8.時を越えた誓い

process 1 伝言

 艶やかな和装の個室で美酒を囲む者たちは、木城満穂から語られた過去に触れ、ほんのりと漂う空気を噛みしめていた。

 木城は徳利とっくりを口に運び、痺れた舌を潤す。ほど良い苦味をんだ吐息が零れ、傍聴していた海堀たちに熱っぽい眼差しを向ける。


「どう? 気が済んだ?」


「うん!! なんか関原さんの印象変わったかも」


 栗畑は激しく頷き、瞳をキラキラさせている。


「あの堅物に恩師ね~」


 海堀は腕組みをしながら難しい顔でしみじみと言う。


「聞いてて思ったんだが」


 お酒が回ってほんのりと赤らんだ竹中隊長が余韻に割って入る。


「木城室長が小さい頃に別れた親友って、関原室長のことじゃないか?」


 木城は眉をひそめる。


「は?」


「あ! それわたしも思った!」


 栗畑も声を張り上げる。


「なんでそうなるのよ……」


 木城はバカらしいと言いたげにカルパッチョをムシャムシャと食べ始める。


「私もそうとしか聞こえなかった」


 いずなも最後の1個だったカルパッチョを取り、同意する。


「自分で言いたかないけど、私の子どもの頃にもロボット製作体験はいくつもあったし、似たような子ども同士の約束くらい、1つや2つ転がってても不思議じゃないでしょ」


「そうかなー?」


 栗畑は納得いかない様子だった。


「私の記憶が正しければ、関原室長と木城室長はおない年と伺っています」


 残り少ないおじやをすくう生島咲耶は、澄ました顔で栗畑たちを援護する。


「そういえばそうだね」


 海堀も思い出したように零す。


「幼少時代に交わして別れた2人が、再び同じ研究室で切磋琢磨して同じ物を作り合うなんて、ロマンチックだね~~~!!」


 栗畑は景気よさげにビールをあおる。


「この際、はっきりさせてみればいいんじゃないか?」


 竹中隊長は不敵な笑みで問いかける。


「どういうこと?」


 いずなは意図を確認する。


「聞いてみればいいだろ。関原崇平に」


「あ、それもそうだね!」


 栗畑は前のめりに同意する。


「勝手にすれば。私は興味ないし」


「ええええええ~~!! ちょっと聞くだけじゃないですか~~!!」


「そんなの聞いてどうすんのよ。何が変わるってわけでもないし」


「気にならないんですか?」


 いずなは覗き込むように投げるも、木城の反応は一貫していた。


「全然」


「ちぇ、つまんないなぁー」


 栗畑と海堀はふて腐れる。

 木城は頬杖をつき、付き合いきれないと日本酒を喉に流し込んだ。



 後日、木城は東防衛軍基地の廊下を歩いていた。

 手にはウォーリア研究室で開発した試作品。機体スーツに組み込むタイプのため、特殊整備室に確認を取らなければならない。


 本来なら主任研究員に取り次げば済む話だった。だが主任研究員が有給を取っていることを知り、代理の研究員に見てもらったところ、困惑されてしまったのだ。

 この手の話なら室長に見てもらった方が早いと言われ、渋々足を運ぶしかなくなった。


 そこにいつもの木城はいなかった。赤いフレームの眼鏡は地面を舐めてクリアに床を映す。

 歓迎会で言われた話がここに来て、木城の頭の中をぐしゃぐしゃにかき混ぜていた。

 あの場でバカげた話と一蹴していたのに、まさか自分があの時の約束を信じているとでも————。胸糞悪い。そんな絵空事に振り回されていることが何より木城の信条を乱していた。


「アホくさ」


 木城は浮き立つ心に任せて悪態をついた。


 特殊整備室の前にやってきた木城は、扉横のインターホンを連打する。

 すると、低温のボイスが呆れ混じりに流れた。


「壊す気か」


「さっさと開けなさい」


「……許可は出してる。勝手に入ってくれ」


 無駄に重厚な扉がプシューと音を立てる。両扉を開き、中に入った。


 広がる円形の室内を望む。銀色が囲む室内に段ボールがそこかしこに散らばっている。不可解な状況に疑問を浮かべながら奥へ入っていく。


 用のある関原は机の下に潜って何やら作業をしている。


「地べたを這う練習?」


 嫌味を投げかけられた関原は、机の下からねっとりとした視線を浴びせる。


「地べたを這う練習をする室長がいると思うのか?」


「さあ? 人の趣味に興味ないし」


 木城はおどけるように肩をすくめる。

 ジジ臭い吐息を漏らして机の下から出てくる関原は、両手に抱えた段ボールを持って机に置く。


「で、何の用だ? 木城室長」


 疲労感を漂わせた関原に掌サイズの試作品を見せる。


双極雷そうきょくらい加速ユニット。これ、機体スーツに搭載できない?」


 関原の瞳がかすかに驚愕の色を帯びた。


「マチルダか」


 関原は木城の手から試作品を受け取り、顔の前に持ってきてじっくりと見回す。


「すでに検証済みよ。記録はSファイルに入れてある。あとで読んでおいて」


「うちの研究員でも、この手のユニットを作るのに3年はかかる。どうやったんだ?」


「1から説明しろって?」


 木城はめんどくさそうに言う。


「同じ基地にいるんだからいいだろ」


 関原は勿体つける木城に不満を漏らす。


「調べれば分かるでしょ。あなたなら」


 関原は肩を落とすが、手の中に収められたキューブ型のユニットに目を輝かせる。


「しかしほんとすごいな。さすがと言うべきか」


 木城は関原の称賛に全身が痒くなり、真正面に立っているのが居たたまれなくなる。


「と、当然でしょ」


 関原と目を合わすのを嫌い、隣に立とうと机の前に歩み寄る。その時、段ボールの中に木城の瞳が留まる。

 段ボールの中は妙に古めかしい物ばかり入っていた。見るからに使えそうにない代物しか入ってなさそうだ。だが、木城の目は釘づけだった。

 思わぬ物が視界に飛び込んできていた。過去に捨てた記憶。もう二度と思い出すこともないと思っていた。錆びて動かなくなったはずの歯車は、再び回って木城の奥深くにあったものを呼び覚ました。


「ねぇ、これ……」


 意表を突かれたような声に誘われ、関原は後方へ視線を向ける。


「ああ、少し部屋の中を片付けようと思ってね。海堀君が物であふれる場所を見つけては目ざとく僕に言うんだ」


 関原はデスクの上に置かれた段ボールに手を入れ、アニメに出てきそうなロボットを取り出す。ロボットを手にした関原は、アンティークと化したロボットを優しい瞳で見つめる。


「君には笑われるかもしれないが、どうも捨てられなくてね。子供の頃、ロボット製作の小さな大会だった。僕よりうまくて、強いロボットを作る女の子がいた。彼女に挑んで、僕は負けた。勝ったことは一度もなかったよ」


 木城はロボットから目を離せなかった。

 なぜ、関原が持っているのか。

 あり得ない。


「彼女が引っ越すことになって、僕と彼女は別れるしかなかった。別れることを惜しんだ僕たちは、自分が作ったロボットを交換して、再会を約束したんだ。立派なロボットを作れる研究者になってね」


 あれは子供の頃に作った————親友のために。

 いつか、お互いに夢を叶えようと誓い、親友に渡したものだ。


「ん? ちょっと待て。前にも君に話したか?」


 まさか、本当にこんなことがあるのかと、木城は絶句していた。ずっと心を乱していた酒の味がスーッと抜けていくのを感じた木城は、密かに笑みを零した。


「さあね。いちいちおぼえてないわ。じゃ、渡すものは渡したから、帰るわ」


 木城は白衣のポケットに両手を入れ、特殊整備室を出ようとする。


「ああそれと」


 木城は振り返り、半身にして関原に不敵な笑みを投げかける。


「そんなもの、とっとと捨てちゃいなさい」


「別に持ってたっていいだろ」


 関原は眉をひそめてムッとする。


「仕事場に私物を置いていいわけ? ずいぶんお偉くなったことで、Mr.関原」


「美容器具を持ち込んでる君が人のこと言えないだろ」


「私は実用性重視なの。年寄り臭く昔に浸るだけのお手製アンティークなんて、無意味よ。それに、そのロボットは役目を終えてるわ」


「は?」


 木城は少しの間逡巡しゅんじゅんし、関原に背を向ける。穏やかな顔で目を閉じる。


「これからも負けない」


 関原は木城の発言に戸惑う。


「なんのことだ?」


 木城はスーッと息を吸い、目を開ける。


「彼女からの伝言よ。じゃ」


 木城は特殊整備室を出ていった。

 関原は妙な木城に置いてけぼりを喰らった。


「……なんなんだ?」



 ウォーリア研究室に帰った木城を目にかけ、研究員の女性たちは挨拶する。


「お疲れ様です」


「お疲れ。今日はもう上がっていいわ」


「え、でもまだ室長に言われたバイロセンスビューイングのデモ設計が終わってないですけど」


 主任研究員は困惑の笑みを浮かべて現状を報告する。


「急ぐ必要ないわ。いい仕事がしたかったらプライベートも充実させなさい。お疲れ」


「お、お疲れ様です」


 室長室に入っていく木城の背に声をかける研究員は、戸惑いながら勤務終了に取りかかる。


 木城は室長の席に座り、疲弊感のこもったため息をつく。椅子の背にもたれた木城は、銀色のパネルが覆い尽くす天井を仰ぐ。まだ現実とは思えないでいた。しかしこの目で見た以上、受け止めざるを得なかった。

 早まった鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻していく。艶のある茶色の机の下へ目をやる。一番下の引き出しに目を留め、物思いを巡らせる。


 木城は引き出しを開ける。


 引き出しの中は美容器具にポーチ、雑誌などが入っている。

 だがカラフルな可愛らしい物が占めている引き出しの中で、いかにも年季の入ったオモチャが横たわっていた。大剣を背負い、マスクをつけるロボットは、透明な袋の中でひっそりと眠っていた。五芒星ごぼうせいのエンブレムが胸元に現前げんぜんしている。


 エンブレムは何度か修復された形跡がある。他にも至る箇所に修復の跡があった。

 木城が持っているには似つかわしくない代物だった。木城はどうしようもない自分の心に呆れ返り、笑ってしまう。


「ほんと、アホくさ」


 懐かしい記憶。小さな道具箱にしまわれていた。時々思い出しては、何度もぶつかってきた壁を越えてきた。

 長いこと蓋をしてきた記憶はまた少し、優しく色づいた。

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世界は愛で包まれている~two souls of the mechanic~ 國灯闇一 @w8quintedseven

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