暴かれた正体

「ほうほう。それで、マムシがいた事を知っているのは寅丸さんと女中の氷佳琉さんだけと言うわけですね」

静ヶ原警察署に現れた虎丸は昨夜のマムシ騒動について、立華警部に話をした。

「では仕事がありますので失礼」

寅丸はやはり新菜が心配なのだろう。急いで帰ってしまった。

さて、警部の頭の中は混乱している。

土田に本を贈ったあと、自分でも読み返してみたのだ。

すると今回の事件、犬神家の一族と共通点もあれば、全く異なる点もある。

例えば家族構成。また、儀兵衛の生い立ち、遺言状、ボートの沈没、マムシ、車のブレーキの故障など共通点は挙げたらキリがない。

しかし、あの遺言状の内容はどうだろう。

血みどろな事件を誘発させるどころか、殺人事件を起こさないように最後の一文が挿入されていると考えられる。

このことによって、犯人は殺人ではなく、事故に見せかけてターゲットを殺害する必要があるのだ。

なんと難しい遺言状だろう。

今、立華はとにかく犬神家の一族を読んだことのある者と話がしたかった。

しかし何故だろう。

署に一人もいないのである。

昨日は消防隊員にも聞いたが知らないと言うから驚きだ。

立華は自分だけがパラレルワールドに飛ばされたような疎外感を感じていた。

もし署員に内容を知るものがいれば、すぐにアイツとアイツの行動を調べて、正体を暴き、万事収拾できるのに、そう考えるととても残念だ。

さらに、土田がいない。

放火のあった直後に消えてしまったのだ。

新館もさすがに失踪を疑い、1度事務所に電話をかけたと言うが、もちろん誰も出なかったと言う。

探偵なのだから助手の一人でもいないものかと、彼については無限の殺人とやらを調べてみて驚いた。

なんと、助手のひとりは殺害され、臨時の助手のひとりは現在服役中だと言う。

実に不思議な男だと思う。

とにかく警部は紫崎親子について情報集めに専念することにした。



さて、土田はというと新たな情報を携えて静ヶ原に戻ってきた。

と思ったら、阿座上家では事件が起きていたらしく、宿の女将や近所の住民、商店街で聞き込みをして情報を手に入れることができた。

やはり、田舎では情報の広がり方が早い。

警察や消防しか知りえない、発火の原因や延焼のスピードが早かったこと、寅丸が怪しい人影を見たこと、七清が代弁してタオルについて疑惑があること、これらを全て知ることができた。

田舎のコミュニティの恐ろしさを目の当たりにしながら、土田は阿座上家を目指していた。


火事の一件のせいでメディアに取り上げられたようで、お昼のニュースの生放送のリポーターが数名いた。

それらの後ろを顔を隠しながら阿座上家に入ると、玄関で「ごめんください」と声をかけた。

「はい。どちら様ですか」

水のような冷たい声がした。おそらく曽野泉美だろう。

「遺言状読み上げの立会人をした土田です」

すると入口が少しだけあいた。メディアを警戒しているのだろう。

「まあ。土田様。どんなご用ですか」

「僕実は探偵もしているだ。この前の火事については現場だけ見たいと思ってね。もし良ければ外から見せて貰えないかな」

泉美は少し嫌そうな顔をしたが、断る理由も見つからず「少しお待ちください」と言うと。靴を履いて現れた。

「こちらです」

泉美は相変わらず水の流れのように歩く。

広い庭を回り込むと、かなり焼け焦げた清智の寝室があった。

「こりゃ酷いな。中を覗いてもいいかい」

「ええ、気をつけてください」

まずは、清智が脱出した穴を見つける。さすがの運動神経だと感じた。

中を覗くと、ストーブもタオルももちろん跡形もなく消えていた。

「裏も見てみるよ」

土田は早足で、寝室の裏側に回り込んだ。確か広い庭があったはずだ。

しかし、誰かと激突してしまった。

「ああ。すみません。僕としたことが不注意で」

しかし、土田は尻もちをついたまま驚いた。

そこには能面が取れた清照がいたのだ。

しかし、その顔は見覚えがなかった。

美男子ではあるが、写真で見た清照ではなかった。

「土田様。そちらには清照様が舞の稽古をなさって……」

土田を追いかけてきた女中の泉美は言葉に詰まった。

清照もどきはキョロキョロしながら面を探している。

「あなた。清照様じゃない!」

泉美が悲鳴にも似た声を出す。

偽清照は面を探している。

すると、泉美の声を聞きつけたのだろう。新菜、清武、七清と共に清智もやってきた。

すると堪忍したのか、偽清照は土田の耳元でこう囁いた。

「土田さん。尻の下に面があると思うんですが、どいてくれますか」

「ああ、ごめん」


それからは大変だった。

寅丸が現れて、偽清照の腕をロープで縛り。

一族と新菜、寅丸と女中2人を広間に集めてまるで裁判のように偽清照を取り囲んだのである。

「あなた、清照じゃあないわよね。名前を言いなさい、あと目的も」

黄名子が問い詰めた。朱音はというと全てを知っていたのだろうか、澄ました顔をしている。

「僕は鈴本信一(すずもと しんいち)です。阿座上清照さんの弟子をしてます。清照さんから一族の呼び出しがあったが、忙しいので代わりに行ってくれと頼まれました」

なんということだ。少なくとも、新菜と清武以外が多数決で清照と認めた男は鈴本信一と言う、清照の弟子だったのだ。

その信一を見つめる目はどれも恐ろしいものだった。特に黄名子、蒼葉の怒りはその周りの空気が歪むほどだった。

新菜はと言うと、信一の顔を見ては難しそうな顔をして、信一の姿を見ては難しそうな顔をしてといったふうに落ち着かなかった。

「へっ!そんなことだと思ったぜ。清照兄さんとは舞の根本が違う、確かに弟子だから動きは似てたな。でも、本物じゃない」

自信ありげに言うのは多数決で手を挙げなかった清武だ。

「まあ、清照兄さんのイタズラ好きは今も健在ってことが」

頬の傷が痛々しい清智も清々しく笑った。

しかし、和やかなムードはここまでだった。

「朱音さん!もしかして知ってて遺言状読み上げに参加させたのかしら」

青葉が噛み付くように言う。

「そうよ。どういうことなのよ」

黄名子もここぞとばかりに声を上げた。

「初めのうちはほんとに清照だと思ってました。しかし、遺言状読み上げの直前で気付いてしまって、これ以上黄名子と蒼葉を待たせる訳には行かないと思って苦渋の判断で出席させました。皆様を騙していたこと申し訳ございません」

朱音は非を認めた。

「でも、信一くんはほんとに弟子なのかい」

疑惑の声を上げたのは進之助だった。

「信一くん。証明できるかい」

土田が言うと、信一は大きく頷いた。

「今、清照さんがいるホテルの電話がわかるので、かけて聞いてみて下さい」

そういうと、電話番号を言った。

黄名子と蒼葉がすぐに電話に向かい、五分後に戻ってきた。

「清照さんが出たわ。鈴本信一も自分が送り込んだって言ってたわ」

黄名子はそういうと部屋に引き返した。

「清照さんは今度こそ仕事が一段落したので必ず帰るとも仰ってたわ」

蒼葉もいやいやそう言うと部屋に戻った。


そんなわけで鈴本信一と言う新人物が現れてしまい、土田は混乱した。

「信一くん。ちなみに清照くん本人は遺言状の内容を知っているかい」

土田が質問すると信一は首を縦に振った。

「正確か分かりませんが僕が電話で伝えました。火事が起きる前です」

「そうか、では彼は現在のこの言い表し用のない一族の状況を知っているわけか」

「はい。そうだと思います」


広間に残っているのは、土田と信一と新菜だけになってしまった。

「僕は素性がバレたら朱音さんにお願いして、この家に泊めて貰うことになっています」

信一は土田に言った。

「ああ、それならよかった。追い出されるようなら僕の宿を案内したけど。必要なさそうだね」

新菜はこちら二人の会話を見ているだけで参加してこない。

年長者の役目として、土田は新菜も話に巻き込む事にした。

「新菜さん。やっぱり信一くんが能を舞った時点で気付いていたのかい」

すると新菜は不意をつかれたように少し驚くと。「まあ。それもありましたが。舞があまりにも勇ましく見えたので、心を打たれたのです」といった。

すると信一は嬉しそうに顔を赤くした。

「そんなことをこんなに美人な方に言われると嬉しいな。清照さんからお話は聞いてますよ。とても優しい人だと」

信一の言葉に微笑みを浮かべる新菜。

その表情はこれまで土田は見たことがなく、新鮮だった。


土田は若者の会話を邪魔しないために、煙のように消えると、玄関に向かった。

すると玄関では氷佳琉が客人を迎えていた。

その客人は、朱音たち三姉妹より少し年下くらいだろうか、すらっとした体型の女性だ。しかしその顔に違和感を覚えた。皮膚の病気だろうか顔がただれているのだ。

「あら、土田さんお帰りですか」

氷佳琉が声をかける。

「ああ、今日のこと立華警部に伝えようと思ってね。そこのご婦人は誰かな」

「はい。この方は、普段朱音様のピアノの講師をされている坂手紀子さんです。今は、蒼葉様と七清様にも臨時で講師をなさってます」

氷佳琉が説明をしてくれた。

紀子は土田に頭を下げると、氷佳琉に導かれてピアノのレッスンに向かった。


土田は宿に帰りながら、坂手紀子と言う女性に疑惑を持っていた。

雰囲気が独特だった。彼女はほんとにただの講師なのだろうか。

とにかく静ヶ原警察署に急ぐことにした。

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