだ。紫崎琴海の行方を教えてくれ」
「プライバシーに関わるので深くは言いませんよ。紫崎さんは横浜にいました。それで十分でしょう」
立華は先程の興奮と恥辱を思い出して嫌な気持ちになったがすぐに切り替えた。
「土田くん。すまなかったな。署に戻るよ」
「警部待ってください。この事件は少しの先入観を持つこと。そして大胆に先入観を捨てることが必要ですよ」
土田はなんだか哲学的な事を言い残すと、昼寝を始めた。
先入観というのは犬神家の一族の事だろうか。立華にはよく分からなかった。
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