暴かれた殺意

寅丸は気が気ではなかった。

自分の役目である新菜の警護は完全に警察主導になってしまった。

それに、昔はよくプロレスごっこをしていた清武が重症で意識が戻らないという。

高い木の上から落下しても痛そうな表情ひとつしなかったあの清武がである。

菊畑の仕事や薪割りなど仕事は多かったが、どれも集中できなかった。

三姉妹も完全に力が抜けてしまい、特に夫が殺害され、息子が意識不明である黄名子は娘の七清の助けがなければ廊下もまっすぐ歩けないほどに衰弱していた。

もちろん七清も悲しみに打ちひしがれているはずだか、そんな様子は見せずに母の面倒を見ていた。


夕飯の準備の時間になったが、三姉妹は料理することも投げ出してしまっており、今までは自分たちで行っていた調理は女中に任せるというこれまでと同じ形態に戻っていた。

そんな折に、車とバイクが阿座上家の前で停車した。

立華が報告に来るには流石に車の台数が多すぎる。

もしや三人が帰宅したのではないかと思い。

寅丸含めた阿座上家の一族は門の近くに集合した。

「ああ。清照、帰ってきたのかい」

朱音が夕焼けに照らされる清照にあゆみよった。

「ああ。僕達が家に返して欲しいと願い出たんだ。警察署に閉じ込められるのはごめんだ。それくらいなら僕達は暴漢とも対峙するつもりさ」

清照はさらりとそんなことを言うと部屋に戻った。

立華と土田と新館はすぐに現れた。

「清照くんの言った通りです。今夜はどうしても帰りたいと。阿座上家の人間として暴漢に屈しないと、何度説得しても無駄でした」

土田はそう釈明し、立華も補足した。

「もちろん今夜の警備は最大限行わせて頂きます。警察一同命に変えてお守り致します!」

芝居がかっているいるほど大きな声で立華は宣誓した。

「よろしくお願いしますよ警部さん」

朱音はそう言うと清照を追って本宅に帰った。

新菜はその場から動こうとしなかった。

隣には清智もいる。

「清智お兄様、どうかなされましたか」

「いや。僕と新菜姉さんと清照兄さんで決めたことがあるんだ」

その場には、寅丸と女中の二人もいた。

「何を決めたの」

蒼葉は息子に尋ねた。出来れば危険なことでなければいいと願いながら。

「私たち清武お兄様の回復を祈願するために高那神社に行こうと思ってるの」

一同は衝撃のあまり言葉も出なかった。

「新菜様。待ってください絶対それはダメですよ」

新館がやっとの思いで声を出すとそう言った。さらに続けて。

「立華警部も土田さんも止めて下さい」

「ええ。流石に警察がどれだけ警護についたとしても許可できませんな」

立華は相変わらず大きな声で制した。

「僕からもそれは許可できかねますね。特に、犯人は爆弾まで所持している可能性がある。被害が三人だけでは済まないかもしれません」

新菜と清智は冷静に聞いていた。

「分かりました。とりあえず部屋に戻ります。ご迷惑おかけして申し訳ない」

清智はゆっくりと部屋に戻った。

新菜も一礼すると、寅丸とともに離れに向かった。

「いや。あの3人は自分たちの立場がわかっとるんですか。ほんとに困った」

立華はそう言い捨てると、周りの警官に素早く指示を出して門の外の警備を始めた。

「さて、僕と新館さんも警備にあたることにしました。皆さん気をつけて」

土田はそう言い残すと新館と共に闇に消えた。



寅丸は新菜から目を離さないように注意を払っていた。と言っても部屋に入るわけにはいかないので、怪しい物音がしないか注意していた。

そして、ふすまの開く音が聞こえたので小屋を飛び出した。

「新菜様。どちらへ」

すると新菜は驚いたように振り返った。かなりの荷物を持っており、厚着をしている。

「寅丸。どうしたの」

「どうしたのではありません。どこに行かれるのですか」

時刻はそろそろ9時だった。

「寅丸お願い、どうか内緒にして。私たちは9時に阿座上家を抜け出して高那神社に行くと決めたの」

「いいえ。許すわけに行きません。俺は新菜様の命を守るのが務めです」

すると、新菜は寅丸新歩み寄った。すると寅丸のゴツゴツした手を握った。

「お願い。今日だけはその任務を忘れて。私を見逃して」

新菜の目には涙が浮かんでいる。

「俺が後をついて行きます」

しかし新菜は首を横に振った。

「それより、家の中で怪しい動きをする人がいないか見てて欲しいの」

「でも。しかし」

寅丸が次の言葉に詰まっている間に新菜は裏門から闇に消えてしまった。

新菜の手の温もりがまだうっすら残っている。

苦渋の判断だったが、寅丸は家の中を見回ることにした。


「七清。お願いがある」

内密の話をするには最適な場所に清智と七清はいた。儀兵衛の部屋の奥。書斎である。

子どもの頃よくかくれんぼで使っていた。

最近は専ら二人で会いたい時にひっそりと会うための集合場所になっていた。

「清智さんのお願いならなんでも聞くわ」

七清は清智と二人の時は「お兄様」ではなく「さん」をつけて名前を呼ぶ。

結婚を約束した仲であるが、人前では少し恥ずかしかったからである。

「僕と清照、それから新菜姉さんの3人は9時に本宅を抜け出し、高那神社に行く」

「だめよ。清智さんがいなくなってしまったら私は生きていけない。それにこの子もあなたに会いたいと思うわ」

すると、七清は自分のお腹をさすった。

実は七清は妊娠しているのだ。

「だからこそ行くんだ。よく分からないかもしれないが、僕達が9時に出発することはおそらく七清しか知らない。だからか僕の母が行方を尋ねてきたら上手く誤魔化して欲しい」

七清は手で顔を多い涙を浮かべていた。

そんな七清を清智はそのしっかりとした腕で抱きしめた。

「すまない。これも清武兄さんとみんなのためなんだ」

「待って…」

七清の声は届かなかった。清智はコートを来てフードで頭を覆うと、リュックを背負って書斎を飛び出してしまった。



清照は女中部屋の前をウロウロしていた。

しかし、そろそろ9時になってしまう。思い切って扉をノックしようとしたその時。

廊下側から声をかけられた。

「清照様。どうかしましたか」

氷佳琉が夕飯の片付けを終えて戻って来ていたのだ。

「あ、その。君を待っていたんだ」

清照の言葉にお互いが気まずい空気になる。

「いや。そう言う意味じゃない。伝えたい事がある。それも内密に」

氷佳琉は清照の顔もまともに見れない。

「私で良ければ伺います」

すると、清照は氷佳琉に近づくように手招きした。

氷佳琉は人ひとり分のスペースを開けて清照に近づいた。

「だめだ。もっと近くに、その。なんというか大切な話だから」

するの氷佳琉の腕を掴んで自分に近づけた。

「手荒ですまない。氷佳琉、僕は9時に高那神社に行くことにした。だからその間母が僕の居場所を聞いたら誤魔化して欲しいんだ。他にも警察の人たちにも上手く誤魔化してくれ。君にしか頼めない」

氷佳琉は清照に名前を呼ばれた辺りから頭がクラクラしてしまい内容をすぐには飲み込めなかった。

「はい。分かりました。でも、気をつけて下さい」

「ああ。これは阿座上家のためになることだ。頼んだよ」

すると清照はもう一度氷佳琉の腕を掴んで身体の近くに引き寄せると耳元に「ありがとう」と囁いた。

すると清照は恥ずかしそうにハニカムと廊下を駆け抜けて行った。

氷佳琉は呼吸を整えて、女中部屋の中に入ろうとした。

その時、扉が開かれた。泉美が中にいたのだ。

「お疲れ様です」と挨拶する氷佳琉。

しかし、泉美は無言で冷徹な表情を氷佳琉に向けた。

そして、女中部屋に彼女を引き込んた。

泉美に腕を引かれても全く嬉しくない氷佳琉なのであった。



さて、三人は9時に阿座上家を出発した。

阿座上家について警察より熟知している三人は裏門の近くに抜け穴があることを知っていた。

素早く飛び出ると高那神社へと小走りに向かった。

三人の表情は真剣で油断は寸分も感じさせなかった。

いよいよ、神社に着いた。階段については、清智が先頭でライトをもって足元に注意した。ピアノ線を警戒したのだ。

もちろんこんな時間に溝口はいない。

三人は辺りを気にしながら神社に手を合わせた。

しかし目は瞑らない。清照の額にはそろそろ12月と言うのに汗が滲んでいた。

決して気を抜けない。

振り返り、階段に向かおうとしたその時だった。

茂みの中に光る何かが見えた。

刃物であると理解するのに時間はかからなかった。その人影は刃物を持って三人の方へ走ってくる。その動きには狂気と殺意を感じた。

清照と清智は素早く新菜を後ろに隠した。

「土田さん!」

清照が叫んだ。

すると眩しい証明が暴漢を照らし出した。

暴漢は眩しさに目を背け、その場で動きを止めた。

「現行犯逮捕だな」

立華の声が聞こえると思うと次の瞬間には暴漢は複数の警察に方位されていた。

「ふぅ。ヒヤヒヤしたよ」

土田は三人に駆け寄り。暴漢から距離を取らせた。

あまりの眩しさに三人は暴漢が誰かまだ分からない。

立華はライトを消させた。そして警察に取り押さえされている人物がやっと見えた。

清智と新菜は「あっ!」と声を出し。

清照はその場に膝をついて愕然とした。

暴漢の正体は女中の萩屋氷佳琉だったのだ。

「嘘だろ。嘘だと言ってくれ!」

清照の嘆きが神社に響く。

連行される氷佳琉は一言も喋らず。目には涙が伝っていた。

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