三姉妹の暴挙
「おや。新館さんもいらっしゃる」
土田は三姉妹の顔を見ながら言った。
「はい。聞いて頂きたいことがあるので、遺言状読み上げにいらっしゃった3人をお呼びしました」
蒼葉が土田に告げて、座布団に座るように促した。
土田、立華は新館の隣に座った。
「まずお願いしたいことなのですが」
黄名子はまだ夫の進之助の死から立ち直れていないのだろう、震える小さな声で話し出した。
「立華警部と警察の皆さん、土田さんには清照、清武、清智、新菜さんを守って欲しいのです」
黄名子が言い切った。その表情にはもはや財産や事業についてはなんの執着もない、とにかく息子と従兄弟、そして新菜を心から心配していると言う様子だった。
朱音と蒼葉は判然としない表情だったが。
「ええ。それはもちろんです。このような事態ですからね。静ヶ原警察署全力をかけてお守りします」
立華は力強く言った。
「土田くん。君も頼むよ」
立華の腕が土田の肩を掴んだ。
「僕は、調べた事があります。ある人物について居場所が掴めそうなんです」
土田は立華の腕を振り払うと、堂々と言い放った。
「そうか、なら仕方ないな」
立華は諦めたようにそう言い放った。
「それで、朱音様が仰った聞いて欲しい話とはなんでしょうか」
随分待たされて、痺れを切らした新館が質問した。
すると、三姉妹はそれぞれの顔を見て確認するかのように目配せすると、朱音が代表して話を始めた。
「これは、三姉妹にとって。いや、阿座上家にとって汚点となる話です。当時の私たちは若く、三姉妹それぞれの母が父からぞんざいに扱われている姿を何度も見てきました。だから、あの女だけは許せなかったのです」
語り出した朱音の目には、怒りと憎しみの炎が燃えたぎってる。
「その女というのが、遺言状に登場した紫崎真琴の母である紫崎琴海です。AZAGAMIの長野工事の一社員だった。琴海に対して父である儀兵衛は本気の恋に落ちました。今、新菜さんが住んでいる離れは父が琴海のために作らせたのです。
私たちは恐れました。父の琴海に対する寵愛ぶりはついに正室に迎えてしまう程でした。間もなくして、琴海が妊娠したことを知ると私たちは琴海を追い出そうと様々な策略を企て、実行しました。ある時は彼女の靴を隠し、ある時は彼女の日記に落書きをしたり、ある時は牛乳を拭いて放置した雑巾を部屋に投げ込んだりしました。今考えるとほんとに酷かったと思います」
朱音の話を聞いて、立華は拍子抜けした。小学生のイタズラレベルではないか。
そして、そのことを本気で悔やんでいる朱音と二人の姉妹が少し滑稽に見えた。
「父は、琴海を守るために転居させました。しかし、三姉妹は様々な情報を駆使してすぐに見つけ出しました。しかし、よいよい彼女の元に行こうとした時その知らせが入ったのです」
「それが、儀兵衛さんの嫡男である真琴くんの誕生ですね」
土田は真剣にそう言った。新館も前のめりで聞いていた。新館はこの話を噂として聞いてはいたが、本人たちの口から語られる真実に興味津々だった。
「その通りです。私たちは仕事も放り出して、南信にある父の友人の貸家を訪ねました。すると、琴海と真琴を発見しました」
立華はここで恐ろしくなった。
一体どんな酷いことをして琴海に一筆書かせたのだろう。火箸を押し付けたり、水を被せたりそんな酷いことを現実で聞いたら、立華は一生女性不信になるかもしれないと思った。
「私たちは、なんとも酷いことをしました。父の金庫から手付金として500万円を渡し、父は酒を飲むと暴れるし、女癖も悪い、AZAGAMIの会社は経営難であると嘘を並べて、琴海を騙すと。真琴は儀兵衛の息子では無いと彼女に一筆書かせてその貸家を去るように言いました」
すると、三姉妹は恥ずかしさと情けなさから少し黙ってしまった。
「えっ。それだけですか」
立華は思わず聞いてしまった。金を渡し、嘘を並べて琴海を追い出した?
全然酷くない。というより、それで騙されてしまう琴海も人が良すぎる。
「立華警部。それだけって言い方は失礼ですよ。十分じゃありませんか」
新館は震えながら立華を制した。
「そうですよ。朱音さんたちもこんなに反省しています。僕達は真実を知ることができてよかった」
土田まで真剣な眼差しで、立華を制した。
「ですから、私たちのせいで清照たちが狙われているかもしれないのです。ですから罪滅ぼしにもなりませんがどうか、清照達を守ってやって下さい」
朱音が頭を下げると、黄名子、蒼葉も泣きながら頭を下げた。
それから3人はモヤモヤした気持ちで阿座上家を去った。
土田はメモを整理しながらつぶやき始めた。
「つまり、真琴くんが生きているとすると、母の仇として金を手に入れるために遺言状の人物を事故に見せかけて殺害しようとする理由はあるわけだ」
いや無いだろ!と思う立華だったが、土田は自論を展開させた。
「しかし、それならなぜ進之助を殺害する必要があったのか。でも進之助は名古屋工事で…」
そこまで推理を進めた土田だったが、ついに諦めたようだ。
「新館さん。あとは考えてもらっていいですか」
「ええっ!私ですか、私は弁護士であり探偵では無いのですが」
すると土田は立華と新館を残してダッシュで逃げてしまった。
「はあ、あの調子じゃまだ本を読んでないんだろうな」
立華は呟いたが、それは新館にはスルーされた。
「いや。それにしても、あのいがみ合っている三姉妹が琴海のこととなると結託して、あんなに恐ろしいことをしたと考えると私は女性っていうのが怖くなってきましたよ」
新館は真面目にそんな感想を述べた。
「ええ。そうですな」
立華は呆れてそんなぬるい返答しか出来なかった。
しかし、どんなに呆れる結果であっても殺人が起きたのは事実だ。
立華は新館と別れると、すぐに阿座上家の見張りの人数を倍にするように本部に伝えた。
さて、立華はやはり釈然としなかった。
警察は未だに紫崎親子の行方を掴めていない。
さっきの朱音の話にあった通り、南信の儀兵衛の友人の貸家を出た後の足取りが全く掴めていなかった。
真琴については出生届けは確認できたが、その後は戸籍から消えてるようだった。
ここで現在、阿座上家の内部に怪しすぎる人物がいる。犬神家の一族と対応させれば一目瞭然なのだ。能面を被った人物、つまり清照が真琴の入れ替わりという考えだ。
しかし、確証はないそれに、犬神家の一族のようにふたりがそっくりであったり、戦地で知り合うなんてこともありえない。
現実的に考えねば、先入観を捨てねばと繰り返し考える立華なのであった。
翌朝。新菜は外のざわめきで目が覚めた。
庭から外を見ると警察の数が昨日の倍ほどになっていた。
絶えず巡回し、報告しているので少しざわついているのだった。
しかし、新菜が目が覚めた理由はもうひとつあった。
今日は母の晴美の命日だった。
例年なら高那神社にお参りをして、神社の裏手にある母の墓参りもするのだ。
しかし、現在の状況では厳しいような気がしていた。
朝食は各々が作り食べることになっていた。
清照たちは母の料理が食べられるが新菜は女中ふたりと寅丸の分の食事も作りそれぞれの部屋で食べようとしていた。
しかし、部屋に食器を運んでから寂しい気持ちになった。
家族がそれぞれを疑い、疑心暗鬼になってすれ違う度に鋭い視線をぶつけ合う。こんな状況が耐えられなかった。
新菜は一人でいることは慣れているつもりだった。
母が死んでから寅丸とこの家に引き取られてからも一人でいることが多かった。
そんな日々でも楽しみがあった。
夏休みや冬休みなどには、親戚一同がこの本宅に集まるのだ。
同年代の七清と話すのは楽しかったし、清照、清武、清智もまるで兄妹のように遊んでくれた。
ふと、あの頃に戻りたいと思った。
そんな気持ちを誰かに伝えたくて、離れから飛び出した。
すると廊下で、食事を運んでいる信一とぶつかりかけてしまった。
「ごめんなさい。食事こぼれてないかしら」
「全然大丈夫ですよ。新菜様はどうしたんですか」
新菜は様をつけて呼ばれるのが嫌いだった。
元々、儀兵衛が女中や昔は数人いた使用人にそう呼ばせていたのだが、今では寅丸までそう呼ぶようになってしまっていた。
「信一さん。様をつけて呼ばなくても大丈夫よ。あなたはお客さんなんだから」
「はい。わかりました。新菜さん」
「うん。それでいいわ」
新菜は信一といると心が和むような気がしていた。唯一女中でもなく、疑い会う立場でもない彼が心の拠り所になっていた。
「もしかしてこれから朝食」
新菜は信一に尋ねた。
「はい。朱音様が作ってくださったのでこれから頂くところです」
「もしよろしかったら一緒にどうかしら。私寂しくて」
信一は戸惑った。それも無理はない。信じられない程の美人から突然朝食のお誘いが来たのだ。
しかし、信一は戸惑いが喜びに変わっていく心の移ろいを感じた。
「僕で良ければ、ぜひご一緒に」
「よかった。離れで待ってるわ」
新菜はスキップするように廊下を戻っていった。
信一の心も弾んでいた。
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