第19話 私と何もなかった子
ハロー!! 地球の皆さん!
黒宮 玲です!
私は今”
この前村長に旅人に任命されたのですが、そもそも旅人とは死に繋がる悩みを抱えている人の所に”#転送”で行き相談を受ける仕事の事でした。
なので今までとやること自体は変わりありません。
しかし”#転送”で行けるのは目的地の近くなのでここから自分で探す必要があります。
「さて、では探しますか。」
そう言って私は村の中に入っていきました。
村の中はいたって平和で活気のある場所です。
見た目はゲームなどによくでてきそうな木の建築物が中心の村で、近くのお店は人で賑わっています。
(本当にこんなところに悩みを持った人がいるのかな?)
そう思えるほどのどかな場所です。
「さてどう探したものかしら。」
(ここまで人が多いと探すにも探しきれないわね。あ。そうだ。)
私はなるべく広くて人が集まりやすそうな場所を探しました。
すると町の中心部に噴水がありその周りは開けていました。
また噴水の近くにはお店が沢山あるので人もたくさんいます。
(ここなら出来る。)
私はコールから鍵盤を取り出して組み立て噴水を後ろにして立ちました。
そして一音。
それも周りの人の注目を集める一番適している音を弾きました。
すると辺りは一瞬にして静かになりました。
「ショパンの華麗なる大円舞曲より ”ワルツ” 」
そう言うと私は軽快に”ワルツ”を弾き始めました。
すると周りにいた人たちは皆曲を聴くために立ち止まり、店の中にいた人たちもいつから外に出てきて私の演奏を聴いていました。
私は音を大きくして皆によりハッキリと聴こえるようにしました。
しばらくして演奏が終わると皆一斉に拍手をしてくれました。
私はお辞儀をして鍵盤を片付けていると何人が感想を言いに来てくれた人がいました。
だいたいの人が「素晴らしかった。」、「また演奏してくれ。」だけでしたが1人だけ少し違った事を言う人がいました。
その人は60歳後半くらい見た目の優しそうなおじいさんで、紳士の人が着ていそうなスーツを着ていました。
「素晴らしい演奏だった。ここでやるのは初めだったはずなのにあそこまで上手い演奏は久しぶりに聴いたよ。」
「ありがとうございます。ここに昔から住んでる方なのですか?」
「ああ。そうだよ。私がまだ小さい頃からここに住んでる。はぁ。この演奏を孫にも聞かせてやりたかった。」
「お孫さんがいらっしゃるのですか?」
「そうだよ。今年で14歳になるのだがどうにも性格に難があったようで1年ほど前から自分の部屋に引き籠ってしまっている。」
(!!!)
「あの、失礼ですが、一度その子に会わせてもらえないでしょか?」
「?。何故だね?あんな出来損ないに何の用があるんだい?」
(出来損ない?普通孫の事そんな風に言う?)
「私の演奏で今沢山の人の心を動かせたようにそのお孫さんの心も動かせるかもしれません。」
「なるほど。そうすれば昔みたいに明るいあの子に戻る可能性があるということかな?」
「はい。なので一度お孫さんに会わせてもらえないでしょうか?」
「ふーむ。少し考えさせてくれ。」
「分かりました。」
おじいさんはそう言うと2分ほど考えたのちに
「分かった。おいで。」
と言って歩き始めました。
私はおじいさんの後を追いました。
5分くらい歩き続けると開けた丘に出ました。
丘の上には大きな屋敷がありました。
屋敷は村長の屋敷よりかは小さいのですがそれでも立派な物です。
「大きい…。」
思わず言葉で出てしまうとおじいさんは嬉しそうにしていました。
「そうでしょう。さあ中にお入り。孫の所まで案内しよう。」
おじいさんがそう言うと私たちは屋敷の中へと入っていきました。
屋敷に入るとすぐに大きな螺旋階段があるエントランスがありおじいさんは何も言わずに螺旋階段を上がっていきました。
どうやらこの屋敷は3階建てでおじいさんは一番上の3階の一番奥の部屋へと進んでいきました。
扉の前まで来るとおじいさんは私の方を向きました。
「ここが孫の部屋だ。では頼んだよ。」
そう言うとおじいさんは下の階へと戻って行きました。
おじいさんを見送った後私は扉をノックしました。
しかし、返事は返ってきません。
試しに扉を開けようとしましたが鍵か掛かっているようで開きません。
私はもう一度ノックしてからこう言いました。
「こんにちは、私は 黒宮 玲って言うの。あなたと話がしたいのだけど扉を開けてくれない?」
「…」
やはり返事は返ってきませんでした。
(さてどうしたものか。)
そう考えていると扉の下の隙間から一枚の紙が出てきました。
紙にはこう書かれていました。
【話すことはない。】
私はホッとしてしまいました。
(よかった。まだ生きてる。)
最悪の事態であるすでに死んでいるという線が消えてホッとしていたのです。
「あなたに話すことがなくとも私にはあります。」
そう言うと扉の下から再び紙が出てきた。
【なんだ?このまま言えば良いじゃないか。】
「このままだといけない。あなたには何も伝わらないままになってしまう。だから扉を開けてほしいの。」
また紙が出てきた。
【近くにじじいは居ないな?】
「?。いないわよ。」
そう答えると扉の奥から声がした。
「階段まで戻って確認しろ。それでも居なかったら開ける。」
「!!。…分かったわ。」
私は言われるがままに螺旋階段へと戻った。
階段を隅々まで見たがおじいさんの姿は無かった。
私は戻ってそのことを伝えた。
「どこにもいなかったわ。」
しばらくするとまた扉の奥から声がした。
「分かった今開ける。」
カチャ。
その音と共に扉は開いた。
おじいさんの言った通り中には瘦せ型で14歳くらいの男の子が居た。
「早く入って、またアイツがやってくる。」
私は言われるがままに部屋の中へと入っていった。
部屋の中には壁一面に本棚が置いてあって本がびっしりとしまってあった。
(すごい本の量…。読書が好きなのかな?)
また、部屋には机が1つと椅子が2つあるだけだ。
(質素すぎる。)
「あまり物置かないのね。」
「じじいがそれ以外は全て奪っていった。」
「?。ねぇ。名前なんて言うの?」
「いきなり話変えるな。まあいいか。名前なんてないし。」
「?。どういうこと?」
「さっき言っただろ。この部屋にある物以外は全て奪われたと。」
「まさか、奪われたってこと?そんなこと可能なの?」
「思い出そうとしても思い出せない。あのじじいからは『お前にはもう何もいらない。』って言われてからそれまでの記憶が何一つ思い出せないんだ。」
「じゃあ、何か思い出せることはないの?」
「ただ本を読み続けないといけない。それしか分からない。けど、もうそれもどうでも良いや。」
「?。なんで?」
「自殺するから…」
「!!」
私は思わず驚いてしまった。
彼は構わず話を続けた。
「君はこんな人生どう思う?」
「どうって…」
「生きてると言えると思う?」
「………」
「言えないよね。だから死ぬんだ。生きてるかどうかも分からない生活を終わらせるために。」
「…どうやって死ぬの?」
「簡単なことだよ。この世界には魔法があるじゃないか。」
「魔法…。」
「そう魔法だよ。魔法を使えば圧死や焼死、凍死、感電死だってなんだって出来る。魔法って素晴らしい物だね。」
彼の目は輝いている。
子供のように無邪気な気持ちを忘れないまま輝いている。
だけど、
(その輝きはあって良いものなのかな。)
私は彼にかける言葉を探していると彼は本棚の本を一冊手に取って椅子に座った。
本のタイトルは『魔法学Ⅰ』というものだ。
(あれ?確かこの本って…)
「魔法学の教科書?」
そういうと彼は驚いた顔をしながらこちらを見た。
「この本を知ってるの!?」
「う、うん。そうだけど…」
彼が持っている本は中学1年生あたりで貰う教科書で魔法について基礎的なことが書いてある。
(だけどその本には魔法の仕組みや歴史ぐらいしか載っていないから魔法の発動までは出来ないはずなのに…。)
「ねぇ。魔法の事について書いてある本ってこれだけ?」
「いいや。多分この本棚にある本全部そうだと思う。」
「これ全部!?」
「多分ね。僕も読み切ってないから分からない。」
「少し見ても良い?」
「うん。良いよ。」
私は彼がそういうと本棚に近づいた。
(やっぱりそうだ。)
ここにある本は全部中学生までの本でそれ以降の本格的な魔法について書かれている本が一冊もない。
「君、魔法って全部この本達から教わったの?」
「そうだけど…」
「じゃあ今ここで魔法を使ってみてよ。」
「は?」
「さっき自殺したいとか魔法なら自殺出来るとか言ってたけどここにある本はどれも仕組みや歴史についてしか書かれていないよね?」
彼は黙った。
多分あっているって事だろう。
「そこまでしか書かれていないなら実際に魔法を発動させることまでは出来ない。つまり自殺は不可能ってことじゃない?」
彼は黙り込んでしまった。
しかし、しばらくすると暗い顔をしながら彼はこう話した。
「正解だよ。ここには魔法の歴史について書かれているのもばかりだ。肝心な魔法の発動について書かれた本なんて一つも無かった。」
「じゃあ。なんであんなことを言ったの?」
「それは…」
ドン!ドンドン!
突然扉を叩く音がした。
「おい!いるんだな!噴水の時の演奏者!そこにいる馬鹿孫を連れてきてくれ!」
扉の奥からあのおじいさんの怒鳴る声が聞こえてきた。
彼の方を見ると彼の目は沈み切っていた。
どうやら自殺したい原因はこのおじいさんにあるようだ。
また扉の奥から怒鳴り声が聞こえる。
「貴様!中にいることは分かっているんだぞ!アイツがよくやる手法の痕跡が残ってるからな。」
彼は手で自分の目を覆い天を仰いだ。
「しまった。置いてきていた。」
「さあ早く出て来い!」
(どうしよう。…一か八かやってみよう。)
私は扉の近くに向かった。
彼は私を引き留めたそうな顔をしていたが私は構わず進んだ。
「あの。なんでこの人を外に出そうとするのですか?」
「なんでって…。普通子供は外に出て学ぶものだろ!」
「では、おじいさんは今この部屋の状態がどうなっているのか知っていますか?」
「?。本棚と机や椅子だけじゃないのか?」
「はい。そうです。」
「じゃあ、やはり外に出して学校で学ばせた方が良い!さあさっさと連れ出してこい!」
「彼は部屋から一歩も外に出てないのですか?」
「ああそうだ!だから連れ出そうとしてるんだ!さあ!早く!」
「最後に一つお聞きしても良いですか?」
「駄目だ!早く部屋から出してこい!」
「なんでお孫さんは今まで生きていられたんですか?」
私のその一言によりおじいさんは黙った。
彼も黙ったままだ。
「だっておかしいじゃないですか。要は丸1年間飲まず食わずだった人が生きていられますか?」
おじいさんは怒らず静かに聞いてきた。
「なにを言ってるんだ?だって孫はそこにいるんだろ?」
彼は静かに答えた。
「ああ。ここにいるよ。」
「ほらいるじゃないか。何を言ってるんだ?」
「では、真実をお見せします。」
そう言って私は扉を開けた。
部屋の中には私一人しかいなかった。
おじいさんは驚きながらも聞いてきた。
「孫はどこへ行った?」
「最初からいなかったんですよ。」
「何を言ってるんだ。君は。」
「部屋の床を見てください。」
おじいさんは部屋の床を見て腰を抜かしてしまった。
そこには机と椅子を中心として血で書かれた魔法陣があった。
「なんなんだ。これは。」
「おじいさん。あなたお孫さんの事監禁してたんじゃないのですか?」
「私が?なぜそんなことを。」
「理由は分かりませんがこの魔法陣は発動者のその時の状態をそのまま保存しておく魔法陣です。つまりお孫さんは最後まで自分がここにいることにしておきたかったのでしょう。」
「なぜ魔法は消えたんだ?」
「おじいさんがこの部屋の中を見たからです。この魔法陣には特定の人が見ると効果が切れるようになっています。その人がおじいさんだったのです。」
私がそう言うとおじいさんは一歩部屋に入ってきました。
すると突然机の上が光り始めました。
「な、なんだ!何が起きているのだ!」
光はどんどん強くなっていき辺りを飲み込むまでに強くなりました。
しかし、それも一瞬の事で光り終えた机を見ると一枚の紙が置いてありました。
おじいさんは恐る恐る紙を手に取りました。
「手紙だ…。それもこの字、孫の字だ。」
「読んでいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
【父さんへ 元気にしてますか?多分この手紙を読んでいるということは僕の部屋に父さんが入れたみたいだね。良かった。見ての通り僕はもうこの世にいない。何故かって?死んじゃったんだよ。僕は魔法の実験をしていたのは父さんも知ってよね?母さんを生き返らせる魔法。残念ながら僕が生きている間に完成させることは出来なかったみたいだね。じゃあ。父さんに一つお願いをすることにするよ。僕たち以上に生きて、沢山の世界を見てきてほしい。僕たちが出来なかったことをしてほしい。勝手だけどお願いします。 ジルバより】
読み終えるとおじいさんは泣き崩れた。
「そうか。そうだったな。息子よ。忘れていたよ。アイツが死んで、お前も死んでしまったことを忘れてしまっていたよ。」
「息子さんはお母さまを生き返らせようと努力した結果、お父さんを残して虚しく死んでしまった。」
私がそういうとおじいさんは私の横を通り過ぎて螺旋階段へと向かった。
「どこに行くのですか?」
おじいさんはこちらを振り向いた。
その顔にはまだ涙の跡が残っている。
「家族のいない人生に意味など無い。」
「自殺…。するのですか?」
「ああ。」
「本当にこれで終わりで良いのですか?」
「ああ。」
「息子さんのお願いを聞いてあげないのですか?」
「…。」
「今のあなたは正しい判断が出来なくなっています。一度冷静になってください。」
「冷静になれって…。愛すべき妻と息子を亡くしたことに気づかずのうのうと生きていた人間に今更人生なんてありゃしない。だから、死ぬんだ。」
「とりあえず一曲聞いて落ち着いてください。」
私はそう言うとコールから鍵盤を取り出した。
(今この人の傷ついた心に一番響く曲は…。)
「シューマンの子供の情景より“見知らぬ国の人びと“」
私が弾き始めると辺りは雨でも降ってるかのように静かになった。
ピアノの音以外の音など消えてしまったと思える程の静かさがやってきた。
私はこんな世界でも良いことはある。
そう思いながらこの曲を弾いた。
曲を弾き終えるとおじいさんは優しい顔をしていた。
自殺とはまた別の方向に気持ちが吹っ切れたような顔だ。
「もう大丈夫ですか?」
私がそう聞くとおじいさんは静かに頷いた。
「有り難う。おかげで私は二人の死とこれからについて向かい合えそうだよ。」
「では私はこれにて失礼しますね。」
「待ってくれ!」
おじいさんの横を通り過ぎた時におじいさんは私を呼び止めました。
「はい?」
「君名前は何というの?」
「私は黒宮 玲と言います。職業は旅人です。」
「そうか。だから助けてくれたんだな。ありがとう。」
「いえいえ。それではまたいつかお会いできる日まで。」
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