爆ぜる阿座上家
朱音は部屋で一人洗濯物を畳んでいた。
様々なことが起こりすぎている。
息子と思った人物は二人とも偽物で、一人は死亡した。
遺言状は訳が分からないし、父の三姉妹への愛は微塵も無かったのだと再確認するだけだった。
「朱音様。失礼します」
泉美が部屋に現れた。
「どうかしました」
「進之助様と黒部という男の殺害について警察の方が聞きたいことがあるそうなので13時に離れに来てくださいとの事です」
「わかったわ。それは私だけですか」
「いいえ。朱音様、黄名子様、蒼葉様、辰吉様、七清様、寅丸様でございます。朱音様以外には既にお声がけ致しました」
「そう。ありがとう」
泉美は静かにふすまを閉めて、廊下を歩いて行った。
肝心な遺言状に関係している清武、清智、新菜には話を聞かないのだと少し不思議に思いながらも、まだ30分ほどの余裕を自室で過ごすことにした。
土田はいよいよ犬神家の一族を読む気になったのに、立華に無理やり仕事を押し付けられたせいで阿座上家の中にいた。
家を観回っていた土田だったが、その広さと不思議な造りに圧倒されていた。
本宅と一括りに言っても、大広間があり、儀兵衛の部屋を中心に離れがいくつかある。最も大きいのは新菜の離れだが、朱音、黄名子、蒼葉の三姉妹もある意味離れのように隔離された場所に住んでいるのだ。
おそらく、儀兵衛が生涯正室を持たなかったことが大きく関わっているのだが、にしても迷路のようだった。
土田は広間の前を歩いていた。
今までは気にも止めていなかったが、放置され緑になってしまっている池があることに気がついた。昔はコイでも泳がせていたのだろう。
さらに探検を進めていると、儀兵衛の部屋らしき場所についた。
ここに阿座上家の当主は住み、全てを操っていたと考えると恐ろしさと共に、強い力を感じざるを得なかった。
そんな時、足音が聞こえた。
土田は、廊下の角に身を隠した。
すると怪しげな男の姿を見た。その風貌は土田に負けず劣らずヘンテコであり、立華の言っていた謎の男に近いと感じた。
「はっ!怪しい男発見!」
土田はいてもたってもいられずに、角を飛び出すと男に突撃した。
男は自分に負けず劣らずヘンテコな風貌の土田に驚きダッシュで逃げた。
土田は走ることにおいて他を圧倒し続けていた。
しかし、相手はこの家の構造が頭に入っているのだろうか、迷路のような廊下をヒラリヒラリと華麗に曲がりついに土田の視界から消えてしまった。
「まずい。迷子だ」
土田は呟いた。いつの間にか、かなり暗く入り組んだ場所に来てしまった。
もしかすると知っている廊下かもしれなかったが、どこの壁や地面も同じに見えて土田は家の中で路頭に暮れてしまった。
土田が迷子になっていると、救いの女神は現れた。
まさに女神なのだ。昼の日差しを浴びて後光が差している。
「土田さんどうかなさいました」
「いえいえ。新菜さんお恥ずかしい。迷子になってしまいましてね」
土田は新菜に助けられた。
新菜は土田でも見覚えのある大広間の方へ案内をてくれた。
「この家、迷子になりますよね」
廊下を歩きながら新菜が土田に話しかけた。
「はい。複雑な構造です。未だに大広間と離れくらいしか分かりません」
土田が頭をかき回しながら言った。
「私がこの家にきてすぐの頃よく迷子になってしまって、その度に清照お兄様が助けてくれたんです。私の手を引いて、離れまで連れて行ってくれた。だからあの男は清照お兄様ではないとなんとなく分かっておりましたの」
「そうでしたか。わかる人にはわかるものですね」
土田が笑顔で答える。しかし、広間の前に着くと新菜が立ち止まった。
「どうかしましたか」
「いえ。実は女中の泉美さんから13時に警察の取り調べがあるから広間に行くようにという伝言を聞いたんです」
「へぇー。そんな事が、僕は警察関係者じゃないから知らされていないだけかな」
「そうですか。まだ警察の方もいないみたいだし中で待ちますね」
土田は違和感を感じだ。何を今更取り調べすることがあるのだろうか、ましてや時間を設定していることが不思議だった。
「僕も広間にいてもいいですかね。お話聞きたいので」
「ええ。もちろんです」
二人は広間に入り、座布団に腰掛けた。
少しの間二人は無言だった。
土田は自ら会話をすることが得意ではない。そういう雰囲気を出している土田に考慮して新菜も無理に話すことは無かった。
しかし、思い出したように新菜が声を出した。
「そういえば、信一さんが精密検査を終えて午後には帰ってくるらしいです」
「おお!それはよかった。彼の勇気ある行動については立華警部から聞きましたよ」
「はい、信一さんがいなければ私はとっくに死んでいたと思います。彼は命の恩人です」
すると少しの間があいた。
新菜は何か話したそうな顔をしていた。
さすがの土田もその様子に気づいた。
「他にも何かありますか、言わなければいけないこと。警察には黙っていることもできますけど」
「それが。ほんとに申し訳ないのですが、賊が手紙を残して行ったんです」
「それは、不気味だから燃やされたんじゃなかったでしたっけ」
「はい。たしかに燃やしたんですが、内容ははっきり覚えております。能面の男に気をつけろ。そうありました」
「つまり、賊は能面の男の正体を知っていた可能性があり、少なくとも清照くんではないとわかる人物だった。うーん」
土田は少し考えた。彼の苦手な推理の分野だ。
そんな時に、さっきの謎の男のこの家を熟知したような動きを思い出した。
「わかった!賊の正体は清照くんだ!」
突然土田が声をあげたので新菜は驚いた。
「すると謎の男も服装が一致するから清照くんで間違いない!そうだ、寅丸くんも賊との格闘で様子がおかしかったんですよね。彼にも後で聞いてみよう」
土田は一気に喋り切ると、とても嬉しそうな顔になった。
「そうだったのね。私にあの能面の男が清照お兄様ではないと伝えるためにあんな手紙を。ならば納得できます」
新菜も納得したようだ。意外と身近なところにいた清照。では、さっき土田から逃げたのはいったいどういう理由なのか、よく分からないまま時はすぎた。
いよいよ1時と言うのに警察は現れない。
「おかしいですね。探して来ましょうか」
土田は座布団から立ち上がろうとしたその瞬間だった。
ふすまが開き、謎の男が部屋に飛び込んできた。
土田と新菜は言葉も出ない。
すると謎の男は土田を池のある方向に全力で押し飛ばした。
そして、混乱する土田を放り出して謎の男は新菜に覆い被さるように抱きしめたのである。
「何してる!」
土田がそう言い切った瞬間。信じられない爆音と、衝撃によって3人は吹き飛ばされた。
そう爆発したのだ。
土田は中を舞い、池に落ちた。あと少しズレていたら庭の地面に真っ逆さまだった。
新菜は謎の男に守られたおかげで、吹き飛ばされたが無傷だった。
土田は緑に染まった池から顔を出したが、耳鳴りが激しく気を失いそうだった。
謎の男と新菜が動いており生きていることを確認すると、池の縁に倒れてしまった。
「警察の連中はどれだけ待たせるつもりだ」
13時少し前、清武は離れにいた。
警察に呼ばれたのは母親の黄名子だったが、自分が呼ばれない事に腹を立ててやって来ていたのだ、清智も呼ばれていなかったが清武に引っ張られて仕方なくやってきていた。
「まあまあ、清武兄さんもう少し待ちましょうよ」
清智は体の鈍りを気にして腕立て伏せなどしながら清武に言った。
「俺はな、待つのが嫌いなんだよ」
そう言った瞬間だった。
新菜の離れから最も遠い場所にある広間の方から爆発音が聞こえた。
煙が上がり、衝撃波まで感じた。
外の警察を門から流れ込み広間に走っていった。
「おい!取り調べは無いのか」
走る警察に清武が呼びかける。
「取り調べなんてありませんよ!それより広間で爆発です!今そこにいない方を教えて下さい」
警官は顔は清武に、体は広間の方向を向けて叫ぶように言った。
「今いねぇのは…」そう言いながら清武は後ろのメンバーを確認した。
「新菜だ!新菜がいないぞ!」
先に気づいたのは清智だった。
一同は、急いで外に飛び出し広間に向かった。
「新菜。大丈夫かい」
新菜はこの優しい声に聞き覚えがあった。衝撃波のせいで全身がいたく、耳鳴りもしていたが、その声を聞いただけで体が軽くなるようだった。
「清照お兄様」
消えそうな声で新菜がいう。
「ああ、すまなかったもっとはやく助けられれば」
やっと新菜の視界は正常に戻ってきた。
深く被った帽子と口と鼻を隠していたマフラーは吹き飛ばされてしまって顔があらわになっている。
その顔は間違いなく清照だった。
清照は抱きしめていた新菜を離して、庭に大の字に転がった。
すると、足音が聞こえてきた。
「おーい。大丈夫か」
真っ先に走って来て清照と新菜に声をかけたのは清智だった。
「うわっ!探偵さんじゃねぇか。生きてんのか」
次に意識のない土田の下半身を池から引き上げたのは清武だった。
警察の数名は急いで、3人の意識を確認し怪我がないか調べ始めた。
土田は突然意識が戻り、立ち上がった。
「爆発!新菜さん!」
「探偵さん。大丈夫だ清照兄さんも新菜もな」
横に清武がいて落ち着いたのは土田にとってははじめてだった。
「良かった、ホントに良かった」
土田は座り込み、天を仰いだ。
土田の目の前には酷い光景が広がっていた。
広間は半分ほど爆発で壊れている。床が激しく損傷しているので床下に爆弾はあったのだろうか。
広間に掛けられていた儀兵衛の遺影が飛ばされて庭に落ちていた。
それがなんとも虚しかった。
「清照。あなた大丈夫なの」
朱音が泣きそうな声で清照の手を握った。
「ああ、問題ない」
朱音は息子との真の意味の再会を果たした。
しかし、清照の反応は薄かった。
能を認めない事への反抗とも取れたが、それだけではないような雰囲気があった。
土田はすぐに、清照の元に近づいた。
「清照くん。さっきはありがとう」
「いえ。土田さんがいるとは思わなかったので、手荒くなってしまいました」
「こんな状況ですまないが質問させてくれるかな」
「もちろんです。僕はもっと早く戻ってくるべきでした」
そして清照はこれまでの自分の行動を振り返って質問に答え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます