第8話 俺とコル

俺は店を出てから自分の家に向かって全力で走った。


俺の家は門の反対側にある村長の家の後ろだ。




家というより小屋と言ったほうが良い程に小さい家だ。

風呂もなければ台所もない。


ただあるのは畳四畳の小さな部屋とトイレだけだ。


俺は家の中に入るとタンスの中の服を探した。


俺がコルと初めて会った時の服。


それは軍服だ。

本当なら緑の服だったのに、今では真っ赤に染まっている。


洗っても落ちない敵軍の血の色で真っ赤に染まってしまった。


俺は軍服を着た。


着た瞬間からあの残酷だった戦争の記憶が蘇ってくる。


敵軍の死体。

味方の死体。

空から降ってくる爆弾。

塹壕に向けて放たれる砲弾。


祠の中にある青い輝きを放ちながら使用者を待っているオーブ。


今でもハッキリと思い出せる。


アイツは今も俺の事を待っている。


だから行かないといけない。



俺は軍服を着たまま家を出た。



そして


そのまま走った。


門まで全力で走った。


途中で声をかけられるがもうそれも目に入らなかった。


一秒でも早くアイツに会いたかった。




門には一頭の白い馬と玲がいた。


ああ。


懐かしい。


あれは俺と共に戦争に出て戦果を挙げてきた馬"月兎げっと"だ。


多分ヤートが玲に運ばせたのだろう。


有難い。

アイツを見つけた時は月兎も一緒だったから迎えに行こうとしていたのだから。


俺は大声で呼んだ。



「こい!!月兎!!」



月兎は呼ばれると同時に俺の方に向かってきた。


俺は真上に勢いよく飛んだ。


すると月兎は真下に入ってきてそのまま乗れる態勢になっている。


俺は月兎に乗った。


月兎は俺が乗ったと同時に前足を上げ手綱を浮き上げらせた。

俺はそれを手に取り月兎を門の方向へ走らせた。


月兎に乗り門へと走っていると玲が何かが入った麻袋を投げてきた。


受け取り中を確認するとそこには見慣れたオーブが入っていた。

黒く濁った青色のオーブだ。


それはだった。


ああ。


俺が使ったせいに。

俺がお前で何人も殺したせいでお前の鮮やかな青色はここまでも濁ってしまったのか。


すまない。すまない。


俺は麻袋を強く抱きしめた。



玲の方を見ると玲は大きく手を振っていた。


そして一言


「いってらっしゃい!」

そう言ったのだ。


だから俺も大きく手を振りながら門を出た。








しばらくするとウィースト平原に着いた。


いつぶりだろうか。


月兎とコルとこの平原を駆けるのは。


いつからだろうか?


あの時は戦争の渇いた風しか吹かなかった平原が気持ちの良いそよ風を吹くようになったのは。



そんなことを考えながら俺は平原を抜けていった。


目指すは俺とコルが初めて会ったパペット洞窟だ。










着いた。



俺はパペット洞窟に到着してすぐに月兎から降りて中に入った。


玲たちと来た時よりも薄暗く湿った空気になっている。

ここはコルを見つけた時から変わっていない。


「ここは変わらないなぁ。」


そんなことを呟きながら奥に進み泉のある所まで来た。


ここはかなり変わった。


戦争中は地面に草なんて生えてなかったし泉の祠だってなくなっている。


変わってしまったが俺とコルにとって思い出の場所だという事実に変わりは無い。


俺はヤートから貰った薬を飲んだ。


苦い。


この世の薬とは思えない程に苦い。


しかし、これで魔法を使えるようになった。


ヤートの言い方からして多分一回しかも魔力消費は少ないものを使えば薬の効果は切れそうだ。


だったら俺が使うのは。

コルと繋がりたくて必死に探したこの魔法をつかおう。



「”#接続リンク”。」



魔法を使うと突然体に激痛が走った。


なぜ?


まさか薬が効かなかった?


痛い…

痛い…


苦しい…



辛い…



助けて…




その時だった。


体から突然光の玉が出てきた。

光の玉が出ると一緒に痛みが引いていく。


”#接続リンク”を使った時の光の玉だ。


だけどいつもと違う。

色が違った。


本来なら黄色のはずなのに白色や黒色になっている。


そんなことに疑問を感じていると辺りが光に包まれていく。



ようやくコルに会える。



あの世界に着いた時俺は驚きを隠しきれなかった。


「玲からの話だと世界は白くなっているだけだったのにこんなことになっているなんて」


俺が見た世界。いやベルとネスの姿は下半身が石になっていた。


昔本で読んだことがある。

使い手から長い間離れた武器は白い石となって砕け散る白石化はくせきかが起きてしまう。だから使い手は数日に一度武器の点検をしなければならない。それなのに俺は見ることが出来ず二人をこんな姿にしてしまった。


二人は俺に気が付いたみたいだ。


「レオ!!ズット探シテタ!レオナラ必ズ帰ッテ来ルッテ信ジテタ!」


俺は二人が言い終わる前に駆け寄って二人を抱きしめた。


今までしてやれなかった分をするように強く抱きしめた。


ああ。


本当に二人にまた会えた。


ああ。


昔は悠長に喋れていたのにこんなにカタコトになってしまって。


「ごめんな。ごめん。今までほったらかしにしてごめん。会いに来てやれなくてごめん。寂しかったよな。辛かったよな。ごめん。本当にごめん。」


俺はいつの間にか泣いていた。


だって今まで近くにいたのに会えなかった。

会いたくても会えなかった人に今ようやく会えたのだから。


俺が泣いていると腕に冷たい滴が落ちてきた。


二人の涙だ。


「ダイジョウブダヨ。ボクタチは信イタモン。レオはボクタチの事忘レテ無イッテ信ジテ待ってイタカラ。」


やっぱり二人は待っていてくれたんだ。

俺が帰って来るって信じていたんだ。


こんな俺を信じてくれていたんだ。


「だけどちょっト遅カッタカナ。僕たちモ残りあと僅かの命となってしまったよ。」


白石化は一度始まってしまうともう止まらない。


だから今はこの二人にとって最後の時間だ。



「だから最後にレオに会えて良かった。ねぇレオ。最後に話をしようよ?」



二人の喋り方はいつもの喋り方に戻っていた。



「分かった。じゃあどこから話そうか?」



それから俺たちは色々な話をした。


悪魔の翼が生えた方がネスで天使の翼の方がベルだという事。


レオ・マールンがどういった鬼なのかという事。


戦争が始まる前の事。

戦争訓練中に抜け出して訓練をさぼった事。


初めてコルに会った時の事。


初めて二人に会った時の事。


戦争で何人もの人を殺した事。


本当に色々なことがあった。


こんなことを話している間にも二人の白石化は続いている。


だけど俺たちは喋り続けた。


もう涙は出ない。


悲しいわけではないが、今この時間はそれよりも楽しい時間となった。



話していく内にネスの白石化によって砕け散る直前の状態になった。



「そろそろ時間みたいだ。それじゃあレオ、ベル。じゃあね。」



そう言うとネスは完全に石となり目の前で砕け灰となった。



じゃあなネス。また出会える日まで。



ネスが灰となった後。すぐにベルの番が来てしまった。


「次は私の番みたいね。レオ。最後に言いたい事があるの。」


「奇遇だな。俺もだ。」


「あらま。本当に奇遇ね。だけと多分お互い言いたい事はきっと一緒よね?」


「多分な。」


「じゃあせーので言いましょう!いくよせーの!」




『ずっと貴方の事が好きでした。と付き合ってください。』




言えた。


ずっと言いたかった言葉。

ずっと言えなかった言葉。

ずっと心の中に残ってた言葉。


ずっとお互い分かってた事をようやく言えた。



返す言葉はもちろん



「こちらこそよろしくお願いします。」



だけどそれは彼女の耳には届かなかった。


彼女はもうただの白い石となってしまっていた。


彼女は照れながらも笑っているように見えた。


俺はそんな彼女が好きだ。




しばらくすると体が光に包まれ始めた。


どうやらこれで本当に終わりのようだ。


最後に二人の笑顔が見れて良かった。

俺は幸せ者だな。



ネス


ベル


さようなら。


またいつか会えるその日まで。









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