狂気の役者と狂気

桜谷孤児院からの帰りの電車で土田はひたすら今日見た事、聞いた事をメモ帳に殴り書いていた。

新館と立華は詰めの情報を知らないため真相に辿り付けずにいた。

そのため車内では一言も会話がなかった。

静ヶ原駅で下車すると、辺りは夕暮れどきで薄暗くなっていた。

3人は疲労を感じる暇もなく土田の宿を目指した。

「つまり。土田くんはこう言いたいのではないか」

あまりに無言すぎて、風の音が虚しかった立華は口を開いた。久しぶりに声を出したため、咳払いをした。

「自分の出身である桜谷孤児院の現状を嘆いた誰かが、自分の後輩にあたる孤児たちとボロ臭い建物をなんとかするために殺人を企てていると」

土田は少し唸って、頭をかき回した。

「そうとも言えるし、そうでは無いとも言えるんですよ。ブレーキ、ボート、マムシ、火事。事故に見せかけて殺害を企てている事実と噛み合わない」

言われて見れば確かにおかしい。

というより、自分の出身の孤児院のために殺人を企てるという動機事態おかしい気がした。

「まあ、難しいことは忘れましょう。今日は酒でも飲まなきゃやってられないですよ」

珍しく砕けたことを言ったのは新館だった。

きっちり固めた髪の毛は崩れ、ネクタイも緩めていた。

「そうですな。脳を休ませなきゃいかん」

立華も賛成し、いよいよ宿の前に差し掛かった時前から見慣れた人物が走ってきた。


「おや、あれは清武様ではありませんか」

新館はそのシルエットから真っ先に清武と見抜いた。

しかし、命を狙われている人物が夜を間近になぜ走っているのか疑問が湧いた。

「やあ。清武くん。どうしました」

土田がすれ違うタイミングで声をかけると、足踏みは止めずに清武は反応した。

「こんばんは探偵さん。今度武士の役が決まってな、身体を絞らなきゃいけなくなった。だから警察や母さんの制止を振り切って走ってんのさ」

その話し方は子供のようで、役の為なら命も惜しまないという心意気が滲み出ていた。

「いやいや。困るよ清武くん。なにかあったら朱音さんやお母さんに怒られる。戻るか俺たちがついて行くぞ」

立華は必死に止めようとして、清武の競争心を煽ってしまった。これが失敗だった。

「おっさん達に追いつかれるほどヤワじゃないね。なに安心しな、殴られたら殴り返してやるよ」

そう言い残すと、清武は全速力で走り去ってしまった。

「ああ、怒られる。完全新やらかした」

立華は頭を抱えたが、土田は冷静だった。

「彼はよくランニングするんですか」

土田は新館に尋ねた。

「そうですね。静ヶ原に来ると必ずと言っていいほど走ってます」

「もしかして、いつも決まったルートですか」

「ええ。私は分かりませんが、身内ならルートを知っていてもおかしくないかと」

そこまで言うと新館はハッとした。

そして、土田も何かに気づいた顔になった。

「立華警部!まずいです。急いで清武くんを追いかけるように手配してください」

土田のさすがの剣幕に立華は宿に飛び込み電話をかけた。

すぐさま、パトカーが現れて3人を乗せた。


誰も詳しく清武のランニングルートを知らなかったため、別のパトカーも動員されて捜索を開始した。

さらに、ランニングルートを知ってる清照、清智を乗せたパトカーもルートの逆周りで捜索を開始した。

そして、清照と清智をを乗せたパトカーから悲報は伝えられた。

高那神社の近くの森道で、殴打され気絶している清武が見つかったのだ。

救急車より先に到着した土田たちは、その姿を見て震え上がった。

全身をこれでもかというほど殴られている。

しかし、顔についたあとから棒状の何かで殴られたことは予測できた。

近くでは、清武の名前を必死に呼ぶ清照、清智の姿があり、本人は呼吸こそしていたが生死をさまよっているように見えた。

さらに、彼の狂気を増幅させたのは口からありえないほどの血を流しているのだ。口の中が切れたどころの量ではない。

狂気の役者にふさわしい表情であった。


すぐに到着した救急車は清武を乗せて走り去った。

「僕がもっと強く止めていれば」

そう嘆くのは清智である。目には涙が浮かんでいる。

「清智は悪くない。あんなに暴れたら警察だって止められないさ。実際止められなかった」

清照は清智を擁護し、肩に手を置いた。

そんな二人の様子を眺めるしかない土田はなんともやりきれない表情をしていた。


そのまま一同は阿座上家へ向かった。

立華は清武のランニング中の家の者のアリバイを調べたかった。

清照と清智は清武が襲われた場所と阿座上家の位置関係からアリバイがあった。

朱音はピアノの練習をしていたと言う。その音は近くの部屋の清照が聞いている。しかし、清照以外は聞いていないため完璧なアリバイとは言えない。

また、音だけならカセットテープで流すこともできる。

黄名子と七清は清武が走り去った後、夕飯の買い出しに行っていたと言う。

蒼葉と辰吉は部屋で工場の資料をまとめていたと言うが誰も証言者はいない。

新菜は部屋で編み物をしており、寅丸も小屋で斧を研いでいたと言う。

女中二人については氷佳琉は風呂掃除。泉美はボート小屋の掃除をしていたと言う。

そんなわけで、清照と清智以外にはアリバイが無いのである。

よって誰にでも犯行は可能でこの問題は立華を困らせた。

そこに土田が助言をした。

「今回は悪意ある殺人に分類されます。だから、狙った人物も桜谷孤児院出身者もしくはその関係者と考えた方がいいかもしれません」

そうつぶやくと、またメモ帳に汚い文字を書き連ねた。

「なんだ。アリバイでもメモしてるのか」

立華が覗き込んだが文字は読みにくい。

「おとり」だとか「作戦」などという文字がかろうじて読めた。

「土田くん。何を考えてる」

「いえいえ、明日お話します。探偵がよく使う手ですよもしかしたら重要な人物を見つけられるかもしれない」

そう言うと、土田はにっこりと笑った。


ちなみにこと後、立華が朱音、黄名子に叱咤されたことは言うまでもない。

立華はずっと頭が上がらず、威勢を完全に失っていた、

その日のうちには、清武の意識が戻ったと言う連絡はなかった。

阿座上家の一同は祈るように清武の回復を待った。

その中に清武の死を望んでいる者がいるとは誰も思わないほど、実に自然にその人物は清武の死を望んでいた。



翌日。警察はこの事態を重く受け止め、清照、清智、新菜を静ヶ原警察署に呼び出した。

取り調べという名目だが、危険を回避するために少しでも安全な場所に移したいという立華の要望で三人は警察署へ向かった。

朱音と黄名子も了承し、三人はまるで海外の要人か国王のような待遇で、たくさんのパトカーと白バイに囲まれて移動した。

昨日の清武の事件は全国的に報道され、静ヶ原のみならず、日本全体がこの事件の一挙手一投足に目を向けていた。


三人は警察署につくと、一番安全と思われる部屋に通された。

「こんなに対応して貰ってなんだか申し訳ないわ」

新菜が清智に向けて呟いた。

「でも仕方ありません。清武兄さんが瀕死なんですよ」

すると、清照も会話に参加してきた。

「とにかく、警察がこの一連の犯人を捕まえてくれるか、遺言状読み上げから3ヶ月が経つまで待つしかないね」

3ヶ月といっても残りは2ヶ月程しかない。しかし、そんなに長く恐怖に震えた生活を送ることは耐えられないと言う表情だった。

「もしくは、私が婚約者を選ぶか…」

新菜がそう言った瞬間。清照と清智は戸惑ってしまった。

「いやいや。新菜が急いで婚約者を選ぶ必要はないよ。人生の大切な決断だからね」

清照はまるで、新菜を止めるように言った。

「そうですよ。新菜姉さんはおじい様の遺言状に忠実になりすぎです」

清智は七清の顔を思い浮かべていることは明白な表情で訴えるように言った。

「そうね。今の言葉は忘れて下さい」

新菜が笑顔でそう言うと、清照と清智はホッとため息をついた。

それは安堵なのか、緊張からの解放なのか、もしくは別の感情だったのかは分からない。


部屋で待っていると、立華警部を先頭に土田と新館と数人の警察が部屋にやってきた。

土田は大量の資料を持っており。表情は真剣そのものだった。

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