清照の告白と桜谷孤児院
土田は清照から質問したことをまとめてみた。
まず、新聞で弟子の信一の後に偽物の清照つまりは黒部が侵入していることを知って遊び心で別人のフリをして宿に止まったという。
その後、立華警部に追われるが逃げ込んだ山は昔から遊んでいて熟知しており警察は簡単にまけたという。
家に戻るタイミングについては静ヶ原にいる友人の家で泊めてもらい伺っていたという。
当初の予定では、突然現れて一同を驚かしてやろうという考えだったがその前に進之助の死亡があり戻りにくくなってしまったという。
黒部幸造については全く知らなかったという。
前の晩に阿座上家に侵入した時は、新菜に「能面の男に気をつけろ」と言う手紙を残し、格闘していた寅丸には、組合で顔が近づいた時に「僕が清照だ。能面の男から新菜を守ってくれ」と囁いたようで、寅丸はその声に清照という確信をもち、力を抜いたということだった。
その後、塀を飛び越えた直後すぐに門から菊畑に戻り、その後寅丸に匿ってもらったという。
爆弾を見つけたのは偶然で、離れに事情聴取のために人が集まると聞いて床下に隠れようとしたところ、爆弾を見つけたのですぐに真上の大広間の土田と新菜を助けに向かったという。
そこで付け足すとすれば、仕掛けられた爆弾は外国の戦争映画で見るような本格的なものに見えたそうで、手製などではないことは爆発の威力が物語っている。
一通り話を聞き終えると、信一が戻ってきた。
信一は清照の顔を見ると、師匠との再会を喜んだ。
「清照師匠!大丈夫でしたか」
「ああ、信一。僕の方こそすまない。身代わりをさせたばっかりに危険な目に合わせてしまって」
清照は信一が階段のピアノ線の一件で新菜を守って軽い怪我をしたことを悔いているようだ。
しかし清照本人も新菜を爆弾から守って吹っ飛ばされているので被害は同じくらいだろう。
清武と清智はなんで早く帰って来なかったのかと問い詰めてはいたが、常に笑顔で内心嬉しそうであった。
そんなわけで、真の意味で阿座上家の一族が勢揃いしたのである。
土田はここにいるある人物について大きな情報を握っていたが、それは全ての情報が結びついた時に語ろうと考えていた。
その方が、彼らのためになると思ったからだ。
「いやはや、清照くんには感服ですな。爆弾ですぞ、たとえ距離を取って頭を守ったとしても、爆風で飛ばされたものや衝撃で怪我をするだろうに、新菜さんとあろうことか土田くんまで守るとは。うん。素晴らしい」
翌日の昼頃。土田の宿に立華、新館は集まっていた。
これから桜谷孤児院に行くことにしていたのである。
立華に昨日の事の顛末を話すと、なぜか上機嫌になり清照を褒めちぎっていた。
「爆弾っていうのは恐ろしいですね。昔知り合った戦争経験者の方に話を聞いたことはありましたが、あんな物が今も戦争で使われていると思うと心が痛みますね」
土田は立華にしか述べられない感想を述べた。
「ちなみに、爆弾の種類など分かりましたか」
新館は立華に質問した。
「そうそう。それが問題なんですよ。昨日使われた爆弾については自衛隊に確認をとったところ、アメリカの軍関係者まで登場しましてね。結局、現在紛争地域でも使用されている本格的なものと分かりましてね。時限式ということはわかりましたが他にわかったことと言えば、一般人では入手は困難ということぐらいですね。日本にいるか分かりませんが武器商人。いわゆる、死の商人と呼ばれている人が軍隊しか扱ってないということです」
立華は意図的かわからないが、武器商人という言葉を強調した。
にしても、昨日の状況から考えられるのは事前に新菜、清武、清智以外が広間から一番離れた新菜の離れに爆発時刻の13時に呼ばれていたという事実である。
やはり狙われているのは遺言状の関係者。
敵はいよいよ本気を出てきたという感じがした。
しかし、敵は理性的だ。無駄な犠牲を避けるために狙いの3人以外を離れた場所に移動している行動にそれを感じた土田であった。
「まあまあ、今日の目的は爆弾談義じゃあありません。立華警部、新館さん行きましょうか」
そうして、3人は南信にある桜谷孤児院に向かうため駅を目指した。
その道中に高那神社がある。ピアノ線事件の現場である。
特に用はないため素通りしようとすると、階段を駆け下りてくる溝口神官の姿があった。
「土田さん!待ってください!」
大声で叫びながら下ってくる溝口を見ながら、転ばないかヒヤヒヤしながら見ていた。
そんな溝口の右手には古い紙が握られていた。
「ふう。間に合った」
「溝口さん。そんなに急がなくてもいいんですよ」
「いやいや、大発見ですよ!」
すると、立華と新館がいることを考慮した結果だろうか声を小さくした。
「AZAGAMIの武器製造、部品製造については確実ですよ。儀兵衛様と啓弐神官の手紙が見つかったんです。膨大な量だから、まだ半分しか確認できていませんがこれは確実な証拠です」
そうして右手に握り締めていたためくしゃくしゃになってしまった手紙の一部を見せてくる。
「なんだ。例の武器製造の話かい」
声量を考えず立華が覗き込んで来る。
「いやいや、静かに、殺されますよ」
土田は立華を制する。
「なんですか?ら警部さんもご存知だったんだ」
溝口は秘密の共有という点でとても嬉しそうな顔をした。
「なんです武器製造?AZAGAMIですって」
一番聞かれたくない人物聞かれてしまった。阿座上家の専属弁護士の新館はこの話題に首を突っ込まずにはいられない。
「あー。もう仕方ないですね。全部お話します」
土田は若月の依頼内容。溝口神官の見つけた手紙によって明かされた武器製造について語る事になった。
武器商人を相手にしたくないのに、こんなにもたくさんの人に知られてしまうとは、土田は情報管理の徹底をこれからはテーマにすることに決めた。
「そういう事か、だから土田さんは時々静ヶ原から姿を消していたのですね」
勘のいい新館はそう言った。
「そうです。まあ立ち話もなんですから駅に向かいましょう」
「その手紙は後で返して下さいね」
溝口は手を振って3人を見送った。
さて、歩きながら手紙を読んだのだが、内容は要約するとこのようだった。
紛争地域に武器を供給するA社からあるパーツの発注が来たこと。
それがかなりの高額の取引であったこと。
その後もパーツの発注は増えついに武器とわかるものの発注が開始された。
輸出の際に特別なルートを使っていること。
戦争に関与したくないが経営を安定させるためにはA社との関係は切れないこと。
儀兵衛にはこの商売で自分のような身寄りのない子供を増やしているのではないかという懸念と、この商売への迷いがあった事。
これらが父のように尊敬していた啓弐に対して書き連ねられていた。
全てを読み終わる頃には駅に着いており。
孤児院の最寄り駅方面の電車を3人は待っていた。
静ヶ原から電車で2時間ほどの場所にある桜谷駅で3人は下車した。そこからバスに乗り、山の中に向かうと桜谷孤児院は社会から隔絶された空間にぽつりと佇んでいた。
外観は洋風だが、非常に古くツタが建物にからんでいた。庭には数人の子供がいたが、立華の顔を見ると急いで室内に隠れてしまった。
「これが桜谷孤児院ですか」
新館が疑い深い声で言った。
「そうです。儀兵衛さんの信じられない財産を相続するかもしれない建物でもあります」、土田が付け加える。立華は子供たちに逃げられたのが堪えたのか、顔を自分で触っては唸っていた。
院長に訪問の旨は伝えてあったので院内に入り、内装を見学した。
子供はみな怯えます表情で3人を見つめ決して話しかけなかった。
不安や恐怖の目がわずかに病的な雰囲気を感じさせた。
院長は奥の事務所でタバコを吹かしていた。
職員が2人ほどいたが、書類の整理におわれており訪問者に対応する暇すら無いようだ。
総じて劣悪な環境と言えた。
「あの、新館法律事務所の新館恭二ですが、院長にお話伺いに来ました」
新館が声をかけた。
「ああ、弁護士さんと探偵さんと警部さんか。まあこっちに来てよ」
院長は椅子から立つのも面倒くさそうにこちらに来るように手招きした。
「聞きたい事ね。まあなんでも聞いてよ」
でっぷりと太って50は超えている院長は確実に歳上である新館に対しても態度が大きかった。
「では、ある条件のもとでこの孤児院に阿座上儀兵衛の財産の半分が贈与されるという遺言についてご存知ですか」
土田は食いつくように、質問を開始した。
院長は土田の話した内容にひっくり返るほど驚いた。
「う、嘘でしょ。そんな話。全く知りません。あの阿座上儀兵衛の遺産を」
さすがにこの反応は嘘ではないと思った。
「では、次です。阿座上家に雨ノ宮寅丸という男がいます。彼はここの孤児院から引き取られたのではありませんか」
院長は困っていた。
「実は私は最近赴任したばかりでね。そこの資料勝手に見ていいよ」
すると汚く積み上げられた資料の山を指さした。
「では失礼して」
3人は寅丸が新菜の母。晴美に引き取られた年の資料を見つけ寅丸という名前を見つけた。
「彼はここの出身だったのか知らなかった」
立華は衝撃を隠せなかった。自分の育った孤児院に遺産を残したいがために、彼が悪意を持った殺人を行ったのだろうか。
「新館さん。立華警部。まだ探す人物がいます。紫崎琴海の名前も探して下さい」
土田は資料の山を崩しながら言った。そのためにはかなりの年月を遡らなければならない。
「紫崎琴海。彼女もか」
立華は驚きながらも資料に手を伸ばした。
新館は黙々と資料とにらめっこしている。
そして20分ほどして名前を発見した。
「やっぱりか。それに、引き取り人の名前を見てください。高野順次はたしか阿座上奉公会のメンバーですよね。儀兵衛の指示で引き取り、長野工場で社員として雇ったと考えられませんか」
新館は土田がかなり昔の奉公会のメンバー名を覚えていることに驚きながらも、感動していた。事件が繋がり出したのだ。
「ではおふたり。最後のひと仕事です。これは僕の勘でしかないですがこれから言う二人の名前を探して下さい」
そして、土田は立華と新館もよく知る人物の名前を言った。
それを聞いた時、ふたりの脳天に雷が落ちたように衝撃が走った。全く今まで見逃していたのだ。過去の自分を悔やむと共に、資料を全力で漁った。
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